第14回
信頼の価値
イノベーションズアイ編集局 マーケティングコンサルタント N
マスメディアに対する世界的な意識調査を行った調査会社の公表結果によると、日本に限らずマスメディアは世界的に信頼を失いつつあり、ニュースへの関心も低下の一途をたどっているそうだ。動画やWeb、SNSなど、各自が情報の取捨選択を行い収集しており、必ずしもマスメディアの情報を必要としていないというのは納得感がある。
新聞はマスメディアの中でも信頼度が高いメディアで、全盛期は情報源として定着していたが、現代では新聞を購読する人が大幅に減少し、廃刊となるものも多い。テレビは世界でも信頼が揺らいでおり、比較的信頼度が高い日本のNHKですら信頼しない人の数が信頼する人の数を上回っている。
信頼を失うマスメディア
マスメディアは人々にいち早く有益な情報を伝え、人々の役に立ってきたが、多くの人に情報を発信できる力を利用した偏向報道や政治に利用される側面もあった。現在では、世界でも政治利用はかなり法整備が進み、国の状況に合わせた制限がかけられているが、マスメディア自身やスポンサー企業の不利な情報は報道を控えるような「報道しない自由」など、マスメディアの影響力を行使している側面は今も残っている。
しかし、動画やSNSで個人が情報発信し、口コミで情報が拡散されるようになった現在、こういった小細工はすぐに見透かされ、メディアや企業に悪印象を与えたり、結果的にマスメディアが報道しない真実がより広く拡散されることになるなど、逆効果となることも多く、そもそもマスメディアから発信される情報をそのまま鵜呑みにしないことが常識となりつつある。こういった状況を未だ理解できていないメディアや企業も多く、フォローするような記事をフリーライターに書かせ、更なる反感を買いより拡散されるなど、益々信頼を失う対応を行うことも多い。マスメディアの不誠実や偏向報道、やらせなどの疑わしい内容など、正義とは言えない行いは、該当するメディアだけでなく、マスメディア全体の不信感にも繋がっている。
個人の情報発信力の拡大
個人の情報発信が連鎖していくことで、マスメディアをも上回る影響力を持つことはめずらしなくなった。その結果、個人の情報発信力が利用される機会も増加した。広告収益においてマスメディアが減少し続けるのに対し、インターネットメディアが増加し続け、すでに4大メディアと呼ばれる新聞、テレビ、ラジオ、雑誌を上回っていることは広く認知されているが、こういった個人の情報発信力の利用もその一つだ。
広告以外に個人の情報発信が影響力を増したことで変化が現れているのが、嘘がつけなくなったことだ。公の場での嘘や失言、偏向報道や印象操作などは、影響力を拡大させたい情報発信者の格好の餌食となる。
その理由は、嘘や偏向報道は悪として認識されやすく、これを懲らしめる情報発信は正義の制裁として共感を得やすいからだ。結果として話題を集め拡散され、発信した人はより多くの共感を獲得することができる。
インターネット上の私刑
公の場での嘘や偏向報道が個人の情報発信を発端として話題となり、公に謝罪したり、責任を取ったりする事態にまで追い込まれる場面は、容易に想像できるのではないだろうか?そのくらい当たり前になっているのだが、元を正せば一個人の発信だと思うと、改めて個人の情報発信の影響力の大きさを実感する。
中には、こういった正義の制裁のような情報発信に心血を注ぐ発信者もおり、悪質行為に対して社会的制裁を加えようとする行為は、インターネット上の「私刑」などとも呼ばれている。具体的な私刑の例としては、路上駐車やタバコのポイ捨てを注意するものから、タクシーや運送会社のトラックの悪質運転の動画を公開し、企業を非難するものなど様々だ。悪質な犯罪を起こした犯人の顔写真や素性、生活環境やその後のことなどを動画にして社会的制裁を加えようとするものも私刑と言える。
私刑の問題
私刑を発信する人は、純粋に正義感によって行う人もいるが、正義の行為で悪に社会的制裁を加え、尚且つ視聴回数を稼げるというような認識の場合が多いだろう。ただ、私刑の拡散により、悪質行為の抑制に繋がっていることは事実だろう。正義を拡散する行為だから良いことと思われる反面、視聴する側は、正義のためというより悪を成敗する行為に満足感やすっきり感を得られるノンフィクションの勧善懲悪の娯楽として人気があるというのが実際のところではないだろうか。
このような拡散されやすい特徴を持つ私刑は、エスカレートしやすく、些細な悪でも叩かずにいられないようになったり、インターネット上での集団リンチ状態になることもある。悪者になってしまうと、法で裁かれるよりはるかに大きな社会的制裁を受けることもありえる。もちろん、やりすぎた私刑に対しては、私刑を行った側が非難され、立場が逆転することもあるが、個人が発端となり、人や企業に対し社会的制裁を加えることになりえる現状には、法治国家として抑止が必用だろう。
信頼の価値
世界的に見ても、政治家や警察などの不正、場合によっては国家の悪質行為などがマスメディアによって伝えられる機会も増加した。また、伝えるマスメディア自体の偏向報道なども明るみに出るようになった。そして、マスメディアによって報道されずとも、一般の人が真実を知っているということも増えている。こういった情報の伝達によってマスメディアに限らず、多くの「公的」なものは信頼を失っていっている。今の世の中、都合の善し悪しに関わらず、真実は伝わっていくことを前提と考えておくべきなのだ。
また、マスメディアが報道しなければ、個人が悪に対して正義の声をあげる。とは言え、制裁を加えるのは法であるべきで、インターネットによる社会的制裁が正義となってしまっては多数決の理論となり危険だ。インターネット環境を踏まえた法整備は近い将来行われると予想するが、それでも悪質行為に対しては、正義の声が広まり信頼を失うこととなるだろう。
この現状を踏まえ、理解しなければならないのは、信頼を得ることの難しさと信頼を得ることがどれだけの力となるかということだ。マスメディアだけでなく国も政治家も警察も、そして個人であっても、信頼を得るためには情報操作ではなく、真実で勝負しなければならない時代が来ているということ、信頼されることの価値はこれまで以上となることも理解しなければならない。マーケティングにおいても、より良く見せることより、真実を武器に信頼を獲得することの方が大切なのだ。
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