「君に勧められてドラッカーの『マネジメント』を読んでいるところだ。」
「頑張っておられるのですね。」
「でもやっぱり、無駄じゃないかと思うようになった。」
「どうしてですか?
「ドラッカーは、企業の目的は顧客の創造にあると言っている。つまりドラッカーは、大企業にばかり目を向けていたのではないか?」
「それはどういう意味ですか?」
「顧客の創造とは、イノベーションして行うものだろう。しかしそれは、大企業のものだ。中小企業には無理とは言わないが、できた例はほとんどないだろう。だからドラッカーは大企業だけを見ていたと言うんだよ。」
「確かにドラッカーは、顧客の創造を行う方法の一つとしてイノベーションを挙げていますね。でもドラッカーが挙げているのは、イノベーションだけではありません。マーケティングも挙げています。」
「ほう、マーケティングで顧客創造ができるだと。ドラッカーはマーケティングを知らなかったに違いない。」
「どうして、そう仰るのですか?」
「顧客というものは、顕在的にか潜在的にかは別にすれば、もともと存在しているものだからだ。それを掘り出していくのがマーケティングではないか。創造するようなものではない。」
「マーケティングとは顕在顧客そして潜在顧客を掘り起こしていくことだとのご指摘、すばらしいと思います。一方で、ドラッカーの指摘のポイントも、ここに潜んでいると思います。」
「どういう意味だ?」
「そもそもマーケティングとはどういう意味でしょうか?」
「それはもちろん、我が社の製品を提供しようとするとき、それが競合製品よりも優れていると訴えて、我が社の製品を買ってもらうことだ。」
「そうでしょうか?」
「異なことを言うな、俺の理解が間違っているとでも言いたいのか?」
「競合製品よりも優れていると訴えてと仰いましたが、今、我が社の製品と競合他社の製品とにほとんど違いがない場合に、何をしますか?」
「広告や宣伝をバンバン出すのだろうな。」
「そうじゃないかと思いました。ちなみにそうすることを、ドラッカーは『販売』と言っています。
「販売、イコール、マーケティングではないのか?」
「ドラッカーは違っていると考えていたようです。『マーケティングは販売を不要にする』と言っています。」
「販売を不要にするなんて、そんなことあり得ないじゃないか。売るという活動そのものを放棄したら、事業活動は成り立たない。」
「ドラッカーは、広告や宣伝をバンバン打って買ってもらうことを販売と言っていたようです。でも、顧客が求めているモノを自社しか提供していなければ、そんなことをしなくても売れるはずですよね。なぜ、広告や宣伝が必要なのでしょう?」
「自社しか顧客が求めているモノを提供していないという状況が、滅多にないからだ。だから競争になるんだよ。」
「でも、同じ労力を使うのなら、顧客が欲しがっているのに存在しないモノ、若しくは欲しがるはずのモノを見つけて提供した方が良くはないですか?」
「それは理想論だよ。そうなれば良いなとは思うが、実際には、そんなモノを作るのは難しい。それよりも競争で勝つことを考えた方が楽だから、みんなそうするんだ。」
「確かに、それが実態なのかもしれませんね。でも、同じ労力を使うのなら、顧客が欲しがっているのに、若しくは欲しがるはずのものを見つけた方が良くはないですか?そうすれば販売は不要になります。」
「だから言っただろう。それは理想論だ。」
「ドラッカーは、その理想を目指すように言っています。それが、マーケティングなんです。」
「え、そうなのか?」
「しかし、なぜそんな理想論にこだわる必要があるのだろう?実態は競争社会なのに。」
「それはドラッカーが社会生態学者であることに影響されているのかもしれませんね。」
「どういうことだ?」
「では、少し高い視点で物ごとを考えてみてください。あなたは今、日本全体が見える立場にいるとします。みんな頑張って働いていますが、今一つ生活が楽になりません。どうしますか?」
「もっと働けと言うんだろうな。」
「その声を聞いて、みんな、競争すること、つまり競争相手から顧客を奪うことばかりを考えたとします。それでみんなの生活は楽になると思いますか?」
「楽にはならないだろうな。競争というのはゼロサムだからだ。ある人が儲ければ、ある人の儲けは必ず減る。」
「それって、エネルギーを無駄に捨てていることになりませんか?」
「そうだな。『もっと違うことを考えろ』と、言いたくなる。」
「具体的に言うと?」
「今までなかった、しかしユーザーがきっと喜ぶ、それから便益を受けられるような製品やサービスを開発して提供しろと言いたくなるな。」
「そうですね。そうすれば付加価値は増えると思います。つまり、社会の富がその分、増える訳です。」
「そうか、ドラッカーは、それを目指していたのか。」
「そうです。それを実現する方法が、マーケティングなんですよ。」
「このように考えると、ドラッカーがマーケティングでも「顧客創造」できると考えた理由が分かるような気がしませんか?」
「確かに。実現すれば顧客が喜ぶことや、顧客が未だに知らない要望などをマーケティングで察知し、それを実現する訳だな。」
「そうなんです。そういうモノやサービスは、イノベーションするほどではなくても、たくさんありそうですね。」
「確かにそうだな。既存の製品について、新しい使い方を提案するだけで爆発的にヒットすることもある。」
「それはまさに、素晴らしいマーケティングの例ですね。」
「そう言うことは、大企業よりも中小企業の方が得意かも知れないな。ドラッカーが中小企業をないがしろにしたわけではないことが、分かったよ。」