第7回
「相手のプライドを土足で汚さない」佐藤知一さん
ピーエムグローバル株式会社 木暮 知之
グローバルプロジェクトに特化した企業であるピーエムグローバルの代表を務める木暮知之を聞き手に、国内外で活躍するプロフェッショナルに体験談や仕事を円滑に進める秘訣をうかがう連載コラム「グローバル・コネクター」。今回のゲストは、エンジニアリング企業で海外事業の生産システム構築やプロジェクトマネジメントなどを手掛け、中小企業診断士などの資格もお持ちのシステムアナリスト佐藤知一さんです。
木暮 就職時にグローバル事業をやりたいと思ったきっかけは?
佐藤 父の影響です。ポンプメーカーで海外向け事業も担当し、プラント業界のことも詳しく、エンジニアリング会社への就職も勧めてくれました。エンジニアリング会社に行くということは、ほぼ自動的に海外で仕事をするということを意味しますから。
木暮 一貫してIT部門に?
佐藤 全然違うのです。専門は化学工学だったのですが、石油精製所のプラントの事業調査や最適化という、事業企画や経済的に引き合うかを分析する業務から出発しました。さらに専門外の分野ですが、会社が病院の設計・建設に乗り出しており、患者数の予測モデルを作る担当になりました。実際にモデルを適用するまで2年半ぐらいかかりました。「どこが化学エンジニアなの?」という感じです。
木暮 与えられた状況で楽しめるというのが大事ですね。
佐藤 その後、会社は地域開発も手掛けるようになり、土地利用のためのシステム開発などを5年ほどやりました。
木暮 地域開発事業は上手くいったのですか。
佐藤 営業力が足らず、会社の中核事業には育ちませんでした。日揮グループは約7000億円を売り上げる2500人規模の組織ですが、そのうち営業マンは100人ほどです。会社にとって地域開発は「小さいビジネス」と見なされたわけです。技術屋として入社したつもりでしたが、全く実感がわかず、異動を申し出ました。
木暮 ついに直談判。
佐藤 配置されたのはメーカーの生産計画・スケジューリングシステムの開発プロジェクトでした。今まで「もっと技術的な仕事がしたい」と思っていたこともあり、飛び付きました。ところが、そのプロジェクトでは受注金額の倍の費用をかけてしまったうえ、完成も予定より半年遅れてしまいました。しんどかったですね。作り直しも命じられましたし。
木暮 ほろ苦い「デビュー」ですね。原因は何でしょう。
佐藤 システム上の技術的な弱点に気が付けなかったことです。ただ、苦心惨憺(さんたん)で納品した結果、その製品は10年以上も使い続けてもらえました。プロジェクトマネジメントとしては失敗でしたが、ビジネスとしてのバリュー(価値)は出せたのかもしれません。
木暮 最初の挫折で向上心に火が付いたのでしょうか。
佐藤 教訓ですね。ちょうどこの頃に中小企業診断士の資格を取っています。経営学のイロハや生産管理の初歩もその頃に学びました。
木暮 ここからエンジニアの仕事が増えていくわけですか。
佐藤 そう思うでしょ。ところがまだ本流のプラント計画には携われません。ITの仕事をキャリアにすることに釈然とせず、社内の海外LNG(液化天然ガス)部門に「修行」に行き、日米英の3カ国がかかわるプロジェクトの見積もり作成に参加しました。LNGの世界は見積もりだけで半年以上、何億もの費用がかかります。実際の事業も全体で数千億円レベルです。
木暮 大規模ですね。
佐藤 英語の面では、在職中に経験した1年間の米国留学よりも勉強になりました。仕事という緊張感や自分の言葉に対する責任感が違うわけです。仕事で使わない限り言葉はマスターできないと思います。
木暮 外国人とはいえメンバーはプロの集団です。日本人とは何が違うのでしょうか。
佐藤 マネジメントです。米国人は組織的でロジカル。最初にプランを立てて進めるのが基本姿勢です。全体の進捗を可視化し、計画に遅れているチームには尻を叩く。締め切りに間に合わせるために最後は人員を追加投入する「物量作戦」をとる事もありますが、こうした進め方が「習慣」になっている。日本人がいくら「最後は現場が何とかするから」と言っても信じない。イギリス人のアプローチもそれに近いです。
木暮 外国人の仕事ぶりを目の当たりにして刺激を受けたわけですね。
佐藤 それから別のLNGプラント設計プロジェクトに動員されたのです。これまで本流からは外れ続けていたのに、ITの知識があるということでプラント事業に携わることになったわけです。
木暮 当時も珍しかったのですね。
佐藤 その後、電子調達システムの仕事でフランスに1年半ほど滞在したのですが、技術的な問題や商習慣の違いなどから会社が撤退を決め、私はいわば社内で「失業状態」になりました。その後もITを活かせる新規ビジネスの部署で5年近くもがいたのですが、最終的には事業化のめどが立たず、また失業。挫折の連続です。
木暮 常に新しいところに身を置ける、とも言えますね。
佐藤 プライドを取り戻すため、3年間をかけて博士号を取得したものの、処遇は変わりませんでした。博士号は社内報奨制度のリストになかったからです。不満でしたが、また人生が動くから不思議です。一介のエンジニアだった私がひょんなことから会長の海外出張に同行することになり、講演資料の作成を命じられました。その後も会長向けの報告書などを手掛けているうちに、幹部の目に留まり、経営戦略室長代行の後任となって、企画部門で現在に至っています。
木暮 波乱万丈ですね。
佐藤 会社の本流を外れたプロジェクト進捗管理からキャリアをスタートしたのに、今では会社の事業戦略の作成に関わることになったわけですから。
木暮 著書『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』にある「異文化とコンテキストレベルを理解する」「言葉を大切にする」の指摘が印象的です。
佐藤 文章を書くのは好きですし、言葉に対しても昔から強い興味を持っていました。小学生のころ、父から「これからは英語とコンピュータが必要になるから勉強しろ」と高価だったはずの英語教材を与えられました。日本の英語教育や日本人のコミュニケーションのあり方に強い疑問を持つようになり、高校3年の時に中津燎子さんの著書『なんで英語やるの?』に出会い感銘を受けました。日本語の世界には自他を区別し、相手の了解と自分の了解の違いを意識した上で知識や意思を伝える、という発想が決定的に欠けています。海外プロジェクトはそれでは乗り越えられません。
木暮 外国人の方とお仕事をする際に、最も心がけていることは?
佐藤 相手が西洋人だろうがアジア人だろうがお互いに対等な人間である、と意識することです。いろいろな国で仕事をして経験的に知ったのは、人間の振る舞い方は育った文化の「型」で規制されている部分はあるものの、感情のあり方はかなり共通している、ということです。外に現れた行動だけで判断できない。どんな人間も自負を持っているし、自分の所属する社会・文化・宗教にプライドを持ちたいと考えている。そこを土足で汚してはいけないのです。言葉の通じない外国人同士でも、お互いが考えていることはかなり感じるものです。そこを侮ると、いつかしっぺ返しをくらうのではないでしょうか。(おわり)
プロフィール
グローバルなビジネス環境で今まで以上に高品質なプロジェクトマネジメントを必要とされる全てのお客様のために、プロジェクトを推進し成功させるための環境づくりを総合的にサポートします。また、マネジメントのパートナーとして現場の視点と経営の視点を併せ持った課題の発見、およびその対策としての戦略策定をご提案します。
【サービスメニュー】
プロジェクトのマネジメント支援(PMO)
プロジェクトマネージャーのトレーニング
セミナー「グローバル・コネクター」の開催・運営
グローバル人材の育成
海外拠点の現地社員育成
インドニュースの配信・出版
ニュース配信サイトの運営
海外進出コンサルティング
Webサイト:ピーエムグローバル株式会社
「外国の方とのビジネスやコミュニケーションに悩まれたことはありませんか?
ギクシャクしたり、思ったほど相手との距離が縮まらなかったり。英語だけの問題ではないのでは?
『ガイバナ』では、英会話自体にフォーカスするのではなく、英語が苦手な方でも、一歩踏み出してコミュニケーションの場を明るくする、キラリと光るエッセンスをお届けします。エピソード後半に、覚えてほしいキラリフレーズをご紹介しています。
「ガイバナ」ポッドキャストはこちらから
ガイバナ@Line: @315pjfpo」
- 第77回 「みんなで決めたらやり遂げる」甲斐ラースさん
- 第76回 「ひとつずつクリアする」大渕愛子さん
- 第75回 「国内・海外の共通言語はコミュニケーション力」駒井愼二さん
- 第74回 「相手に合わせたロジックを」福田勝さん
- 第73回 「強みを生かす」亀井貴司さん
- 第72回 「現状に疑問を持つ」アミヤ・サディキさん
- 第71回 「任せたら自由にさせる」竹内新さん
- 第70回 「正しいあうんの呼吸を」村瀬俊朗さん
- 第69回 「ほかにない価値を」金城誠さん
- 第68回 「素早く対応する」柏田剛介さん
- 第67回 「ビジョンを伝える」中村勝裕さん
- 第66回 「歴史を学ぼう」磯部功治さん
- 第65回 「多少の自信と歯切れの良さと」島原智子さん
- 第64回 「情報を体系化する」鈴木隆太郎さん
- 第63回 「メッセージを明確に」岩本修さん
- 第62回 「上司もホウ・レン・ソウ」高橋裕幸さん
- 第61回 「自分を肯定する」前川裕奈さん
- 第60回 「状況を掘り下げて原因を探す」寺島周一さん
- 第59回 「信頼と共感の空気をつくる」蔭山幸司さん
- 第58回 「一緒に楽しむと続けられる」草木佳大さん
- 第57回 「7割の見込みを信じる」吉元大さん
- 第56回 「意見をありがたく聞く」室井麻希さん
- 第55回 「常に学び・成長できる環境に身を置く」門田進一郎さん
- 第54回 「目の前の人との関係を大事に」岡田昇さん
- 第53回 「意見を聞いてから主張を調整する」大橋譲さん
- 第52回 「頼れる存在に任せる」ケビン・クラフトさん
- 第51回 「要望の背景も話す」堀田卓哉さん
- 第50回 「素直に聞く度量を」山田剛さん
- 第49回 「奇妙な日本人を自覚する」村上淳也さん
- 第48回 「信頼にめりはりを」二階堂パサナさん
- 第47回 「俯瞰(ふかん)して眺める」エドワード・ヘイムスさん
- 第46回 「丁寧さが評価される」ブレケル・オスカルさん
- 第45回 「個と向き合う」吉野哲仁さん
- 第44回 「事実に焦点を当てる」中村敏也さん
- 第43回 「現場に顔を出す」深井芽里さん
- 第42回 「状況を楽しむ」飯沼ミチエさん
- 第41回 「人生を楽しむ“絶対的価値観”を」小川貴一郎さん
- 第40回 「少ない言葉でも伝わる」アレン・パーカーさん
- 第39回 「ポジティブは伝染する」川平慈英さん
- 第38回 「自分で考える人に」野田純さん
- 第37回 「常にフェアであれ」忍足謙朗さん
- 第36回 「相手の価値観を包み込む」神原咲子さん
- 第35回 「直接得る情報を大事に」ネルソン水嶋さん
- 第34回 「相手のルールを早く知る」杉窪章匡さん
- 第33回 「意見を受け入れて試してみる」鈴木皓矢さん /「ノーと言われてもあきらめない」林祥太郎さん
- 第32回 「技術を尖(とが)らせる」稲垣裕行さん
- 第31回 「自分でやってみる」佐々木英之さん/「やる気のエネルギーを信じる」白井良さん
- 第30回 「リフレッシュ方法を見つける」大野均さん
- 第29回 「英語はメールから始めよう」岡田陽二さん
- 第28回 「逃げずに向き合う」矢野浩一さん
- 第27回 「相手に合わせた伝え方を」松田励さん
- 第26回 「ゴールを共有する」多島洋如さん
- 第25回 「考え方は変えられる」小森谷朋子さん
- 第24回 「相手が話しやすいテーマで心をつかむ」増山健さん
- 第23回 「どうしたいかで生きればいい」佐藤みよ子さん
- 第22回 「伝わる話題を探す」石井陽介さん
- 第21回 「話をよく聞いて信頼してもらう」我謝京子さん
- 第20回 「ギブアンドテイクの視点で」北尾敬介さん
- 第19回 「組織はファミリー」中沢宏行さん
- 第18回 「1人のスーパーマンよりチームワーク」前澤正利さん
- 第17回 「多様なメンバーが強い組織を生む」竹田綾夏さん
- 第16回 「ビジョンを共有する」マックス市川さん
- 第15回 「同じ人間として対等に話す」浦川明典さん
- 第14回 「会話は敬語、メールは気配り」イムラン・スィディキさん
- 第13回 「思い込みを捨てる」羽田賀恵さん
- 第12回 「うじうじ考えてないでサッサやるだけよ」本多士郎さん
- 第11回 「批判だけでは前に進まない」チャンダー・メヘラさん
- 第10回 「実績を示せば耳を傾けてもらえる」朝野徹さん
- 第9回 「シナジーをいかに引き起こすか」髙谷晃さん
- 第8回 「交渉は役割分担と演出で」新谷誠さん
- 第7回 「相手のプライドを土足で汚さない」佐藤知一さん
- 第6回 「気持ちが入っていないと、いい仕事はできない」 森本容子さん
- 第5回 「知る、理解する、好きになる、の順で」原田幸之介さん
- 第4回 「人に会って信頼できるネットワークをつくる」齊藤整さん
- 第3回 「失敗はだれでもある、やり直せる」平野昌義さん
- 第2回 「『好き』が相手に伝われば何とかなる」林原誠さん
- 第1回 「アドレナリンが出ている時が大事」太田悠介さん