ドラッカーから学ぶ

第6回

イノベーションのアプローチ

StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ  落藤 伸夫

 
「ドラッカーが言うイノベーションについて、聞いても良いだろうか?」

「もちろん、お聞きください。」

「先週、私は『イノベーションは大企業のもので、中小企業のものではない』と言った。中小企業にはイノベーションなどできないと言いながら、実際は、私にも何か、イノベーションがしたいとの想いを持ってのことだ。」

「そうではないかと感じていました。」

「でも、イノベーションに関するいろいろな本を読んでみると、イノベーションには壮大なビジョンと、潤沢な施設や人材と、莫大なリスクを支え得る膨大な資金が必要と書いてある。それを読んで、中小企業には無理だと思ったのだ。」

「確かに、そういう趣旨の書物が多いですね。」

「しかし『マネジメント』を読んでみると、拍子抜けしてしまうんだ。ドラッカーは、とてもコンパクトな文章でそれを表現している。」

「確かに。」

「ドラッカーが『マネジメント』でイノベーションについて書いたのは、随分と前のことだから、そのせいで研究が足りないのかと思ったのだが、そうではないようだな。」

「仰る通りです。『マネジメント』は1973年に出版された本で、今から見ると一世代かそれ以上前に書かれたということになります。でもドラッカーは、20世紀初頭から続くモータリゼーションや重工業化など、今と比べても遜色ないというか、時代のインパクトからすると今よりも大きいようなイノベーションを肌で感じてきた人です。考慮がたりないということはありません。」

「にもかかわらずだ、ドラッカーが説明するイノベーションには、清水の舞台から飛び降りるような、時には決死の決意が必要だとのニュアンスはなさそうだ。これはどう、捉えたら良いのだろうか?」

「確かにそうです。ドラッカーは、全ての企業がイノベーションを目指すように勧めています。」

「まさにそこが分からないんだ。なぜドラッカーは、中小企業には似つかわしくないようなビジョン、施設や人材、資金などがかかるイノベーションを、中小企業にも目指すように言っているのだろうか?」

「それは、ドラッカーが考えているイノベーションは、今の多くの論者が言うイノベーションよりも広い概念だからでしょうね。」

「広い概念だと、訳が分からない。」

「アプローチが違うとでも申しましょうか。」

「ますます分からない。説明してくれ。」


「イノベーションには、何が必要なのでしょうか?何が出発点になると思いますか?」

「創造性じゃないのか?独創性とも言えるかもしれない。」

「それは、理屈よりも感性みたいなものを意識してのお話ですか?」

「そうだ。」

「確かに、天才的なひらめきとしか言いようのない感性から、素晴らしくイノベーティブなソリューションが生まれてきていますね。しかしドラッカーは、創造性もしくは独創性以外からも、イノベーションが生まれると思っていなかったようです。」

「そんな?!創造性や独創性以外の、何がイノベーションの原動力となるというのだ?」


「ドラッカーは『イノベーションとは、顧客にとっての価値の創造である』と言っています。この言葉は、イノベーションは、生産者側の思考から生まれるというよりも、顧客側が求めているものの実現という形で生み出されるものだとの主張のように聞こえます。」

「そう言われてみると、そうだな。しかし、そのように考えたからといって、特段にメリットがあるのか?」

「大きなメリットがあると思います。イノベーションを生み出すために、独創性のある思考の持ち主を探したり、そのような思考ができるように特別な学校に通うという以外のアプローチが可能になるわけです。」

「意味がよくわからないな。」


「では、見方を変えてみましょう。顧客にとって価値があることとは、何ですか?」

「不満を持ちながら満たされていなことが、満たされることだろう。」

「確かに、そうですね。では、人はどういうメカニズムで、不満を持つようになるのでしょうか?」

「今まであまり考えたことはなかったが。あえて言うとすれば、比較した時かな。他人には可能なことが自分にはできないと、人は不満に思う。」

「そうですね。人は、かなり負担になるようなことでも、生まれた時から繰り返してやってきた場合には、不満を持つことはほとんどありません。それをやらずに済んでいる人を見ると、やらなければならない自分の状況について不満を持つのです。」

「確かに。」

「ある面倒をやらずに済ませている人がいる一方で、多くの人は我慢しながら行わざるを得ない状況は、なぜ、起きているのでしょうか?」

「多くの場合、そのソリューションが高くつくからだろうな。」

「そうです。なのでそのソリューションを安価に提供できると、顧客は飛びつきます。フォードによるT型フォードの開発は、まさにこの側面でのイノベーションでした。」

「なるほど。」


「比較が不満を生むというメカニズムを知っていると、新たなイノベーションの着眼点が得られると思いませんか?今までは比較されたことがないものを比較することで、人々の潜在的な不満を予想することができます。それに対応すると、イノベーションになる訳です。」

「何なんだ?私は思い付かないけれど。」

「このアプローチで爆発的に広まったイノベーションとして、私は、『リモコン』が挙げられるのではないかと思います。私が子供の頃は、テレビにしろエアコンにしろ、電気製品は本体まで歩いて行き、そこにあるボタンを操作して動かすのが当たり前でした。すでに当時、リモコンは存在していましたが、危険な作業を行う機械や、遠隔操作の玩具など、限られた用途にしか使われていませんでした。」

「確かに。」

「リモコン付カラーテレビを開発した人は、どうしてそれを思いついたのでしょうか?その製品が生まれる直前には、誰もリモコン付カラーテレビなどというものは思い付いていませんでしたから、顕在化した不満というものはなかったと思います。」

「たしかに。でも、そこにテレビがあり、別のところにリモコンがあるのを見て、組み合わせると便利だと思ったのだろうな。」

「他の分野で満たされている価値とテレビの現状を比較することにより、潜在的な不満に気がついたと言えないでしょうか?」

「その通りだな。それであっという間に、テレビにはリモコンが付属するのが普通になった。」

「その後は他の電気製品にも波及し、エアコンをはじめとしてありとあらゆる電気製品にリモコンが付属するのが当たり前になりましたね。」


「以上から、どんな教訓が得られるでしょうか?」

「イノベーションを産むために、生産者が創造力・独創性でもって革新的な商品やサービスを提供するという以外のアプローチも存在するということか。」

「そうなんです。歴史的にみると、それまで入手が困難だった製品やサービスを、コストカットして多くの人びとの手に届くものとすることは、非常に大きなイノベーションです。」

「コストカットなど、イノベーションとは思わない人も多いだろうがね。」

「でも、T型フォードがイノベーションだということを否定する人も、いないでしょう。」

「確かにそうだ。」


「そして、今まで比較の対象ではなかったものを比較させて潜在的な要望を顕在化し、そのソリューションを提示するというアプローチもあります。」

「リモコンが、そうだったな。そういう意味では、非接触型のプリペイドカード、スイカの用途を広げていくことも、イノベーションと言えそうだ。」

「まさにそうです。スイカの用途を広げていくことに必要な創造性や独創性は、スイカそのものの開発に必要とされた創造性や独創性と比べると、そう大きなものではなかったかもしれません。しかしスイカがこれほどまでに普及し、人々の生活を変えるほどの影響力を持つようになったのは、そういうイノベーションを起こした人たちのおかげと言えそうです。」

「確かにそうだな。スイカを家の鍵に使うなんてことは奇想天外ではあるけれど、大企業でなければ使えない技術が必要だった訳ではない。関係ないものを結びつけ、それが潜在的な不満の解消となることに気付く発想力であった訳だ。」

「そうなんです。そう思うと、ドラッカーが、イノベーションは全ての企業のものだと考えた理由が、分かるような気がしませんか。」

「確かにわかる。ドラッカーは、そのようなイノベーションにも目を向けるよう、我われ中小企業にも勧めていた訳か。」

 

プロフィール

StrateCutions
代表 落藤伸夫

ドラッカー学会会員
中小企業診断士を目指していた平成9年にドラッカーに出会って以来、ドラッカーの著書をいつも座右の銘にしてきました。MBAを取得し、コンサルタントとして活動するにあたっても、企業人が考え行動する基本はドラッカーにあると感じています。ドラッカーの教えは、時には哲学的に思えることがありますが、企業が永らく繁榮するとともに、社会にある人々が幸福になることを目指していると思います。StrateCutionsで行うマネジメント支援が何を目指しているかを、ドラッカーの言葉を学びながら、お知り頂ければと考えています。


<著書>
『ドラッカー「マネジメント」のメッセージを読みとる』


Webサイト:StrateCutions

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