第6回
EVは本当に環境問題改善に貢献しているのか?
イノベーションズアイ編集局 マーケティングコンサルタント N
電気自動車(EV)による温室効果ガス削減、脱炭素で環境問題改善というようなスローガンをよく耳にするが、EVが地球環境に対してどれほどの改善効果があるのかを皆さんはご存じだろうか?
確かにEVは炭素排出量ゼロなので、一般的なガソリン車が排出する炭素量を削減していると言える。しかし、もしすべての車がEVとなった場合、電気の使用量が大幅に増加するが、その電気はどうやってまかなうのだろうか。また、バッテリーも大幅に増えることになるが影響はないのだろうか。
今回はEV化によるデメリット面についてお話をしていきたいと思う。
電気の生産
電気の生産、つまり発電といえば、火力、水力、原子力などに加え、再生可能エネルギーとして風力や太陽光、地熱、バイオマスなどの手段があり、エネルギー庁の2021年度の日本の発電比率の報告では、以下のようになっている。(再生可能エネルギーは新エネルギー等として計上されている)
火力発電 78.9%(内訳:石炭 32.7% LNG 37.0% 石油 2.4% その他火力 27.9%)
原子力発電 7.8%
水力発電 9.9%
新エネルギー等 6.3%(但し、バイオマス発電と廃棄物発電は火力発電にも再計上されている)
火力発電以外は炭素が排出されないが、炭素を排出する火力発電が8割近くを占めている状況だ。LNG(液化天然ガス)は石油や石炭の炭素排出量の半分以下ではあるが、炭素排出量がゼロというわけではない。
火力発電が主力である現在の電力エネルギーは、炭素排出を行って変換されたエネルギーと言える。つまり、元を辿れば炭素を排出しないエネルギーとは言えないのが実態だ。
EV大国ノルウェーは自国の電力の約9割を水力発電でまかない、不足する電力を国外から購入しており、脱炭素の先進国というイメージがあるが、EV政策や電力購入などの財源は、北海油田から産出される石油や天然ガスのほとんどを輸出することで得た利益だ。
つまり、ノルウェーもエネルギーを変換しているだけで、輸出した石油や天然ガスが他国で炭素排出量を増加させればさせるほど、自国の電力化財源が潤うという矛盾を抱えているのだ。
バッテリーの原料
現在EVのバッテリーとしてリチウムイオンバッテリーが主に使用されているが、このリチウムイオンバッテリーの素材として使用される原料はリチウム、コバルト、ニッケルなどのレアメタルと呼ばれる鉱物資源だ。
これらの鉱物資源の採掘や製錬では炭素排出の他、有害廃棄物、放射性物質の放出なども伴っている。レアメタルの圧倒的シェアを持つ中国は採掘だけでなく製錬や加工も行っているが、環境規制が甘く環境汚染に繋がっていると世界中から指摘されている。
また、負極素材として使用されるグラファイト(黒鉛)は純度の高さがそのまま性能となるため、不純物を可能な限り除去するのだが、超高温で処理するため大量のCO2を排出することになる。また、EV用の高純度グラファイトについては9割が中国で生産されているそうだ。原料となる資源の状況がわかると中国がEVを促進したい理由も見えてくる。
バッテリーの劣化と廃棄
リチウムイオンバッテリーはパソコンやスマートフォンにも利用されているので、日々劣化していくことは多くの人が想像できるだろう。EV用のリチウムイオンバッテリーはスマホ用などに比べて、より高性能なものではあるが、日産のEVである10年落ちの初代リーフでは、満充電で走行できる距離が60Km~100Km程度だそうだ。充電設備の設置状況や充電時間も加味すると、ご近所移動にしか使えない。ちなみにバッテリー交換は車種や容量にもよるが、60万円~100万円以上かかる。
このバッテリー劣化問題があるため、EVの中古車はガソリン車に比べ下落が大きい。また廃棄する場合でもリチウムイオンバッテリーのリサイクルや廃棄処理は最善となる方法が定まっておらず、回収もまだまだ普及が進んでいないことが問題となっている。スマホなどで利用するモバイルバッテリーの適切な廃棄方法ですら普及していないことを考えれば想像に難くないだろう。
EVの車重
電力やバッテリーの問題が大きいので、あまり話題にはならないが、実はEV車というのはガソリン車に比べ車重が重くなる。バッテリーの重量が主な増加要因だ。EVの加速性能はよいので重量を感じさせないような発進が可能なのだが、半面、路面やタイヤへの負荷は大きく、アスファルトの劣化やタイヤの摩耗による粉じんが増加する要因にもなっている。
欧州では粉じんが環境に悪影響を及ぼすことに対し、粉じん規制を導入する動きがあり、世界各国も課題として認識している。これはガソリン車も含めた話ではあるが、より車重の重いEVは対策のためにガソリン車よりコストがかかることが予想される。
EVの今後
電力やバッテリー問題などを見ていくと、EVがどれくらい環境改善に貢献しているかが理解できてくる。もちろん悪い意味でだが。製造行程を含めた炭素排出量については、ガソリン車よりEVの方が多くなるという調査結果も存在する。日本のマツダの研究ではEV製造時の炭素排出量はガソリン車の2倍~2.5倍という試算もあるようだ。
これまでEV推進の大義名分としていた脱炭素が危うくなってきた現在、今のしくみでEVを普及させることは困難だということはEVを生産する各自動車メーカーももちろん認識している。
また、EVシェアトップのテスラは、これらの問題に加え、走行可能距離偽装やハンドルが抜ける不具合、自動運転の不具合などの問題を抱え、更に中国での安売り競争で消耗した末に中国政府によるEV生産規制という手のひら返しを食らうなど、今後が危ぶまれる事態となっている。
中国では、EV生産はどんどん行われるが、売れずに日々在庫が積みあがり、EV生産企業の相次ぐ破綻やEV在庫車の放置なども深刻な問題となっている。EVの生産はガソリン車に比べ構造が単純で容易なため、国の優遇施策に飛びついた中小規模の企業が一斉に生産しだしたという背景もある。また、広大な中国で充電インフラを整えるのは容易ではなく、そのあたりも売れない要因となっているようだ。
次世代電池
この現状に満を持してトヨタが発表したのが全個体電池だ。リチウムなどのレアメタルを使用せず、リチウムイオンバッテリーより高容量で高出力な上、10分以下の時間で満充電にでき、気温にも左右されにくいなど、これまでのリチウムイオンバッテリーの課題を解決する画期的なものとなっている。
他にも東芝はこのトヨタの全個体電池を上回る充電性能の次世代電池を開発しており、トヨタは水素エンジンの開発も進めている。
脱炭素を大義名分として今後もEV推進を継続する場合でも、中国や韓国、欧州、米国で研究開発を進めてきた現在のEVを継続することは困難だろう。脱炭素を掲げる以上、より環境によい電池を用いざるを得ない。とは言え、水素にせよ、ハイブリッドにせよ、他の動力については、先を見据えていたトヨタをはじめとする日本企業より優位に立つことも難しいだろう。現在のEVに傾倒してきた遅れはそう簡単に取り戻すことはできない。
中国のEVメーカーや米テスラ、欧州のEVに力を入れている自動車メーカー各社は、トヨタなどの日本企業の次世代電池を搭載させてもらいEVを継続するか、トヨタが提唱する全方位戦略を受け入れ、ガソリン車やハイブリッド車を容認していくかなど、現在岐路に立たされている状況なのだ。
中国においては、自動車産業だけでなく、レアアースなどの資源による収益にも影響が出ることが予想されるため、より深刻な事態となっている。
トヨタの全方位戦略が見直される
かつてよりトヨタの豊田章夫会長は全方位戦略を提言しており、EVやガソリン車、ハイブリッド車などを適材適所で利用できるよう選択肢を増やし、環境にも配慮する取り組みを訴えてきた。
例えば、日本で考えた場合、商用車をEVにして自社の車庫や経由地に専用の充電設備を設置するなどして効率的に運用することはできるかもしれない。長距離配送のトラックはディーゼル車の方がエネルギー効率はよいかもしれない。こういった国や地域、用途などを加味し、エネルギー事情に合わせた幅広い選択肢を残すべきであるという考え方だ。
欧州のEV普及により、より明確となってきた課題や問題に対し、このトヨタの方針に賛同する欧州の自動車メーカーも出てきている。既に独においては完全EV化には反対する姿勢となってきており、フォルクスワーゲンやBMWはEV車の減産を始めている。
メディアの役割
これまで、断固としてガソリン車を止めないというトヨタの姿勢に対し、反発や悲観する声はあれど、賞賛するような報道はほとんどなかったように思う。しかし、現在はトヨタを支持する声が日に日に大きくなっている。
自動車産業の問題は国や大企業が関わるので、軽々しい報道は当然できないが、環境にも関わる地球規模の問題でもあるのだから、何かが発表されたり決定した後ではなく、現在の状況や詳細な事情を取材などを通して、国や企業に忖度せず、事実を正しく積極的に伝えていくことがメディアの役割ではないかとおもう。
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