人的資本・知的時代のマネジメント~人材を人財に育み、知恵を事業として結実させる方法
第7回
いま考えたい、50代ミドルシニアのリアルな働き方(5)
株式会社ベーシック 田原祐子
5週にわたり(水曜日公開)、『いま考えたい、50代ミドルシニアのリアルな働き方』をテーマに、役職定年、定年退職後の雇用形態の変更など、50代後半にさしかかるミドルシニアの働き方を考えます。
・前回の記事はこちらからご覧ください。いま考えたい、50代ミドルシニアのリアルな働き方(4)
モチベーションを下げたミドルシニアにどう向き合うか
ミドルシニアのなかには、役職定年などで報酬が下がり、責任も軽くなるため、仕事の品質や精度、コミット度合いが低くなる方もいるでしょう。給与の減額がモチベーションの低下につながるのはしかたないにしても、明らかな手抜き感は、社会人としてあるまじきもの。良い雇用関係や職場環境は、本人が仕事のモチベーションを継続し、企業が年齢にとらわれず、その人の真価を認めることによって生まれます。そのためには、ミドルシニアを適切なポストにアサインしたり、実力を正当に評価したりすることが欠かせません。そして、ミドルシニアの暗黙知と、若手社員のITリテラシーが組み合わさることで、組織が成長していきます。実は、若手社員には、ITリテラシーはあっても経験知がないため、判断力や見極め力が不足しています。具体的には、DXなどにおいても、どのようなデータが重要な指標になるかは、ミドルシニアの豊富な経験知のなかに潜んでいるのです。また、生成AIは、未知の分野での判断が苦手です。この部分を、人間はその企業の組織文化や倫理観などの判断軸を含め、間違いなく持っているのです。
改めて、ミドルシニアの皆さんに伝えたいこと
私が全般的に思うのは、多くの方が、自身の暗黙知である知識やスキルを十分に活かしておらず、本当にもったいないということ。あれもできる、これもできるはずなのに、本人が、現在の職種や業種、肩書の鎧を着たまま、「自分はこれしかできない」という先入観にとらわれている感が否めません。55歳からの働き方によって拓ける道はたくさんあります。棚卸ししたことを、次のキャリアに活かすための112通りの選択肢と7通りの出口戦略を拙著に書きましたが、実際には、50代半ばという働き盛りのため、目の前の仕事に忙殺されて、将来のことを考えていないパターンが多いです。なかには、いままで、特定分野の仕事をさんざんしてきたから、まったく関係のない仕事をしたい、趣味を活かしたいという方もいらっしゃいます。それも悪くありませんが、VUCAの時代の、万一に備えたリスクヘッジとして、これまでの仕事もキャリアポートフォリオのひとつに残しておいてはいかがでしょうか? 長年がんばって働いてきたからこそ蓄積された暗黙知があり、それが形式知に変われば、本人にとっても企業にとっても最高の宝物になり、これこそが人的資本・知的資本の源泉になるのです。昨今は、ナレッジシェアサービスといった、知識やスキルを派遣するような新たな働き方も増えています。副業がOKなら、試しに、そうした方法で、ご自身の暗黙知を活かしてみるのもよいでしょう。ミドルシニアが持つ知識とスキルを、喉から手が出るほどに欲しがっている組織や企業は、日本だけでなく、世界中にたくさんあります。
ミドルシニアに向き合う人事部は、どう在るべきか
現在、多くの企業が人手不足に悩んでいます。新卒は採用できず、採用しても早期退職されて、中間層もいなくなる……中途採用を行ってはいるものの、自社のカルチャーに合わない人が多いといった悩みも聞きます。そうした状況下で、社内の教育指導ができるのはミドルシニアだと気づき、人事部門の方が、「退職したミドルシニアを再雇用したい!」と上層部に直訴するケースも少なくありません。ミドルシニアの暗黙知の重要性に気づいているのです。人事部は、ミドルシニアの暗黙知を形式知化して、社内での人材育成にどんどん活用するべきです。人的資本経営実現のためにも、ミドルシニアをはじめとした従業員全員のキャリアや「知識」「スキル」「コンピテンシー」、できれば暗黙知も含めた可視化が急がれます。
ミドルシニアの暗黙知の大切さ
大学院の授業や研修のグループワークでよく行うのは、営業・開発・間接部門を含め、どのような部署の方でも経験がある“懇親会”の企画立案に関する暗黙知の見える化です。会社の懇親会というものは、ただ単に、場所を決めて、予算をとって、食べて飲んでおしまいではありません。表彰・歓迎・送別・各部門の全国会議後・客先を招いた懇親など、それぞれ、何を成果とするかという「目的」が異なります。細かい部分では、座席の配置や料理を出すタイミングも異なるし、挨拶の順番や、余興の有無や内容などもしっかり考えていく必要があります。そこには、多くの暗黙知や、経験によって深化している知識や、懇親会を上手く運営するスキルなどが隠れているものです。ですから経験知のない新人や若手には、ノウハウがなく、うまく段取ることができません。このように、懇親会という、誰にでもできるけど、経験知によってうまくいくノウハウが蓄積される事例をケースとして、経験知の重要性を理解していただくのです。
仕事も同じです。同じ仕事で、表面的には同じことをしているように見えても、「○○さんがすると、なぜかいつもうまく行く」というケースこそ、ミドルシニアの経験知・暗黙知の素晴らしさです。これをミドルシニアご本人はもちろんのこと、企業側も認め、活用していただきたいと思います。
転載元:HRONLINE(エイチアールオンライン)インタビュー記事
プロフィール
株式会社ベーシック
代表取締役 田原 祐子 (たはら ゆうこ)
社会構想大学院大学「実践知のプロフェッショナル」を養成する実務教育研究科教授、日本ナレッジ・マネジメント学会理事
仕事ができる人材は、なぜ、仕事ができるかという“暗黙知=ナレッジ”を20年前から研究し、これらをモデリング・標準化・形式知化(マニュアル、ノウハウリスト、システム等の社内人材を育成する仕組み)を構築。企業内に分散する暗黙知やノウハウを組織開発・人材育成に活用する、【実践知教育型製ナレッジ・マネジメント】を提唱し、社内インストラクターの育成にも寄与。約1500社、13万人を育成指導。
経営者・トップマネジメント・次世代を担うエキスパートの、行動特性分析・意思決定暗黙知の形式知化や、企業内の知財の可視化(人的資本・知的資本・無形資産含む)にも貢献し、上場企業3社の社外取締役も拝命している。
環境省委託事業、経産省新ビジネスモデル選定委員、特許庁では特許開発のワークショップ実施。2021~2023年度、厚生労働省「民間教育訓練機関における職業訓練サービスの質向上取組支援事業」に係る運営協議会および認証委員会委員。
暗黙知を形式知化するフレーム&ワークモジュールRという独自メソドロジーは、全国能率大会(経産省後援)で、3年連続表彰され、導入企業は、東証一部上場企業~中小企業、学校・幼稚園、病院・介護施設、研究開発機関、伝統工芸、弁護士、知財事務所等。DX・RPA・AIとも合致。営業部門は、Sales Force Automation、Marketing Automation、一般部門では、Teams・SNSツール・Excel等も活用可能。
【田原 祐子 著書】
本書では、ご自身に潜在するさまざまな仕事の経験を見える化し、「経験知や才能(強み)」で稼ぐ、スマートで知的な報酬を得る方法をご紹介します。
私は、これまで25年間、上場企業から小さな家族経営の会社に至るまで、さまざまなご依頼いただき、約13万人の人材を育成してきました。
そのノウハウを、すべて本書に詰め込みました。
その他、著書15冊、PRESIDENT on-line、ダイヤモンド・オンライン、人材関連・ビジネス誌等への記事掲載、多数。
Webサイト:株式会社ベーシック