第1回
世界にはばたく日本の地場産業
――会津漆器・『BITOWA』(ビトワ)プロジェクトの挑戦
はじめに
「メイド・イン・ジャパン」の復権をテーマに取材を続けている。これまで約5年間にわたり全国20数カ所の「ものづくりの街」を訪れ、企業経営者や自治体担当者、ものづくり現場の話に耳を傾けてきた。
本連載では、各地域におけるものづくり振興の取り組みや市場ニーズを捉えた「売れるものづくり」構築の試み、日本製品の高い品質を下支えしている技能および人づくりなどについて、現場の取り組みをリポートしていく。
第1回目は「世界にはばたく日本の地場産業」と題し、会津漆器の産地ブランド『BITOWA』の海外展開の事例を紹介する。
会津漆器の伝統
『BITOWA』のテーマは美と「和」の融合。漆器には従来使われなかった斬新なカラーリングなどにも挑戦
「生活雑器としての漆器」を中心に、400年以上の伝統を誇る会津漆器。お椀や重箱、菓子鉢、盆などの暮らしに密着した日用品を主力に、会津漆器は全国にその名を高めてきた。
木地作りから塗り、加飾(上塗りを終えた漆器に漆絵、蒔絵、沈金などで絵柄や模様を描く)に到るまで、地域を挙げての分業体制が確立している。
油を加えて光沢を持たせた漆で上塗りを行う「花塗り」が、会津漆器の技法的な特徴の1つ。上塗り後に研磨作業を行わないため、刷毛の跡やムラを残さずに塗り上げる、高度な技術が要求されるという。
産地の生き残りをかけたプロジェクト
バブル経済の崩壊以降、国内消費の低迷が続き、会津漆器も苦難の時代を迎えた。
「かつて、モノさえあれば売れるという時代もありましたが、バブル崩壊をきっかけに、消費地の問屋さんなどの要望に応えるだけでなく、産地みずからが考えたものづくりを行う必要に迫られました」と、会津漆器協同組合副理事長を務める(有)遠藤正商店の遠藤典宏(のりひろ)社長は話す。
会津漆器協同組合では、2003年から04年まで、若手を中心に、産地みずから製販一体のものづくりを進める試みである「プロダクトデザイン開発事業」に着手。05年に、中小企業庁が実施している「JAPANブランド育成支援事業」助成金に申請を行い、同年6月に『BITOWA FROM AIZU』が同事業に採択された。
同プロジェクトのリーダーを務める遠藤氏によれば、『BITOWA』の名称には「美とは?」という問いかけと、「美と和」というコンセプトが含まれている。日本のアイデンティティである「和」と美の融合を、漆器で表現していこうという狙いがあるという。
『BITOWA』ブランド構築の方針は、①一般消費者にわかりやすいものづくりを行うこと、②テーブルウェアの世界市場で競合する可能性の高い中国製品との差別化を図るため、インテリア分野にチャレンジすること。
パリで開催されている国際インテリアトレードショーの「メゾン・エ・オブジェ」に、06年から毎年出展を行っている。デザイン性やカラーリング、ものづくり技術について、世界各地から訪れたバイヤーからの評価が高く、『BITOWA』製品がホテル備品に採用されるなどの成果も上げた。最近では、パーソナルギフトとしての利用が増えているという。
モノと文化の融合に活路
「2人で楽しむお茶の時間」をイメージした2人用の茶箱、『Chabako』とティーセット
今年2月には、ドイツ・フランクフルト市で開催された国際消費財専門見本市「アンビエンテ」にも、『chabako』(2人用の茶箱、写真参照)や『ティーセット』などを中心に出展。ドイツでは、富裕層を中心に日本の「茶の湯」文化への関心が高いこともあり、人気は上々。同見本市を終えたあと、ミュンヘン市内のショップで、3日間にわたりイベントも実施したという。BtoC展開の可能性も模索しつつ、市内在住の日本人パティシエが作った茶菓子と日本茶をふるまった。
今後の課題は、現地代理店ネットワークの拡充にある。遠藤氏は、「(海外のバイヤーやユーザーに)商品だけで納得してもらうことは難しい。日本の文化や世界観を含めて価値を理解してもらう努力が必要だ。『BITOWA』を成功させて新たなマーケットを築き、産地としての生き残りを図りたい」と語る。
ものづくりの継承・発展は、技術や技能を磨くだけで、必ずしも達成されるものではない。不断のチャレンジを通じた市場創造が不可欠であるということが、「BITOWA」の取り組みを通じてみえてくる。
プロフィール
ジャーナリスト 加賀谷貢樹
1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/
- 第17回 ものづくり漫画のパイオニア「ナッちゃん」が復活――日本の製造業へのメッセージ【後編】
- 第16回 ものづくり漫画のパイオニア「ナッちゃん」が復活――日本の製造業へのメッセージ【中編】
- 第15回 ものづくり漫画のパイオニア「ナッちゃん」が復活――日本の製造業へのメッセージ【前編】
- 第14回 千葉の鍛冶文化を次世代に残す――「千葉県打刃物連絡会」の挑戦
- 第13回 ロボット競技で人財育成――「ロボコン in あいづ2013」
- 第12回 つながれ、コトをつくれ!――進化する「全日本製造業コマ大戦」
- 第11回 「コマ大戦」から広がる中小ものづくり企業のネットワーク
- 第10回 すべては「家族の笑顔を創る」ために--震災を乗り越えたクリナップのものづくり
- 第9回 「総火造り」の伝統を守る若い力--「関東牛刀」の製作現場を訪ねて
- 第8回 史上空前の円高・不景気を生き抜く――製造業の「海外シフト」から見えてくるもの
- 第7回 自社技術を活かして新市場を拓け―中小企業の夢に向かって
- 第6回 地域のものづくり力を総結集―「共同受注」の試みが目指すもの
- 第5回 岐路に立つものづくり振興・支援事業―中小企業の「ものづくり力」活性化の起爆剤となるか
- 第4回 良くも悪くも、東日本大震災は大きな転機―それでも日本のものづくりは立ち上がる
- 第3回 「売れるものづくり」をどう実現するのか―「横浜売れるモノづくり研究会」の取り組み
- 第2回 「作るだけの産地」から「作って売る産地」への転換―「鯖江のめがね」をメジャーブランドに!
- 第1回 世界にはばたく日本の地場産業 ――会津漆器・『BITOWA』(ビトワ)プロジェクトの挑戦