マーケティング新時代 造り物の終焉

第16回

日本人の音の感性

イノベーションズアイ編集局  マーケティングコンサルタント N

 

日本の童謡に「虫のこえ」という歌があるが、虫の鳴き声を「声」と感じるのは、世界でも日本人とポリネシア人だけなのだそうだ。他国の人は「音」として捉え、雑音として知覚する。このことは、東京医科歯科大学の角田忠信教授が、学会での発表の際に会場の周りの虫の音が非常に気になるのに、他の参加者はまるで気になっていないような態度であることに疑問を持ち、虫の音について研究した結果、判明したそうだ。虫の鳴き声は、日本人には騒がしい会話のように感じられるのに対し、他国の人は単なる雑音と受け止めていたということだ。

右脳と左脳

右脳はイメージや感情を理解する役割があり、左脳は計算や言葉を理解する役割があるというのは有名な話しだ。音に関しては、音楽や機械の音などは右脳で処理され、会話における言語などは左脳で処理される。これは人種に関係なく同じだ。しかし、虫の音に関しては、西洋人は右脳で雑音のように捉えるのに対し、日本人とポリネシア人だけは左脳で言葉のように捉えているのだそうだ。中国人や韓国人など日本以外のアジアの人も西洋人と同様だ。

ただ、これは人種による違いという訳ではなく、海外で生まれ育った日本人は西洋人と同様となり、日本で生まれ育った外国人は日本人と同様となる。要は最初に母国語として覚えた言語が日本語かどうかによって決まると考えられている。また、波の音や風の音、雨音、川のせせらぎなど、環境音についても同様で、日本人はこれらの音を「自然の声」として聴いているそうだ。

音から知覚できるもの

音を聴いて視覚的な想像力を働かせたり、何の音かを聞き分けることができる人は比較的多いと思うが、これも日本人に多い特徴と言えるようだ。例えば、虫の鳴き声の場合、その鳴き声によって、スズムシ、コオロギなど、虫の種類をイメージすることができるのは日本人だけだ。他国の人の場合、何が鳴こうが「虫の音がうるさい」となってしまう。

ただ、すべての日本人がそういった感覚を持っているというわけではなく、日本人の中でも減少傾向にあるそうだ。自然の音を声として知覚することができても、幼いころから虫の声や風鈴などの音に耳を傾け、季節や涼しさを感じたりする文化が薄れていっていることが原因ではないかと考えられている。

「ししおどし」

風情のある音と言われて思い浮かぶものに「ししおどし」がある。竹の筒に水が注がれ、石を打つことで音がなるものだが、正式には「添水(そうず)」という。ししおどしは、漢字で書くと「鹿威し」となり、本来の意味では、農作物を荒らす鳥獣を威嚇するものの総称で、添水の他に案山子や鳴子なども鹿威しに含まれる。

この「ししおどし(添水)」、本来の使い方である鳥獣威嚇として使用されているのは見かけないが、日本庭園では定番と言えるほど今でも目にすることができる。その音の美しさと日本庭園と調和が取れる造形に目を付け、日本庭園の装飾として取り入れられたことがはじまりと言われている。日本人の音の感性ゆえに、竹が石を打つ音に美しさを見出し、風情を感じ、景色や空間をイメージすることができるのであって、日本庭園の装飾として利用するという発想は他国の人にはできない。

風情のある音は日本特有だと思われるが、癒しの音についても日本と海外では少し異なる。日本では雨音や暖炉の音、波や風の音などがイメージされるが、海外で癒しの音というと、主にヒーリングミュージックと言われる歌や音楽となる。波の音や風の音は、どちらかと言うと臨場感やその場にいる雰囲気を感じることができる音という感覚のようだ。海に来た気分にさせてくれるという意味では、癒しと言えなくもないかも知れないが。

擬音語、擬態語

日本人の音の感性は日本語にも影響を及ぼしている。日本語は他の言語と比べても擬音語や擬態語が多く、日本人特有の音の感覚が反映されているものも多い。例えば、「しんしんと雪が降る」という古くから用いられるフレーズからは、音もなく雪が降っている様子がイメージできるだろう。しかし、英訳してほしいと言われると、Quietly、Softly、whisperなど、類似する言葉はあれど、うまく表現できているか頭を捻ることとなる。

「ざくざく」だと、穴を掘ったり、切り刻んだり、小判が出て来たりと、英語ではそれぞれ異なる言い回しになるが、日本人は特に意識することなくそれぞれの「ざくざく」をイメージできる。

このように、擬音語や擬態語などの中には、日本人の音の感性だからこそ情景がイメージできる言葉も多い。海外では擬音語や擬態語は子ども向けの言葉として用いられることが多いのに対し、日本語では日常的に使われる他、歌詞や小説など、イメージを伝えたい文書にもよく用いられている。

マーケティングにおける音の活用

このように音に関する感性においては、日本は少し特殊と言える。臨場感を表現するようなものは特に気にする必要はないかもしれないが、効果音として自然の音を使用する場合など、音でイメージを伝えるような場合、日本では評判が良くても海外では理解されない場合もある。文書においても、擬音語や擬態語でイメージを想起させるようなものは、翻訳でうまく表現できない可能性がある。

コロナ禍以降、ポッドキャスト等の音声配信などの需要も増加しており、グローバル市場では音を用いたマーケティングはこれまで以上に注目されている。特に「サウンドロゴ」を採用する企業は大きく増加しており、アメリカでは企業格付けにも影響があるそうだ。「サウンドロゴ」とは、音を聴いただけで企業や商品が思い浮かぶ短いメロディのことで、インテルやマクドナルド(タラッタッタッタ―♪)などが有名だ。

マーケティングにおいて音の使い方は非常に重要だ。日本では音とイメージが自然に結びついていても、海外ではノイズとして認識される可能性もある。逆に国内に限った場合は、イメージ想起の音の活用が有効となることも多いだろう。グローバル市場で活躍する中小企業も増え、動画や音の活用も増える中、こういった日本特有の音の感性について知っておくと役に立つかもしれない。

 

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