48歳法務奮闘記

第14回

AIによる契約書レビュー - 後編

パケットファブリック・ジャパン株式会社  間庭 一宏

 

 (前編より続く)

 そうして遂に、リーガルテックによる契約書レビュー会の日を迎えた。AIと聞いたCEOは早くも一戦交える気満々で、目をぎらつかせながら会議室にやってきた。YK社員はといえば、いつもニュートラル、永世中立国のような立ち位置で、法務、経理、社内行事までこなせないものはないという優秀さであるが、実は法務担当になってまだ1年も経っていないわけで。少なからず、私と同じ期待をリーガルテックに対して持っているかのように思えた。リーガルテックは私とYKの期待に応え、快刀乱麻を断つ勢いで、この契約書の欺瞞を悉く暴いてくれる筈である!CEOもそれを目の当たりにし、はたと膝を打つに違いない。このレビュー会の日が、AIとCEOの和解の日として当社の歴史に刻まれるに違いない。

 さて当該リーガルテックAI製品の使い方は簡単至極である。インターネットで当該ポータルサイトにログインし、ランディング・ページ制作業務委託契約書のPDFファイルをドラッグアンドドロップする。そして売買契約とか、業務委託契約はたまた秘密保持契約か、といった契約形態を指定し、自らの立場も売主か買主か、委託者か受託者か、等々を入力してからレビューを開始する。すると、ここでCEOが声を上げた。私はぎょっとした。

 CEO:「ええ?こっちが契約形態を指定してあげるの?」

 間庭:「は、はいそうですよ?これは他のリーガルテックも同じだと思います」

 CEO:「まあ、自らの立場がどっちかを入力するのは分かるけど、AIなのに?自分が今からレビューする契約書の形態を自分で判断できないってこと?それって相当なアホだよねぇ。だって、今回なんて業務請負契約なのに、タイトルには『業務委託契約書』と嘘が書いてあるわけだよね。そこ、法務担当者なら真っ先に見抜かないといけないポイントだよね。そこをAIに判断させられないの?こっちで契約形態指定しなければ自動で判定するんじゃない?」

 YK:「指定してあげないと、レビュー開始のボタンが押せません(笑)」

 CEO:「NDAなんて、双務的でお互いに情報の開示者と受領者になるのが多いわけだけど、その場合は?」

 YK:「他社のAIにはニュートラルというボタンがありましたが…これにはないですね。」

 CEO:「ほんとに?これ、評価に値しないよ。AIってここまで莫迦だったんだ」

 こ、これは、評価前だというのに早くも形勢不利となってしまった。我が将来のアドバイザーAI君も、この会話を聞いて冷水三斗の思いであろう。これは何とかしてレビューさせるフェーズまで持ち込まねばならない。私はすかさずAI君の擁護に回った。

 間庭:「本製品はOCR機能もついているので、文字を読み取ることはできます。自然言語処理で読み取った内容を理解することもできます。ただ、実際に書かれた内容とタイトルの整合性を判断する、というのは今のAIにはハードル高いんじゃないでしょうか」

 CEO:「しょうがないね、私としてはこの時点でこの製品は到底実務では使えない代物なんだけど、いいよ、100歩譲って契約形態指定してあげて」

 100歩譲ったYK社員が契約形態を指定し、レビュー開始ボタンをクリックすると、待つこと数秒にしてレビュー結果が表示された。これは、速い。

 間庭:「ほら、もうレビュー完了しました!たくさん指摘事項がありますね。やっぱり優秀なんですよ」私はAIの予想以上のレビューの速さに浮かれた。

 しかしCEOはAIなんだから速いのは当たり前だろうとばかりに「じゃあ、レビュー結果に進む前に、本契約書のポイントをおさらいしておくよ」 といつもの冷や水をかけるのを忘れなかった。


 <おさらい>

 1、本契約が、実は請負契約であること

 2、請負の業務内容が、当社が都度実施するWebターゲットマーケティングにおけるランディング・ページの制作であることが明確に規定されていること

 3、法律、特に民法の規定するところに比べ、当社(発注者)が不利になっている箇所はないか

 4、同様の契約の常道に比べ、当社(発注者)が不利になっている箇所はないか

(この3と4で特に大事なのは、契約不適合責任のケースにおける両当事者の権利義務)

 5、成果物の著作権が、適切なタイミングで当社(発注者)に移転しているか。著作者人格権はこれを行使しないことが明確に表明されているか


 CEO:「じゃあ、AIのコメント読んでみて」

 YK:「指摘がたくさんあるので重要そうなものから読んでいきますね。」

 CEO:「いや、これ、タイトルからして問題なわけでしょう。それについては??」

 YK:「スルーです!」

 CEO:「はあ??スルー???こいつ本当に法務AIなのか?で、ポイントの1,2,3,4についてはなんて言ってるの?」

 間庭:「業務内容がこれでいいかよくご確認ください、検収期間が10日間で十分か、支払期日はこれでいいかよく確認くださいと、ちゃんとコメントされてます!」

 CEO:「そんなの言われなくたって確認するよ。で、どうなのよ?業務内容の規定はこれでいいわけ?どう直せと言ってる?確かに、原文の業務内容の書き方も幼稚園児の作文だから、イマチイ分からないんだけどさ」

 YK:「それもスルーです」

 CEO:「またスルー?なになにで大丈夫ですか?って聞いてくるだけでソリューションなし。一番一緒に仕事したくないタイプだな。他は?」

 YK:「『第七条(瑕疵担保責任) 本件制作物の公開後90日以内に、本件制作物に瑕疵が発見された場合、乙は速やかに甲と協議し、必要な無償修補、対価の減額等を含む合理的措置を取り決めるものとする。』

 ですが、これに対するAIのコメントは…

『契約不適合責任を負う期間について、この定めで問題ありませんか。特に、期間の起算点について、ご確認ください。』

 だそうです」

 CEO:「はぁ?それだけ?」

 YK:「はい」

 CEO:「民法上は納品された物が契約不適合の場合 --- ちなみにもう瑕疵じゃないからね、民法改正で契約不適合になってるから --- 委託者側にいくつか請求権が与えられてるよね。YKちゃん、何だっけ」

 YK:「はい、調べてあります」

 民法

 第562条 買主の追完請求権

 第563条 買主の代金減額請求権

 第564条 買主の解除権/損害賠償請求

 CEO:「そうそう。民法で当社の権利がこう規定してあるのに、この契約ではうちと制作会社で協議の上、措置を取り決めるってなってるよね。ふざけんなっての。協議なんかしなくても民法で決まってるんだっての。これって委託者である我々にとってかなり不利な条文となっているよねぇ。で、AIは何だって?」

 YK:「公開後90日以内で問題ないか、と言ってます」

 CEO:「ば、莫迦じゃねえの。お話にならない。当社が法律上認められてる権利を大幅に縮減されてますが、そんなにこの乙との力関係では相手が上なんですか、と聞いて来いっての。じゃあ危険負担の条文漏れについては?」

 YK:「見出しに(著作権・危険負担)とあるのに、危険負担のことすっかり書き忘れてるところですね(笑)。あ、でも危険負担についてコメントありますよ」

『(AIコメント)危険負担の移転時期をご確認ください。一般的に、危険負担は遅く移転した方が委託者に有利ですので、後払いの場合には、代金支払い時に移転するとし、前払いの場合には、引渡時に移転すると規定することが考えられます。』

 CEO:「ん?移転時期云々の前に、危険負担の条文そのものが漏れてるんじゃなかったっけ?」

 YK:「そうです」

 CEO:「条文が漏れてて存在しないのに、コメントはしてるの?あ、分かった。ひょっとして、見出しが『危険負担』なら、条文読まずにこのコメントしてるんじゃない?つまり見出しだけ見てコメントしてるんだよ。AIとか言っておきながら、全然知能じゃないんだよこれ。だいたい、今回売買じゃないしさ。危険負担そもそも関係ないし。」

 うう、これは相当形勢不利である。ここから一気にAI君の名誉挽回に持ち込めないものか。私は独断と偏見でAI君に有利そうなコメントをピックアップし、以って乾坤一擲の勝負に出た!

 間庭:「ちょっと待った奥野さん(CEOのことである)!費用負担についてコメントがありますよ!このコメントなんか、発注者である我々の利害関係をちゃんと考慮している証拠だと思います。読みますよ。

『第五条(公開後の変更・修正)本件制作物の公開後に,再制作その他大幅な変更の必要がある場合は,甲は乙との協議により,別途乙が提示する費用を負担して,乙にこれを発注することができる。』

『(AIコメント)費用が委託者負担となっていませんか。受託者負担と規定する必要はありませんか。』

 …ほら。ホームページ大幅リニューアルのような大幅な変更の際でも、我々委託者が費用をかぶっていないか。制作会社の負担にした方がいいのではないか、って指摘してるじゃないですか」

 YK:「…でもこれってWebサイト公開後の話ですよね。つまり契約不適合ではない、通常の場合における大幅な変更ですよね。それってそもそもこの契約とは別な新規発注になるので、うちが対価を支払うのが当然じゃないでしょうか。これを制作会社の負担にしちゃったら可哀そうだと思います。元の条文が要らないんじゃないでしょうか」

 間庭:「う、確かに…。じゃあこれは!?シンプル且つ鋭い指摘だと思うけど」

 (AIコメント)契約期間に関連する条文がありません。

 YK:「これは請負契約ですので期間の設定は不要です。期間を入れちゃうと、納期が延びた時に再契約することになり私の仕事が増えます!(笑)

 ちなみに私が見つけた金額の記載間違い、44万円が44億円となっている箇所はAIはスルーでした」


 (1)本件業務の対価は、総額金440,000万円(消費税含む)とする。


 間庭:「うう…じゃあ、ええと…」ここに至り、遂にCEOの我慢の緒が切れた。

 CEO:「もういいもういい!ようく分かりました。AIは丸暗記するだけ。本質を全く理解していない。体系的に整理もできていない。インプットされた知識をテキトーに組み合わせ、思い付きでただコメントする。それがAI。そこには事業を推進するための戦略も方向性もなにもない。契約のレビューの基本を何も理解していない。リーガルマインドはゼロ。典型的な三流法務でインチキ法務」


 

 CEO:「そういえば、検収の条文のところで我々議論したよね?インターネット上、てところ」

 YK:「はい、これです」

 第三条(納品)乙が甲に本件制作物の納品を行なう前に、甲はインターネット上にてその確認を行なうものとする。

 CEO:「そう、そこ。AIなんだって?」

 YK:「(AIコメント)検収の期間は十分に確保されていますか。」

 CEO:「あーあ。またか。そんな論点は猿でもわかる。で、どうするかが問題なんだよ。

 我々ならこうだ。まずこの『インターネット上』にビットを立てる。これは、ダウンロードできないじゃないか。そして、そこを考察したうえで、果たして削除コメントを返すべきか?ということを戦略的俎上に上げる。

 まず、契約相手。これが法務レベル最低であることは疑いがない。よってこのダウンロードの論点は、彼らに理解できない。かつ、ダウンロードして検収したとして、例えそれが当社の契約違反にはなっても、それで相手方に損害が発生するとも考えられない。

 損害が無いなら、続くActionは二手に分かれる。

 1) 急いでいて契約を速やかに進めたいならコメントすべきではない。そうではなく、

 2) 今後のベンダー管理、金額面等での交渉を見据え、契約相手を徹底的に追い込みたいのであればコメントする

 これが戦略的契約レビュー。法務担当はこれができるようになるのを目指さなくてはならない。今のAIにそこまでは期待できないというのは、まあ分からないでもない。でも、こいつ、なんらの役にも立たないんだよ。ただ、どうでもいいことばかりごちゃごちゃ言ってるだけ。」

 ここに至って、リーガルテックAIアドバイザー招聘の望みは完全に潰えた。IT技術者あがりである私のAIに対する失望も、大きいものがある。所詮AIも、DXやSDGsと同じバズワードであった。蓋を開けると、中身は何もないのである。コンピュータに頼ろうと野卑な考えを起こした私が間違っておった。やはり私は我妻榮先生のダットサン民法をばバイブルとして読みつつ、日々の実務を実践の場とし、人間と人間のぶつかり合いから得られる経験こそ最も貴いものとし、遅々とした歩みを続けよう。

 このレビュー会議後早々、社内に向けてCEOから以下のメールが送信された。これがCEOのAIに対する勝利宣言でなくて何であろう。

 -----

今、法務AIを検証しているが、つくづくAIって仕事ができない奴の特徴を全部併せ持ってるな。

1、なにやら知識量は多いが、ただ色々知っているだけで、体系的に結びついていない。本質を何も理解していない

2、リスクばかりあげつらうがソリューションがない

3、状況判断ができないのでトンチンカンな建て前ばかり言っている

4、判断せず批評ばかり。行動しない

5、コミュニケーション力なし

6、間違えても、それを認めない

ほんとこんなのがいたら害悪にしかならないわ。

一応AIの肩を持ってやると、著作権の箇所だけはAIが「委託業務の成果にかかる著作権について、全て受託者に帰属すると規定されていませんか。全て委託者に帰属するとする必要はありませんか。」という典型的なコメント案を出してきたな。しかしこれだって、相変わらず他人事のような評論をしてるだけ。著作権をWeb制作事業者が留保することがいかに非常識であり、当社の害になっているかや、相手方が当社の代金不払いの可能性を懸念しているのであれば、著作権の移転時期を代金支払い時まで遅らせる…という譲歩案までは示されていないんだよね。

ということで、やっぱり、プラスはつけてもらえませんでした。


 イラスト作者: パケットファブリック・ジャパン技術部VP 吉川進滋


 

プロフィール

パケットファブリック・ジャパン株式会社
事業戦略部長 間庭 一宏

獨協大学外国語学部卒業後、ITインフラエンジニアとして多くの現場を渡り歩く。
2012年7月インターナップ・ジャパン株式会社入社。以後、ネットワークエン ジニアとして顧客のインターネット開通を手掛ける。
2021年より同法務担当となる。
パケットファブリック・ジャパン設立20周年ミュージック・ビデオ、『地獄の淵でRock Us Baby!』ではドラムを演奏。
2024年3月29日、パケットファブリック・ジャパン株式会社に社名を変更。


Webサイト:パケットファブリック・ジャパン株式会社

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