48歳法務奮闘記

第8回

転生 – 売却スキームはいかに

パケットファブリック・ジャパン株式会社  間庭 一宏

 

前回のコラムからだいぶ間が空いてしまったが、そしてその理由は本コラムに赤裸々に記されているのであるが、今年4月も半ばの或る日の夕刻、当社CEOが社員数人と連れ立って飲みに出て行ったと思ったらものの30分もしないうちにオフィスに舞い戻り、米国本社CFOのリサさんとTeams会議を始めた。終わるやいなや「間庭さん、当社売却先が決まったんだって。ユニタスっていうらしいよ。」と言い残し、残業中の私を残し、そそくさと皆が待つ近所のビア・バーに戻っていった…その翌朝のことである。さっそく当社の幹部連中が召集された。


「ええ?売却先が決まった?決定なんですか?」当然、皆寝耳に水であった。CEOが説明した。


「INAPのネットワーク事業をスピンアウトして、Unitas Global(UG)ってとこに売るんだって。我々も、そっちにいくんだってさ。まあ、ホームページと社長のフェイスブック見た感じは、とても良さそうな会社だね。」


CEOが、今回の売却それ自体は悪くないと考えているようなのに少し安心した。…ただ、一つ大きな懸念があるようで。CEOがかように続けた。


「ただ、なんかリサさんもよくわからないみたいなんだよね。『アセット・トランスファーでやるって買主が言ってるんだけどdoes it make sense? 』って言うんだよね。とてもmake senseしないと思うんだよねぇ…。アセット・トランスファーだから、新しく別会社作って、そこに当社の財産を移すってことでしょう?そんなことしても、話が複雑になるだけでいいことないと思うんだよなあ。」


「つまり、法人格が今と変わっちゃうということですか?」といっぱしの法務担当らしく私は聞いた。CEOがこれに答えて曰く。「まあ、そうなんだろうね。間庭さん、そうするとどういうデメリットがある?」


質問が自分に返ってきてしまったが、私は最近、ある契約について契約上の地位の譲渡を行ったことが頭の片隅にあったのでこう答えた。「今あるもろもろの契約書の甲乙の片方が変わるんだから、お客さんとの契約は全部、新しい会社へ契約上の地位を承継しないといけないですよね。お客さんだけじゃない、仕入れ先もだ。いやいや、ここのオフィスの賃貸借契約もじゃないかしら」


このたび親会社が変わり、当社の法人格も変わりました。つきましては今の契約を結び直してください、と頼んで、はいそうですかと再締結してくれるとは限らない。契約再締結を断られるか、よし再締結できても値下げ要求されるかもしれない。CEOが続けた。「そうねえ。まあ、営業譲渡ってことだから。債権者に通知ってことになるかもしれないけどねえ。それ以外にも、営業譲渡だって財産目録作ったり、価値評価したり、株主総会とかの機関行為も複雑で大変そうだよね。健保とか年金とか電気通信事業者としての地位だってどうなるのか。馬鹿げてると思うんだよなあ。会社ごと買ってもらえば、そんな心配何もないのに」


すると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた幹部連達の想像力にも火が付いた。我々の雇用だってどうなるだ。JPNIC、JPRSへの登録はどうなるのか。うちに割り振りを受けたIPアドレスが譲渡できなかったら商売できないぞ、云々。会議は紛糾し、結論が出そうにない時の当社の常で、CEOが締めくくった。


「まあ、リサさんも、今回の良いところはクロージングまでゆっくり時間があることだって言ってたから、まずは様子を見ようか。ゴールデンウィークが終わった頃からぼちぼち戦闘開始、って感じじゃない?…そもそも、親会社の営業譲渡契約だって、どうするんだろうね。資産価値算定しないと価格も決められないし。クロージングまでこの先半年とか1年かかるのが普通だけどね」




これがアセット・トランスファーではなく、もう一つのスキーム、株式譲渡だとだいぶ話が明るくなる。株式譲渡であれば法人格は変わらず、支配権が変わるだけなので、つまり契約主体が変わらないので、契約の結び直しも発生しない。ただし株式譲渡にも懸念がないわけではない。既存の契約にChange of control条項、 COC条項などとも言うが、これが潜んでいると厄介である。Change of control条項は、支配権に変更が生じた時は一方的に契約を解除できる、といった条項である。Change of control条項さえ無ければ、日本法人だけは株式譲渡で進めるのが安全である。


そして、私は法務担当として最後に皆に念を押すことを忘れなかった。「本件は、重大機密事項だから、絶対にこの部屋から外には出せませんよね?」すると、CEOから何とも拍子抜けな答えが返ってきた。「まあ、リサさんも情報管理に気を付けてね、なんて言ってたけど、そんなこと言ったって情報共有しないと課題に対処もできないしさ。僕一人じゃ何もできないんだから。とにかく社外、特にお客さんとベンダーには漏れないように。でも、社内ではどうせ皆我々の言動が怪しいと思ってるだろうから、聞かれたら言っちゃっていいよ。その方が憶測も出ないし、かえって外には漏れないでしょう。変に隠そうとするから漏れるんだよね。」げにげに、達観である。


程なくして私のOutlook予定表に大人数の予定がぶち込まれた。Japan Introductionとある。私が密かに予定していた「法務コラム執筆」の予定枠は、その重々しさの前にひとたまりもなく押しやられた。参加者の面々を見ると、新しい親会社となるUnitas GlobalのCEOの名が見えた。その他に、聞いたことのないDigital Alpha(DA)とPacketFabric(PF)という会社。更に、世界的に有名な会計ファーム系のコンサルティング会社からも参加者が多数見られた。何やら大変な会議のようではある。


当社からはCEO、事業戦略担当の中村VPと私の3名でこれを迎えることとした。 なお、米国INAP社のリサさんも「私も出たほうがいいわよね」と出席してくれたが、「今日は顔合わせなんだから、例のディール・スキームの話はなしね。」と強く釘を刺された。


CEOは、「まずここで、我々の存在感を見せつけなければいけない」とかなり綿密にストーリーを練った当社紹介資料を、我々に用意させた。もちろん、中でも自分で作詞作曲した当社の社歌「地獄の淵でRock Us Baby!」のミュージック・ビデオが中核コンテンツであるのは言うを待たない。


そんな重鎮が居並ぶオンライン大宴会のような国際会議は、当社CEOのここぞとばかり用意していたジョークの壮絶な横滑りで幕を開けた。それは文字通り、好調な滑り出しであった。中でも最も多く質問を発したのはDAの面々だった。どうやらDAは最近UGを買収した投資ファンドのようである。嬉しいことにミュージック・ビデオもご覧いただいたとのことであった。当社のビジネス内容や売上につき、数字を中心に詳細を聞かれると思いきや、そこは既に資料を見てご存じのようで、どうやら一番の関心は当社CEOの人格と、そしてコミュニケーション能力のようだった。本人もそれは十分に分かっているのであろう。磊落な風でありながら、質問の返しが速い。言葉の一つ一つに魂が宿っていないものは無く、本件に対する闘志と熱意とが漲っていた。


リサさんはと言うと、その様子をハラハラしながら見守ってくれているようだった。UGのCEOの質問の大半を占めたのは、当社のカスタマーサポートについてであった。これは非常に重要である。なぜならUGは、疑いもなく顧客対応を重視する企業文化であることの表れであり、つまりは当社と同じ価値観を有しているということであるからである。その後も最後まで友好的な雰囲気で、明るい我々の未来を予感させる、とても実のある会議となった。 なお、最後にPFの社長という人が質問を促されたが「聞きたいことは山ほどあるが、今日はしない。」と遠慮していた。どうやら、この会社も最近DAに買収されたようで、今後言わば我々の親戚会社になるようであった。


もろ手をぶんぶん振って皆さんとお別れすると、そのままリサさんが残った。開口一番「ねえ、なんでPFがいるの?関係ないわよね。」と何やら不満気であった。CEOが答えて曰く「でもあの人、IT業界では有名な人みたいですね。」

リサさんは「そうなの?まあ、あなたがいいならいいけど。」とまだ不満げであった。続いてお仕事の話が始まった。「DAはアセット・トランスファーで問題ない、って言うの。いつもそうやってるって。」


来た!売却スキームは、我々日本法人の死生を決する要である。CEOがすかさず打ち返した。


CEO:だめですよ。そんなことする理由は何もないです。


リサ:何が問題なの?


CEO:アセット・トランスファーじゃ財産目録は作らなきゃいけないし、その価値の算定だって大変。債権者の同意だって必要。それに法人格が変わっちゃうから、今のお客さんやベンダーやオフィスの大家さんとの契約だって、みんな契約上の地位の譲渡になっちゃって再契約の手続きも大変だけど、そもそも合意してくれるかどうか。


果たしてリサさんに、アセット・トランスファーのリスクについてご理解いただけたであろうか。我々はリサさんの反応を待った。


リサ:ふーん。そうなのかしら…そうそう(Oh by the way)!この契約、4月30日までにDeal closeするから!


えっ!あと8日でDeal closeする?何を?きっとSign the contractのことですよね。Deal closeはもっと後では…最後の一言で我々を煙に巻くと、リサはもうTeamsから退出して消えていた。忍者の様である。


しかし、リサにアセット・トランスファーのリスクをインプットできたのは良かった。何故なら、その後このインプットが功を奏し、にわかに米国INAP社内でも日本法人の売却スキームについて議論が湧き起こったからである。リサさんからゼネラル・カウンセル(法務担当役員)のリッチさんへ相談が行き、リッチさんから顧問のM弁護士事務所に相談が行き、ところがコンフリクトがあるからマンデーとが受けられぬと断られ(最近になって分かったことだが、それもその筈このM弁護士事務所は新しい親会社UGの顧問でもあったのである)、CEOのインプットはピンポンゲームのボールのように社内外のあちこちを跳ね返って、結局CEOに戻って来た。


リサ:誰か、英語ができる日本の弁護士いないかしら…。M弁護士事務所が今回は使えないのよ。


忍者も困った様子である。


CEO:友達にいい人がいるけど。ACCJ(米国商工会議所)で仲良くしてるんですよ。


リサ:あら!聞いてみてくれる?


そんな経緯から、CEOのお友達のR弁護士先生にメールが飛ぶこととなった。R先生は快く承諾してくれて、すぐにリサさん、リッチ、R先生とCEOで電話会議となった。


R先生:丁度、奥野さん(CEOのことである)どうしてるかなと思って連絡しようと思ってたんだよね。


リサ:アセット・トランスファーと株式譲渡(シェア・トランスファー)だと、そんなに違うの?


R先生:アセット・トランスファーは、とても一月ではできない。手続きが非常に大変だし、既存の契約をすべて引き継げるのかリスクもある。これに比べ株式譲渡なら、すぐできる。株式譲渡のリスクとしては、Change of control条項くらいだ。既存の契約にChange of controlが入っていて、契約が一方的に解除できるようになっていないか。確認はこれくらいしかない。


リサ:Wow、これは最もふさわしい人に出会ったわ!


CEO:だから、そう言ったでしょう(アセット・トランスファーは無理だってことも含めて…)?


程なくして、リサから連絡が来た。CEOが開口一番「結局売却スキームはどうなったんですか?」と聞くと、あっけらかんと「株式譲渡よ。」とのこと。いやはや、一安心である。猛獣を宥めすかすが如きである。さて売却スキームの方向性が株式譲渡と決まったら、株式譲渡に潜在するリスクがないか、Due Diligenceがしたい。親会社の親会社であるDigital Alpha の弁護士と話してくれろ、とのことであった。と同時に、Japan Due Diligenceというタイトルの予定が、我々のOutlook予定表にぶち込まれた。R先生の所属する虎ノ門のG弁護士事務所と、親会社の親会社であるDAのN法律事務所との三者会議であった。リサさんは「日本でやっておいて。」と丸投げ状態であった。私の法務コラム執筆の予定は、またしても無慈悲に弾き飛ばされた。


ところでCEOに、N法律事務所を知っているかと尋ねると「あー、往年のジャイアンツみたいなとこね。日本でも有数の大弁護士事務所だよ。」とのことである。私はにわかに緊張した。とても怖い弁護士先生達を想像し、身構えたのである。


この時点で、我々のみならず、G弁護士事務所とN弁護士事務所のゴールデンウィークが、米国本社の無茶ぶりにより無慈悲に潰されることになろうとは、誰が想像したろう?整地ローラーが、無慈悲に等しく大地を均していくように…。





まだまだ売却をめぐる騒動は続きます。次回をお楽しみに!


イラスト作者: INAP Japan 技術部VP 吉川進滋

 

プロフィール

パケットファブリック・ジャパン株式会社
事業戦略部長 間庭 一宏

獨協大学外国語学部卒業後、ITインフラエンジニアとして多くの現場を渡り歩く。
2012年7月インターナップ・ジャパン株式会社入社。以後、ネットワークエン ジニアとして顧客のインターネット開通を手掛ける。
2021年より同法務担当となる。
パケットファブリック・ジャパン設立20周年ミュージック・ビデオ、『地獄の淵でRock Us Baby!』ではドラムを演奏。
2024年3月29日、パケットファブリック・ジャパン株式会社に社名を変更。


Webサイト:パケットファブリック・ジャパン株式会社

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