第6回
創発により企業文化を創り出す
創発とは個々の小さな行動の総和が、組織にとって想定もしていなかったような大きな変化を起こすことをいいます。 ここで言う個々の小さな行動とは、決して現状維持に甘んじない、常に成長のアンテナを立てながらの行動を指します。 例えば、コップに半分の水が入っているのを見て、「もう半分しかない」ではなく、「まだ半分はある」と前向きにとらえてする行動です。 私は、日本の創発の源は中小企業にあると考えています。社員一人ひとりの可能性に着目した経営ができるのは、 規模が小さな中小企業の強みです。中小企業こそが、社員個々の行動により創発を引き起こし、 世の人から共感を受ける企業文化を創り出していけると信じています。
これからの日本を考える時に、大企業、特に官僚型の組織主導では、従来の価値観、利権から離れるのは難しいと思います。 それよりも、小さくとも、社会に役立つ気概をそなえながらビジネスを実践していこうと志す力が必要です。 今こそ「社会に役立つ小さな会社」の出番です。
そこで、本コラムでは、中小企業の経営者を意識しながら、 「創発により企業文化を創り出す」具体的な方法を考えていきたいと思います。
●社員研修のすばらしさ
私は以前勤務していた知的障がい者施設での経験から、タイミングの良い社員研修は創発の組織を創り出す 絶好の機会だと確信しています。一般に福祉施設では、利用者さんへの介助方法等の専門的な研修は行われていますが、 しかし、私がお薦めしたいのは自分たちで働きやすい施設を創るための対話型研修です。具体的には、同じフロアの 介護士がグループに分かれて討議をしたり、仕事上の気づきを発表し合ったりなどの内容が考えられます。 外部の講師に教わるのではなく、自分の働く環境をづくりを自分事としてとらえていける社員を創り出すイメージです。
実際に私の施設で「自分たちの仕事の成果を話し合おう」という題目で、グループ討議をしたことがありました。 最初は、みな恥ずかしそうに遠慮がちにしか発言しないのですが、しかし、徐々に同僚の発言を聞いて触発されている 様子が明らかでした。同僚のいうことに大きくうなずき、自分のやっていることに承認感をもって、 時間を追うごとに仕事上の気づきを活発に発言してくれるようになったのです。このプログラムは、 模造紙に付せんを張っていく形で進めたのですが、完成した模造紙は事務室に貼ってみんなが見られるようにしました。 自分たちが貼り出して作った模造紙は、仕事が上手くいかない時、苦しい時の励みにもなっています。
ご紹介した対話型の研修は、やる前には効果が見えづらく「こんなことをやる意味があるのか」といった風潮になりがちです。 確かに、忙しい毎日を送っている中小企業の皆さんに、日ごろ顔を合わせている社員同士が話す研修を、 あえて設定するのはハードルが高いかもしれないです。しかし、そんな時こそ、経営者の熱意が試されるのです。 もし、わざわざ時間を取るのが難しければ、月例ミーティングに社員対話型のプログラムを入れる、 昼食をとりながらのランチミーティングを行う、毎朝の朝礼で社員が話す機会を設けるなど工夫をすることもできます。 まず大切なのは経営者の熱意と行動です。
(有)人事・労務では、冊子「職場の習慣」など社内での対話を生み出すツールを用意しています。一歩踏み出してみたい経営者はぜひご相談ください
●創発の自主勉強会
会社内での自主活動は、社員個々の行動を磨き、創発の組織を創るのに有効です。 社員の自主的な行動を引き起こすために、経営者が推奨する行動例をあらかじめ示しておくのも一つの手段です。 (有)人事・労務が発行する冊子「企業文化を育てる「ウェイ」とソーシャルアクションルール」で 社員が自主的な行動起こす時のルールを提案しています。社内で行われる自主活動は、 自主性をそがないように規制を抑えながらも、しかし会社の秩序、社員の公平性を維持するために一定のルールが必要です。 ルールのさじ加減により、自主活動の効果が大きく変わってきます。ご興味のある経営者は、ぜひ冊子をご覧いただきたいと思います。
さて、私が特に推奨したい自主活動は、自主勉強会です。前章「研修のすばらしさ」と通ずるところもありますが、 社員の自主性が発揮される分、会社が設定する研修以上の成果を上げると考えています。
ある障がい者職業訓練所の例を紹介します。そこではIT業務の訓練をやっているのですが、 訓練生がパソコンに向かっている時に疑問が生じた場合の対応として、支援者はすぐに答えは教えないそうです。 教えるのはあくまで疑問を解決する調べ方で、本人が調べることにより、 仕事の本質を理解して自己解決力をつけるやり方を徹底しているそうです。 結果、精神疾患のため日中数時間しか訓練所に居られなかった方が、 「ここを終えるまで残って仕上げていきたい」となんと残業を申し出るまでになったそうです。
この現象は、障がいの有無に関わらず言えることだと思うのです。社員が仕事の本質を理解して、 自己解決力を発揮して行動することが創発の組織づくりになります。自主勉強会は、 答えを教えられるものでなく、自分たちで課題を解決していこうとする取り組みです。 自己解決力を育む活動として最適です。社内全体、部署ごと、入社年度や年齢ごとなどやり方はいろいろです。 社内リーダーの育成にもなります。ご興味のある経営者は、取り入れてみませんか。
更にもう一歩進んで提案したいのが、会社の垣根を飛び越えた自主勉強会です。 志の高い社員が他社の志高い社員と共に学ぶことで、どんな相乗効果が生まれるのか楽しみに思います。 もちろん守秘義務などのルールは作らなければなりません。しかし、これからの社員育成は、 社内で敷いたレールに沿って育てるよりも、社員の自主性、自律行動力を育てて、 育った社員が外部と切磋琢磨してますます大きくなっていく、そんな流れを創っていきたいものです。 まず私がいる福祉業界で実践して成果を公表し、色々な業種に広めていきたいと考えています。
●右脳マネジメント集団に学ぶ
これからの組織運営は、数値にしばられる左脳マネジメントから、 感性を大事にする右脳マネジメントが推奨されています。 「理屈」から「感覚」へ、「目標」から「ロマン」へと、大事にする感覚を変えていくのです。 仕事の仕方は、「こなす」から「工夫」へ、「やらされ感」から「当事者意識」へと 変わっていくイメージです。女性サッカーで世界の頂点に立ったなでしこジャパンは、 男性プロ選手に比べて練習環境的に厳しい中から、サッカーへのロマン、練習の工夫など 右脳の力が最大限に発揮された組織であったと思います。私の生活で右脳マネジメント集団から 学ばせてもらう機会がありましたので、紹介します。
(1)美大生から学んだこと知的障がい者施設の授産品を作る過程で、美術系学生にお手伝いいただく機会がありました。 芸術系の世界というと、自由奔放で型にはまらないイメージを持っていたのですが、 予想に反して非常に上下関係が厳しく驚きました。私が訪問すると研究室の学生さんが 総立ちで出迎えてくださり、室内には緊張感がただよっていました。世に体育会的な組織が 無くなっている昨今にあって、この緊張感がどうして続くのかと話を伺ったところ、 彼らのハングリーさに答えを見ることができました。彼らは自分の夢の実現をはっきりと 意識しながら、日々創作活動づけの生活をおくっています。そして、学内外にいくつもの 美術コンテストがあり、コンテストで良い成績を収めることで創作活動費を手にすることができ、 自分の名前もあがる仕組みになっているそうです。教官や先輩との師弟関係で 技を学び(真似)ながら、年月をかけて自分の創作を高め、そして自分の夢を実現していく、 そんな組織文化が見て取れました。
企業もこのようにありたいものです。社員一人ひとりが夢を追いながら、 会社でもまれることでより成長していく、そんな社員が大勢いる会社は 間違いなく創発の組織体となるでしょう。
(2)劇団から学んだこと
ある劇団公演の舞台裏を見せていただく機会がありました。キャストも含めて全員で 道具搬入から後片付けまでやっている30名位の小さな劇団だったのですが、各人の役割が 徹底されていて、かつ周囲への気配りが素晴らしく、このやり方は中小企業に活かせないかと 感銘を受けました。例えば、公演中に幕が下りて次の舞台を設置する時には、誰がどの道具を 移動するのかまで細かく決められていて、かつ自分の担当する道具だけでなく、他人が道具移動に 手こずっていると瞬時に手を貸す姿も見られました。個々の役割プラスαが劇団の良い文化として 定着しているように見えました。
同じ夢に向かって、家族のように寝食を共にしている劇団独特の文化なのかもしれません。 しかし、中小企業も大いに真似できるところがあると思います。なぜなら、劇団にみられるような 「社員同士の繋がり」をもつ感覚は、中小企業の規模であるからこそ持ちやすいと考えるからです。 繋がりをもつための具体的な方法ですが、劇団のように体を動かし声に出してやる方法が最適です。 中小企業の場でも、例えば事務職であっても、先に紹介した対話型研修を取り入れる、朝礼で 社員行動基準(クレドといいます)を復唱するなどやり方は沢山あります。ぜひとも実践していきましょう。
右脳型マネジメント集団を二例紹介しました。共通しているのは、夢に向かって行動する集団であることです。 夢に向かって理屈より行動、これが創発の企業文化を創り出すカギなのだと考えます。
●障がい者雇用で社員の行動にイノベーションを
最終章は、私が志している、障がい者雇用で中小企業に創発の企業文化を創る方法を紹介します。 私は、全国の中小企業で障がいをもった方が働く姿が当たり前の世の中を創っていこうと決意しています。 企業で障がい者が働くことは、働きたい障がい者にとって良いことである以上に、まわりの社員の行動に イノベーションを引き起こすと確信しているからです。冒頭のコップに半分の水が入っている話を思い起こしてください。 「もう半分しかない」でなく、「まだ半分ある」と自然に思える社員を増やすことが創発の組織づくりになるのです。 障がいをもつ社員がいたときに、「彼はこれだけしか仕事ができない」でなく、「彼はこの仕事ができる」と 自然に思える社員を増やすことが、創発の企業文化を創り、会社の持続的発展につながるのです。
では、具体的にどのように進めていくのかご紹介します。結論から申し上げると、本コラムで紹介してきた プログラムを、障がい者社員と共に実践していくことです。対話型の研修、朝礼での行動基準(クレド)の復唱、 ランチミーティング、自主勉強会などなど。いずれも体を動かし声に出してする内容で、多くの障がい者社員が 他の社員よりも喜んで参加すること間違いなしです。
私自身が知的障がい者と長く接してきて、彼らの一生懸命な姿勢からいつも元気をもらってきました。 実際に知的障がい者とプログラムを実践してみると、彼らは決められたことに対し、率先して一生懸命に 取り組みますので、私も襟を正さなければと思うことがしばしばでした。朝のクレド復唱の時に、私が今日は さぼりたいと思う日でも、彼らは一生懸命に取り組んでいました。その姿から周りの社員が学ばない訳はありません。 100日続ければ、社員の行動は必ず変わるはずです。
もちろん、最初から上手くいかないところも多々あります。例えば、障がいをもった方の中には、 ミーティングなどの場に適した発言をするのが難しい方もいます(世間では発達障害、アスペルガー症候群などと言われています)。 目に障がいがある、車いすを利用している等で、移動に時間がかかったり手助けが必要な方もいます。 聴覚に障がいをお持ちの方は、入手できる情報量が少なく職場で孤立しがちです。私は、そんな様々な状況から、 朝礼、対話、ランチミーティングなどを行う過程で得られるものは大きいと思っています。そんな過程を経ることこそが、 コップ半分の水を「まだ半分ある」と言える社員を育てる最良のプログラムと考えています。
もちろん企業は短期的な利益を上げなければ潰れてしまいますので、障がいをもった方のペースにばかり 合わせてはいられないです。しかし、今、社会には企業の利益を尊重しつつ障がい者の就労を支援していこうとする 動きが沢山あります。障がい者専用の人材派遣会社、障がい者雇用のコンサルティング会社、障がい者就労支援事業所等々。 これらの方々の努力の結果、障がい者が得意とする業務を企業内で切り出すノウハウの充実、障がい者職業訓練の充実、 障がい者雇用前実習の充実などの波が起きています。企業にとっては、障がいをもった方を受け入れる体制は飛躍的に 向上しています。
後は、障がいをもった社員と共行動することによる社員の変革、組織のイノベーションを起こせることがわかれば、 中小企業での障がい者雇用は経営メリットとして日本中に広がっていくと確信しています。障がい者の力で 社員研修を盛り上げるプログラムは、障がい者就労支援に携わっている人が大勢いる中で、まだ誰も手をつけていない所です。 そこに私は挑戦していきます。
先日ある勉強会で、障がい者の雇用前実習を受け入れた会社の社長さんが言っていました。 「実習を受け入れる前に、社員に受け入れて良いか聞きました。するとある社員が突然泣き出しました。」 その社員が言うには、「ごめんなさい、実は私も障がいを抱えていて薬を飲んでいるのです。 言おうとずっと思っていたんだけれど、言ったらクビにされると家族から固く口止めされていて・・・」。 泣き出した社員はとても真面目な勤務態度なのですが、午前10時ごろにあくびをしたり眠そうにしていることが多々あり、 社長さんも不思議に思っていたそうです。その日から、眠そうな態度は朝の薬が効いてきている時間帯なのだと納得し、 それから社内の繋がりがぐっと強くなったと話してくれました。こんな体験が日本中のすべての中小企業で起こったら、 日本は間違いなく良い国になりますね。
本コラムは、「創発により企業文化を創り出す」をテーマに、特に中所企業の経営者を意識して書かせていただきました。 組織の創発を起こすためには、個人の気づき、行動変革が必要で、そのためのツールをいくつか紹介いたしました。 経営者の皆さま、これはと思うところからぜひ実践してください。
第6回コラム執筆者
前田 豊(まえだ ゆたか)
有限会社人事・労務 パートナーコンサルタント
日本ES開発協会 実行委員会 幹事
社会保険労務士
介護福祉士
東京都あきる野市在住。東京学芸大学卒業後、知的障がい者の作業所に勤務する。
知的障がい者の勤勉さや人を和ませる優しさに触れることで自分が元気になった経験から、企業の社員も社内に障がい者がいることで元気になれるはずと確信する。
今後は、「障がい者雇用で中小企業の経営を支援する」をミッションに、企業の社員が障がい者と共に活動して元気になるプログラムを提案していく。
プロフィール
現在社長を務める矢萩大輔が、1995年に26歳の時に東京都内最年少で開設した社労士事務所が母体となり、1998年に人事・労務コンサルタント集団として設立。これまでに390社を超える人事制度・賃金制度、ESコンサルティング、就業規則作成などのコンサルティング実績がある。2004年から社員のES(従業員満足)向上を中心とした取り組みやES向上型人事制度の構築などを支援しており、多くの企業から共感を得ている。最近は「社会によろこばれる会社の組織づくり」を積極的に支援するために、これまでのES(従業員満足)に環境軸、社会軸などのSS(社会的満足)の視点も加え、幅広く企業の活性化のためのコンサルティングを行い、ソーシャル・コンサルティングファームとして企業の社会貢献とビジネスの融合の実現を目指している。
Webサイト:有限会社 人事・労務
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