第44回
「事実に焦点を当てる」中村敏也さん
ピーエムグローバル株式会社 木暮 知之
グローバルプロジェクトに特化した企業であるピーエムグローバルの代表を務める木暮知之を聞き手に、国内外で活躍するプロフェッショナルに体験談や仕事を円滑に進める秘訣をうかがう連載コラム「グローバル・コネクター」。今回のゲストは待機児童問題への関心をきっかけに保育園を設立。埼玉県内で児童発達支援施設や放課後児童クラブなど教育支援事業を手掛ける実業家の中村敏也さんです。
木暮 米国で生活された経験があるそうですね。
中村 西海岸で1年ほど暮らしました。親戚がロサンゼルスに移住していたことも影響しました。小学校の頃から「いつかは起業したい」と思っており、その親戚も自分で会社を興していたことを知りました。大学を1年休学してカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(CSULA)で英語を学び、いろいろな夢を抱きながら楽しく過ごせました。
木暮 ご親戚が海外在住という状況は珍しいかもしれません。渡米していかがでしたか。
中村 最初は大学の夏休みを利用した短期旅行でしたが、米国流の自由を味わいながら世界の広さを実感できました。路上での飲酒が厳しく制限されていることを現地で初めて知り、「自由にはルールがある」と感じました。
木暮 海外は意外と厳しいですよね。ビールの調達で苦労した記憶があります。
中村 酒類の購入は日本の方が緩いかもしれませんね。米国は大通りを1つ隔てただけで地域の雰囲気が違って怖かったことも覚えています。当時はロス暴動の記憶がまだ鮮明で、バスの利用は避けるとか、この地域は近寄らないとか、警戒していましたね。
木暮 優しい人もいますね。
中村 ニューヨークのハーレムで迷子になったときは、見知らぬ黒人のビジネスマンに助けてもらいました。セントラルパークでは貸したペンがホットドッグになって帰ってきたこともあります。人との触れあいが日本より濃密でしたね。
木暮 ギャップがあります。
中村 当時はデザイナーに憧れていたのですが、米国で出会った人たちは自分たちで勝手に創作していたのです。気軽に表現活動をする人たちに触れてみて「自分で動くのって特別じゃない」と思いました。起業もそうなのですね。
木暮 私が高校留学中にお世話になったホストファミリーの息子さんはブラインドカーテンの販売会社を始めたり、転職して救急車を出動させる指揮官になっていたりします。起業のハードルが低い。
中村 日本よりも気軽ですよね。その後は自己責任。気持ちの上での障壁が低い。
木暮 文化的な違いなのでしょうね。自由に始められるわけですね。
中村 無意識に抱いていた偏見や差別意識があったことにも気付きました。町を歩いていて「チャイニーズ?」と聞かれただけなのに「日本人だよ!」と腹立たしく感じてしまい「自分にもこういう感覚があるのか」と驚きました。レストランで居合わせた客から「黙れ!」と罵声を浴びたこともあり、米国の暗い一面も目にしながら「自分にも差別感情が芽生えるかもしれないな」とも思いました。個人的にはアジアにルーツのある人たちと仲良くなり、中国、台湾、韓国それぞれの出身者と旅行にも行きました。
木暮 おもしろい組み合わせですね。
中村 人間同士であれば国籍に関係なく仲良くなれますよね。仲間にはいじられていましたけれど。
木暮 いじられる?
中村 中国人の友人から「日本は昔こんな悪いことをした」とからかわれるのですが、こちらは「ぼくら友達じゃないか、ひどいなぁ」とやり返す。当時は歴史に対する考えが強くなかったこともあってすんなり謝れたのだと思います。
木暮 社会人になると欧州とのやり取りが中心に。
中村 就職した通販会社でワイン輸入を手掛けることになりました。多様な欧州の中でも印象深いのはイタリアとのやり取りです。廃止されたはずの国内通貨リラの額面が載っている書類が送られてくるし、待てど暮らせどファクスは届かない。「大丈夫」という言葉を信じてカタログ制作がとん挫しかけたこともありました。どうやら代理店が交渉を仕切っていたのが問題だったようで、直接話すことができたドイツやフランスの人たちとは仲良くなりました。
木暮 携わった事業は当時の国内ワイン輸入の1%を占めるほど盛況だったとか。外国の文化に触れて海外事業に携わりながら、いろんな人との縁が生まれるわけですね。
中村 「みんな違ってみんないい」という考えは保育に生きています。今は分断が進み、相互理解が足りないように感じます。
木暮 違う人を認めるということですね。保育事業で起業したことで相当なご苦労もあったのでは?
中村 覚悟はしていたものの、最初は会話が通じませんでした。ビジネス用語は全く使わない世界ですから当たり前ですよね。ペンディングは「延期」に、アジェンダは「議事録」に言い換えないと伝わりません。電話に率先して出ないことにも戸惑いました。でも根が良い人が多く、人に寄り添うことを大切にしていました。結果よりもプロセスが重視されるのです。
木暮 ビジネスの世界とは異なりますね。
中村 独立したころは社会起業家としての焦りがあったのかもしれません。当初は立て続けに保育園を立ち上げました。あえて目標を高く設定していたのも、成功していく友人たちをうらやましく感じていたからです。「自分も何者かになりたい」という焦燥感が35歳ごろまで消えませんでした。
木暮 友達の存在は刺激をもらえる一方でどうしても気になりますよね。自分は少しイケてるかな、とかね。
中村 相手と比べてしまう気持ちはなかなか消えないですね。
感情より事実
木暮 児童発達支援事業にも力を注いでいますね。コーチをしていたラグビースクールに集団行動のルールを消化しきれない子がいて、こちらが手をこまねいているうちに退会してしまいました。どうにか救えなかったのか、と思い出すことがあります。中村さんは「発達に凸凹(でこぼこ)がある」「愛情を込めた言葉や教育を注いでも、穴の開いたバケツのように流れてしまう子もいる」といった表現で「療育(りょういく)」の重要性も強調されています。現場でどうお感じになりますか。
中村 保育や幼児教育のような成果が見えないですね。子どもには達成できることを増やしてあげたいのですが、前日できていたことが次の日にはまたできなくなることもある。その中で原因を考え、手立てを見つけながら試行錯誤するのが療育です。しかも半年~1年をかけて、ようやく子どもの成長が見いだせるかどうかという、非常に根気のいる作業。忍耐力も必要で保育や幼児教育とは全く違います。療育に携わる職員を募集する際は「あきらめないで支援ができる人」を重視しています。出口が見えなくても子どもに愛着を持ちながら力を注ぐ。ただし頭は冷静にして状況を分析する。これが「応用行動分析(ABA)」という手法です。愛情を込めつつロジカルに。耐え忍びながら。
木暮 愛情を持って長期的に取り組む。ビジネス一般に通じるような心構えです。
中村 あきらめないで、人や製品を愛するのもそうですよね。
木暮 現場で働く職員の方には、ご自身の考えをどのように浸透させていますか。
中村 理念を伝え、共感してくださる方に集まってもらうという採用活動をしています。会社では、あいさつをする、感謝を伝える、相手の言うことに耳を傾ける、相手に伝える勇気を持つ、という「4つの約束」をお願いしています。約束が文化を作り、文化が理念を支えると信じていますので、それを守ってくれて、現場の雰囲気になじめそうな人が来てくれる仕組みにしています。ただ、採用の「入り口」で間違えそうになることもあります。面談でうまいことを言う人もいます。そこで応募者の方には「ご自身の具体的なエピソードを描写してください」とお願いしています。いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように、という「5W1H」を交えて説明してもらうと事実が見え、その事実から人間性が浮かび上がってくると考えているからです。感情ではなく事実に焦点を当てる。実はこれもABAのひとつです。
木暮 すごい。うちの採用でも活用したい。
中村 子どもに対する手立てが見つけやすい評価指標としてABAは定評があります。専門用語もあるため、児童発達支援に携わる職員には最初に学んでもらっています。保育や幼児教育では使わない言葉もあります。
木暮 普段の生活でもビジネス用語を多用しすぎて、言葉が通じず反省することもあります。
中村 実は同じことを話していて、言葉が違うだけなのです。ただ、思いはつながりますね。
木暮 今後は?
中村 当園で取り入れているオランダの幼児教育法「ピラミーデ」のような手法のほか、海外の素敵なおもちゃや療育器具を紹介したいですね。今より先のことを教えるのが教育。子どもが生きるのは未来です。歴史も大事ですが、われわれが見なければいけないのは20年後。なかなか想像するのは難しいですが、将来に思いをはせながら日々いろいろと考えています。(おわり)
中村敏也さんについては当社のFacebookでもご紹介しております。ぜひご覧ください。
プロフィール
グローバルなビジネス環境で今まで以上に高品質なプロジェクトマネジメントを必要とされる全てのお客様のために、プロジェクトを推進し成功させるための環境づくりを総合的にサポートします。また、マネジメントのパートナーとして現場の視点と経営の視点を併せ持った課題の発見、およびその対策としての戦略策定をご提案します。
【サービスメニュー】
プロジェクトのマネジメント支援(PMO)
プロジェクトマネージャーのトレーニング
セミナー「グローバル・コネクター」の開催・運営
グローバル人材の育成
海外拠点の現地社員育成
インドニュースの配信・出版
ニュース配信サイトの運営
海外進出コンサルティング
Webサイト:ピーエムグローバル株式会社
「外国の方とのビジネスやコミュニケーションに悩まれたことはありませんか?
ギクシャクしたり、思ったほど相手との距離が縮まらなかったり。英語だけの問題ではないのでは?
『ガイバナ』では、英会話自体にフォーカスするのではなく、英語が苦手な方でも、一歩踏み出してコミュニケーションの場を明るくする、キラリと光るエッセンスをお届けします。エピソード後半に、覚えてほしいキラリフレーズをご紹介しています。
「ガイバナ」ポッドキャストはこちらから
ガイバナ@Line: @315pjfpo」
- 第77回 「みんなで決めたらやり遂げる」甲斐ラースさん
- 第76回 「ひとつずつクリアする」大渕愛子さん
- 第75回 「国内・海外の共通言語はコミュニケーション力」駒井愼二さん
- 第74回 「相手に合わせたロジックを」福田勝さん
- 第73回 「強みを生かす」亀井貴司さん
- 第72回 「現状に疑問を持つ」アミヤ・サディキさん
- 第71回 「任せたら自由にさせる」竹内新さん
- 第70回 「正しいあうんの呼吸を」村瀬俊朗さん
- 第69回 「ほかにない価値を」金城誠さん
- 第68回 「素早く対応する」柏田剛介さん
- 第67回 「ビジョンを伝える」中村勝裕さん
- 第66回 「歴史を学ぼう」磯部功治さん
- 第65回 「多少の自信と歯切れの良さと」島原智子さん
- 第64回 「情報を体系化する」鈴木隆太郎さん
- 第63回 「メッセージを明確に」岩本修さん
- 第62回 「上司もホウ・レン・ソウ」高橋裕幸さん
- 第61回 「自分を肯定する」前川裕奈さん
- 第60回 「状況を掘り下げて原因を探す」寺島周一さん
- 第59回 「信頼と共感の空気をつくる」蔭山幸司さん
- 第58回 「一緒に楽しむと続けられる」草木佳大さん
- 第57回 「7割の見込みを信じる」吉元大さん
- 第56回 「意見をありがたく聞く」室井麻希さん
- 第55回 「常に学び・成長できる環境に身を置く」門田進一郎さん
- 第54回 「目の前の人との関係を大事に」岡田昇さん
- 第53回 「意見を聞いてから主張を調整する」大橋譲さん
- 第52回 「頼れる存在に任せる」ケビン・クラフトさん
- 第51回 「要望の背景も話す」堀田卓哉さん
- 第50回 「素直に聞く度量を」山田剛さん
- 第49回 「奇妙な日本人を自覚する」村上淳也さん
- 第48回 「信頼にめりはりを」二階堂パサナさん
- 第47回 「俯瞰(ふかん)して眺める」エドワード・ヘイムスさん
- 第46回 「丁寧さが評価される」ブレケル・オスカルさん
- 第45回 「個と向き合う」吉野哲仁さん
- 第44回 「事実に焦点を当てる」中村敏也さん
- 第43回 「現場に顔を出す」深井芽里さん
- 第42回 「状況を楽しむ」飯沼ミチエさん
- 第41回 「人生を楽しむ“絶対的価値観”を」小川貴一郎さん
- 第40回 「少ない言葉でも伝わる」アレン・パーカーさん
- 第39回 「ポジティブは伝染する」川平慈英さん
- 第38回 「自分で考える人に」野田純さん
- 第37回 「常にフェアであれ」忍足謙朗さん
- 第36回 「相手の価値観を包み込む」神原咲子さん
- 第35回 「直接得る情報を大事に」ネルソン水嶋さん
- 第34回 「相手のルールを早く知る」杉窪章匡さん
- 第33回 「意見を受け入れて試してみる」鈴木皓矢さん /「ノーと言われてもあきらめない」林祥太郎さん
- 第32回 「技術を尖(とが)らせる」稲垣裕行さん
- 第31回 「自分でやってみる」佐々木英之さん/「やる気のエネルギーを信じる」白井良さん
- 第30回 「リフレッシュ方法を見つける」大野均さん
- 第29回 「英語はメールから始めよう」岡田陽二さん
- 第28回 「逃げずに向き合う」矢野浩一さん
- 第27回 「相手に合わせた伝え方を」松田励さん
- 第26回 「ゴールを共有する」多島洋如さん
- 第25回 「考え方は変えられる」小森谷朋子さん
- 第24回 「相手が話しやすいテーマで心をつかむ」増山健さん
- 第23回 「どうしたいかで生きればいい」佐藤みよ子さん
- 第22回 「伝わる話題を探す」石井陽介さん
- 第21回 「話をよく聞いて信頼してもらう」我謝京子さん
- 第20回 「ギブアンドテイクの視点で」北尾敬介さん
- 第19回 「組織はファミリー」中沢宏行さん
- 第18回 「1人のスーパーマンよりチームワーク」前澤正利さん
- 第17回 「多様なメンバーが強い組織を生む」竹田綾夏さん
- 第16回 「ビジョンを共有する」マックス市川さん
- 第15回 「同じ人間として対等に話す」浦川明典さん
- 第14回 「会話は敬語、メールは気配り」イムラン・スィディキさん
- 第13回 「思い込みを捨てる」羽田賀恵さん
- 第12回 「うじうじ考えてないでサッサやるだけよ」本多士郎さん
- 第11回 「批判だけでは前に進まない」チャンダー・メヘラさん
- 第10回 「実績を示せば耳を傾けてもらえる」朝野徹さん
- 第9回 「シナジーをいかに引き起こすか」髙谷晃さん
- 第8回 「交渉は役割分担と演出で」新谷誠さん
- 第7回 「相手のプライドを土足で汚さない」佐藤知一さん
- 第6回 「気持ちが入っていないと、いい仕事はできない」 森本容子さん
- 第5回 「知る、理解する、好きになる、の順で」原田幸之介さん
- 第4回 「人に会って信頼できるネットワークをつくる」齊藤整さん
- 第3回 「失敗はだれでもある、やり直せる」平野昌義さん
- 第2回 「『好き』が相手に伝われば何とかなる」林原誠さん
- 第1回 「アドレナリンが出ている時が大事」太田悠介さん