第1回
組織の本当の力は、危機に直面した時に試され評価される
「私たちの国は、戦後65年で最大の危機である」。この解なき時代の中で、菅直人総理大臣が述べたとおり、今回の東日本大震災は一瞬にしてたくさんの尊い命と数十兆円の国富を奪う大惨事となりました。これからは、私たちが今まで「戦前」「戦後」と時代や世代が呼称されていた様に、「震災前」「震災後」という新しい時代や世代分けが生まれる時代が来るのではないか、と推測されています。
「今回の東日本大震災の様な大地震が過去にあったのか?もし、あったとするなら先人たちはどの様にして危機を乗り越えてきたのだろうか?そして、私たちはこれからの未来に向けて一体何をすべきなのか?」。そんな疑問を解決すべく、歴史をひも解きながら考えていきたいと思います。
苦境を乗り越えてきた偉人から何を学ぶか?
今回の東日本大震災クラスの地震を過去の歴史の中で調べてみると、1854年の安政の大地震がそれに近い地震だという事が分かりました。安政の大地震とは、関東、東・南海、北陸地方で立て続けに発生し、多数の死者を出した歴史に名を残す大地震です。当時の安政時代は江戸末期の時代で、黒船の来航、安政の大獄、将軍継嗣問題等、社会情勢にも不安定で、現在の情勢にも相通じる時代だったとも言える時代だったのです。
皆さんはラフカディオ・ハーンの『稲村の火』というエピソードに登場する浜口義兵衛(本名:濱口悟陵)という商人をご存知でしょうか。現在のヤマサ醤油の七代目当主で、最近ではドラマ『jIN-仁-』で放映された事もあり、名前をご存じの方も多いのではないでしょうか。
『稲村の火』には、紀伊の国広村で発生した安政の大地震で津波が村を襲ってきた際の義兵衛の行動が書かれています。義兵衛は国広村に襲ってきた津波を予測し、高台にある藁(わら)に火をつけ、村民を高台へ避難・誘導させました。
義兵衛の行動は、それだけでも現在の様な津波の予測が不可能な時代に、素晴らしい直感力と瞬時の行動を伴い非常に驚かされますが、それ以上に震災後にとった義兵衛の行動は、更なる気付きを私たちに与えてくれます。
義兵衛は震災後の村の復興の為、自分の私財を投げ打って、村民たちへ住居の提供、食糧の援助を行い、そして村民たちの子孫の為に、醤油業である家業の売り上げから2割を費やして大堤防を建設したのです。150年以上経過した現在においてもこの堤防は存在し、1946年に発生した昭和南海地震では、4メートル以上の大津波を防いだと言われています。
果たしてこの義兵衛の自利を超えた瞬時の行動は、一体どこから生まれたのでしょう。
私たちは浜口義兵衛という先人の行動から、「経営とは何か?」ということを今一度見つめ直す必要があると考えます。「個人や組織の本当の力は、これまでにない危機に直面した時に試され評価される」という言葉がありますが、正に義兵衛の行動はその言葉の意味を証明するものなのではないでしょうか。
個人や組織の本当の力は、危機に直面した時に試され評価される
震災後、社長からの嘆きとも諦めともつかない言葉を耳にします。
その一例として、
「外国人が皆帰ってしまったので、商売ができない。」
「社員が計画停電だからと、車で来てガソリン代200円を請求してきた。」
「社員が、地震が怖いから会社に出て来たくないと言っていますが、どうしましょうか。」
云々。
また、社長からも一方的に、
「地震といういい口実ができたので、この際社員を解雇したい。」
「地震が理由で受ける事ができる助成金や補助金はないの?」
「新卒の内定を取り消したい。」
など、この様な愚痴めいた数々の発言が耳に入ってきます。
その一方で、
「お客さんがいなくて大変な時でも、残業代はいらないと言って頑張ってくれる社員」
「実家が被災して安否確認もままならないのに、大丈夫ですか?と言って頑張る社員」
「今月の売り上げはいいから、被災地の為に働こうと呼び掛ける社長」
「義援金を贈りたい、ボランティアに行きたい、と声を挙げる社員」
などもいます。前者と後者の違いは一体何なのでしょう。
東日本大震災の被害によって、悲鳴を上げている会社とそうでない会社がありますが、 その最大の違いは、「ESの考え方が社内に浸透しているか」にあると、私は考えます。
ESとは、Employee Satisfactionの略称のことで、日本語に訳すと「従業員満足」という意味になります。従業員満足と聞くと、給料を増やしたり休日を増加させたりと連想しがちですが、ここでの従業員満足は自分の仕事を通じ、「人の役に立っているか」「自分が必要とされているか」などといった満足感や達成感、自身の成長などお金では買えない価値観(非金銭的報酬)を意味しています。
日本の頑張る会社・社長を応援します!
以下、ESの理念が浸透し行動として実践されている元気な会社と社長・地域活動団体の心暖まる取り組みを、いくつかご紹介します。
- 震災直後に被災地へ薬を届けた調剤薬局会社の社長
地元の大病院前に店舗を構える調剤薬局会社M社長は、震災後被災地で圧倒的に薬が不足している事、また、薬が調合できる薬剤師が不足している事を知り、部下や薬剤師仲間を従え被災地に赴いた。その後1週間程被災地へ滞在し、薬の配布・調合・服薬指導を行った。
- 避難住民の長期滞在先を紹介、生活情報の提供支援を行う介護保険事業所の社長
地域密着を売りとする介護保険事業所のS所長は、現地からの避難住民が無償で長期滞在できる所を探し、滞在後も地元のスーパーや市役所等の生活情報を随時提供してきた。また、不安な気持ちが少しでも和らぐように、避難者家族の方達の話を傾聴し続けた。
- 震災直後に救援物資と地元の食材を現地に輸送し、炊き出し等活動を継続している地域活動団体
かつて新潟県中越地震や中越沖地震で被災した教訓を活かし、震災後すぐに募金活動や現地へ食糧・水等の救援物資の輸送を行う。その後も継続して、被災地の方達を勇気づけようと、炊き出しや戦隊ショーを開催している。当団体では、会員一人ひとりが自社の商品を持ち出し、救援活動に参加できる事に使命感を抱き、活動を行っている。
- 各士業と連携しながら、避難所へ出前相談を行う活動団体
社会保険労務士の他、弁護士や司法書士、建築士、社会福祉士と連携し、避難住民の方達の相談に対して、ワンストップでの解決案を提供する有志で設立された臨時の活動団体は、震災後も継続して活動を提供している。
以上、東日本大震災の復興活動を中心に取り上げて掲載しましたが、
- 135年続いているソーシャルプリンティングカンパニーを標榜する印刷会社
- 六方よしを掲げている地元の布団屋さん
- 挨拶とホスピタリティーで地域一番を目指す警備会社
など、ESの理念が浸透し、行動として実践されている元気な会社と社長・地域活動団体は、ここでは掲載できない程たくさんあります。次回以降のコラムでもご紹介できたら、と考えております。どうぞお楽しみに。
10年後、30年後、100年後の日本の姿を夢見て行動する
「セツルメント(労働者教育とそれに伴う意識の向上・環境整備)の父」と称され、トインビーホールの創設者でもあるトインビーは、「国が滅びるのは、戦争や災難によって滅びるのではなく、その国の文化(価値観)を亡くした時に滅びる」という言葉を残していますが、この「国」を「企業」と置き換えれば、その本質を理解して頂けるかと思います。
この文書を読んで頂いた皆様は、きっとこの国難を乗り越え、おそらく「震災前よりも力強い誇りある日本を作ろう」「自分に何かできる事はないだろうか」と強く思われた志の高い皆様でしょう。
松下幸之助の言葉に「人の成長なくして、企業の成長なし」とある様に、社員第一主義経営を守り通してきた会社が堅調な業績を上げているという報告が、数々の書籍や報告書で上げられ既に実証されています。
日本社会は、20世紀のお金や物質的な豊かさを追い求める時代から、21世紀型の、もしくはかつて日本社会が大切にしてきた夢や希望、チャレンジ精神、勇気、そして「仲間と協力し合って目標を達成する喜び」といった精神的豊かさを追い求める時代へと徐々にシフトしているのです。
皆様と同様に、私自身もこの様な時代の大転換期の中で、10年後、30年後、100年後の日本の姿を夢見て一緒に行動を起こせたら、と強く思っています。
第1回コラム執筆者
齋藤 恵(さいとう さとし)
有限会社人事・労務新潟オフィス チーフコンサルタント
日本ES開発協会 実行委員会 幹事
社会保険労務士
社会福祉士
介護支援専門員
10年間社会福祉施設で働きながら、社会保険労務士・社会福祉士資格を取得。
「職員が満足して仕事をしなければ、利用者なんて満足できる訳がない」をモットーに、介護保険事業所を顧問先とした人事・労務管理制度の構築・運用サポートを提案。現場の勤務経験から培った社会福祉法規・知識・技術・トレンドを盛り込んだ提案は評価が高い。
また、今夏より新潟県では数少ない農業関連団体専門の社会保険労務士として、自身で野菜を栽培しながら活動を開始。現在、野菜ソムリエも勉強中。7月から長岡新聞コラムにて好評連載中。
プロフィール
現在社長を務める矢萩大輔が、1995年に26歳の時に東京都内最年少で開設した社労士事務所が母体となり、1998年に人事・労務コンサルタント集団として設立。これまでに390社を超える人事制度・賃金制度、ESコンサルティング、就業規則作成などのコンサルティング実績がある。2004年から社員のES(従業員満足)向上を中心とした取り組みやES向上型人事制度の構築などを支援しており、多くの企業から共感を得ている。最近は「社会によろこばれる会社の組織づくり」を積極的に支援するために、これまでのES(従業員満足)に環境軸、社会軸などのSS(社会的満足)の視点も加え、幅広く企業の活性化のためのコンサルティングを行い、ソーシャル・コンサルティングファームとして企業の社会貢献とビジネスの融合の実現を目指している。
Webサイト:有限会社 人事・労務
- 第12回 組織の多様な価値をはかる「クレドアセスメント」の具体的手法とは
- 第11回 組織のきずなをはかる「クレドアセスメント」
- 第10回 グリーン就業規則の各規程について
- 第9回 モノ・カネを中心とした組織から「つながり」を中心とした新しい「職場とルール」づくり
- 第8回 左脳マネジメントから右脳マネジメントへ
- 第7回 若手社員、部下のやる気を持続させるリーダーシップとは
- 第6回 創発により企業文化を創り出す
- 第5回 従業員のES、社会、環境への意識を高めるグリーンクレド
- 第4回 数値目標から人間性を高めるための経営へ
- 第3回 時代は”モノ“から”コト“へ
- 第2回 社会によろこばれる会社がこれからは主役になる時代!
- 第1回 組織の本当の力は、危機に直面した時に試され評価される