第11回
「コマ大戦」から広がる中小ものづくり企業のネットワーク
「全日本製造業コマ大戦 茨城場所」の参加チームが製作したコマのサンプル
3月23日、茨城県日立市にある国民宿舎「鵜の岬」カントリープラザに、日本のものづくりを支える中小製造業の有志たちが集い、喧嘩コマが繰り広げるバトルに歓声を上げた。
茨城県県北地域の若手経営者や後継者の勉強会である「ひたち立志塾」が開催した「ひたちより元気を発信! ~中小企業SNS活用シンポジウム~」懇親会の特別イベントとして行われた、「全日本製造業コマ大戦 茨城場所」である。
「全日本製造業コマ大戦」は、神奈川県を中心とする中小ものづくり企業10社からなる「心技隊」(隊長:ミナロ代表取締役・緑川賢司氏)が主催しているイベント。心技隊は「技は心と共にあり」を掛け声に、「お金より先に心で繋がること」を理念に掲げ、中層製造業のネットワーク構築を目指している。
同日に行われた「コマ大戦茨城場所」は、2012年2月2日にパシフィコヨコハマ展示ホールで開催され、大盛況に終わった第1回「全日本製造業コマ大戦」の初の地方巡業。
精密加工で作られた直径20ミリ(φ20mm)のコマを指で回し、φ250mm、凹R700mmのケミカルウッド製の土俵の外に出るか、先に止まってしまったら負け。先に2連勝すれば勝ちで、勝者は敗者のコマを戦利品として獲得できる。コマの製造方法に関するレギュレーションは直径20ミリ(φ20mm)というだけで、材質、重量、形状にとくに制限はない。
第1回「全日本製造業コマ大戦」の優勝者である由紀精密(神奈川県茅ヶ崎市)のコマは、同社ツイッターの公式解説によれば、比重と切削性と価格のバランスが良い銅タングステン合金製で、コマの足先に「テフロン芯を圧入してから外形と同時加工」して摩擦抵抗を低減したという。
対戦前の検査でコマの直径を測る測定ゲージの精度が3マイクロメートル(3/1000mm)であることをみてもわかるように、φ20mmの喧嘩コマを作ることはかなりハードルが高い。安定した回転を得るために、各参加者はコマの形状や構造はもちろん、真円度(製作物の形状が、いかに理論上の真円に近いかを表す指標)にもこだわっている。そもそも「コマがなぜ倒れないのか」ということ自体が、非常に奥深いことなのである。
φ20mmのコマが繰り広げるバトルに歓声を上げる来場者たち
同シンポジウムの実行委員長である光和精機製作所(茨城県日立市)・代表取締役の佐藤貴之氏とともに、今回の茨城場所の開催に尽力したエムテック(茨城県ひたちなか市)専務取締役の松木徹氏は、「残念なことに、第1回『全日本製造業コマ大戦』には、インドで開催されたJETRO主催の集団商談会で参加できませんでした。そこで、日立地区もものづくりの街であることから、われわれが主催する今回のシンポジウムに合わせて『茨城場所』をやろうという気運が高まり、開催にこぎつけることができました。心技隊の皆さんには本当に感謝しています」と語る。
「当社も『丸物のエムテック』といわれているので、非常に燃えています。φ20mmのコマは、当社にとってはベストサイズですね」と松木氏。
昨年3月に起きた東日本大震災では、日立市も地震・津波で大きな被害を受けた。それゆえ「このイベントを、日立地区が元気になったということをアピールする場にしたかったのです」と、前出の佐藤実行委員長は思いを語る。
同日午後6:30から、茨城県予選を通過したミクロテック茨城工場(茨城県石岡市)、大塚製作所(茨城県水戸市)を含む合計10チームによる本戦が行われた(表参照)。会場に詰めかけた約160人の来場者たちは、φ20mmのコマが繰り広げるバトルに魅了された。
左から、チーム義貞とSWCNによる決勝戦の模様。SWCNが死闘を制した
各チームともに研究を重ねて開発・製造したコマが勢揃いしているだけに、接戦続きの名勝負がいくつも展開された。互いに激しくぶつかり合いながらも回転力を失わず、長く回り続け、どちらのコマが先に止まったのかよくわからない微妙なバトルも。行司を務めたモールドテック(神奈川県藤沢市)代表取締役・落合孝明氏の名采配が光っていた。
1回戦、2回戦、準決勝を勝ち抜いたSWCN(長野県)とチーム義貞2号(群馬県)が決勝にコマを進め、死闘を繰り広げた。
優勝の栄冠を手にしたのはSWCN。コマを回す「シューター」のスワニー(長野県伊那市)代表取締役・橋爪良博氏は、右腕に「コマ養成ギプス」を装着し、チーム義貞を圧倒。次いで、第1回「全日本製造業コマ大戦」の優勝者である由紀精密製のコマとの頂上決戦も制するという快挙を成し遂げた。
茨城場所で優勝したSWCNと、第1回「全日本製造業コマ大戦」の優勝者である由紀精密製のコマとの対戦。お互いに激しくぶつかり合いながらも、なかなか回転力を失わない名勝負が繰り広げられた
SWCNには、「コマ大戦茨城場所」の大会委員長を務めた心技隊隊長のミナロ代表取締役・緑川賢司氏から表彰状が授与されたほか、副賞として、いばらき大使のタレント・磯山さやかさん直筆のサイン色紙が贈られた。
SWCNのシューター、橋爪氏は表彰式で「10数人のメンバーで会議を繰り返し、少しずつ形状を変えながら改良を重ねてきました。みんなの思いがこもったコマです。今年夏に地元でイベントを行いますが、そこでぜひ長野場所を開いていただきたい。このコマに勝てるものが出てくればですが」と抱負を述べ、会場からの拍手喝采を浴びた。
表彰式の模様。左から、大会委員長のミナロ代表取締役・緑川賢司氏、行司を務めたモールドテック代表取締役の落合孝明氏、優勝者チームであるSWCNの藤森匡康氏(プロノハーツ代表取締役)および橋爪良博氏(スワニー代表取締役)
製造業に携わる「イイオトナ」たちが、こだわりにこだわりを重ねて作られたφ20mmのコマが繰り広げるバトルに狂喜乱舞する姿――。そこに、「日本のものづくりを担う中小製造業のパワーと底力は、世界のどこにもけっして負けていない」という確信を抱かずにはいられない。「日本の製造業はきっと変われます」と緑川氏は述べている。
メディアの報道では、製造業を取り巻く逆風ばかりが強調されるが、日本のものづくりはまだまだ熱い。底知れぬバイタリティーを持っているのである。
今回の茨城場所に続く「全日本製造業コマ大戦」の第2回目の地方巡業として、信州場所が、7月28日に長野県伊那市で開催されることが決定された。
プロフィール
ジャーナリスト 加賀谷貢樹
1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/
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