第2回
「作るだけの産地」から「作って売る産地」への転換
――「鯖江のめがね」をメジャーブランドに!
国内シェア9割を誇る「めがねの街」
めがねのフレーム生産量で国内シェア約9割を占める福井県鯖江市は、デザイン・ブランド力に優れるイタリア、低コストでの大量生産を得意とする中国と並ぶ、「世界の三大めがね産地」の1つ。チタンや形状記憶合金などの加工技術に優れ、製品の品質の高さで世界をリードしている
同市のめがね産業の主力である金属フレームの製造工程は、切削加工、プレス、ろう付けを始め300にも及び、市内の就業人口の約6分の1が、めがね産業に従事している。同市のめがね産業は、2005年に産地誕生100周年を迎えた。
だが最近、鯖江市のめがね産業は苦しい状況に陥っている。1992年に製品出荷額が約1144億8000万円とピークに達したあと、06年には約644億7000万円まで減少。07年は約709億6000万円と若干回復はしているが、出荷額はピークの6割強にとどまっている。
めがね産地の「元気回復プロジェクト」が始動
人気アパレルブランドと共同開発したサングラス。アパレルブランドおよび産地”sabae”のロゴが記されたWネーム製品
「これまで、ものづくりにのみ特化してきたため、売ることが不得手だった」――。
こうした反省にもとづき、同市では、めがねの産地としてのマーケティング力、企画力、デザイン力、ブランド力の向上に着手。
その第一段として、03年より産地統一ブランド『THE291(ザ・フクイ)』を展開。同ブランドには20社以上の産地メーカーが参加し、
- 高品質かつ高級品であり独創性があること、
- 世界に通用する洗練されたデザインと機能美を備えていること、
- 世界に誇る新素材および加工技術が盛り込まれていること、
などの厳しい独自基準に基づく製品作りが行われている。『THE291』への参加を通じて、めがねの部品メーカー企業が完成品メーカーとして成功を収めた、という成果も上がっている。
加えて2008年7月には、「めがねのまち鯖江」元気再生事業が国の「地方の元気再生事業」に選定された。同事業では、若者のファッションに影響力を持つスタイリスト等のトレンド仕掛人と連携し、消費者志向のサングラスブランドを共同開発。そのブランドを、トレンド仕掛人の活動フィールドである各種メディアやイベントで発表し、販路開拓につなぐための手法の検証(オリジナルブランド構築実証実験)などを行っている。
最先端のファッションを意識したものづくりの試み
人気ファッション誌の編集長など、業界の第一線で活躍する有識者を審査員に迎えて行われた「sabaeサングラスデザインコンペティション」認定作品の一部
「めがねのまち鯖江」元気再生事業の目的は、「100年余年にわたり培われてきた技術に、流行のエッセンスを付加することで、産地および産地メーカーの活性化を実現」することにある。その具体的な方針として、
- OEM主体の体制からの脱却
- トレンドをキャッチアップし、トレンドを発信
- セレクトショップなどの新たな販路開拓
が目標に定められている。以下、各年度における同事業の取り組みと成果について、主なものを抜粋してまとめる。
【08年度】
◆20代女性の消費に大きな影響力を持つ人気アパレルブランド等と連携し、消費者志向のサングラスを共同開発
- 「アパレルブランド×sabae」 のWネーム製品とし、産地鯖江の浸透を図った(写真1参照)
- 国内最大級の規模を誇るファッションイベント「東京ガールズコレクション」(TGC'09春夏)で、2ブランド計3型の製品を発表と同時に発売。ブティックやWEB通販等の新たな流通開拓および販路開拓の手法も検証
◆鯖江市におけるめがね作りを消費者にアピールするためのBtoCサイト「sabae」、めがね製造で培った技術情報を広く発信し、異業種からの新規受注を目指すホームページ「鯖江工」を開設
◆アパレルブランドと地方との連携による商品開発という新奇性と、TGCが持つ情報発信力により、鯖江市の取り組みが、テレビ番組やファッション誌、週刊誌、新聞各紙などで取り上げられるなど、当初の予想を大きく超える産地PRを実現。広告効果は5000万円超
【09年度】
◆M1、M2層(20歳~49歳男性)向けの製品開発をテーマに「sabaeサングラスデザインコンペティション」を実施
- 人気ファッション誌の編集長等、業界の第一線で活躍中の人物を審査員として起用。審査員が考えるファッショントレンドなどのテーマに沿って、参加各社(産地メーカー)が試行錯誤しながら製品を開発
- 同コンペティションで選出された9作品に、産地「sabae」の認証を与えて商品化(写真2参照)
- 眼鏡国際見本市「IOFT」にブースを設けて作品を紹介したほか、男性ファッション誌「MEN'S EX」とのタイアップ記事掲載、および抜刷版を作成
◆大手タレント事務所の関連会社から提案を受け、タレント・モデルコラボレーション商品の開発に着手。協業相手先が、鯖江産アイウェアをテーマにしたECサイト「GLASSES CLUB」を運営。タレントみずからが製品のメイキング情報などを発信。人気ファッション誌の編集ページ等に、タレントとともに商品が掲載された
【10年度】
◆第2回「sabaeサングラスデザインコンペティション」を実施
- 眼鏡国際見本市「IOFT」での作品紹介ブースの開設、および男性ファッション誌とのタイアップは前年度通り(10年度は「MEN’S CLUB」誌と連携)。同誌WEB版(MEN'S CLUB ONLINE)でも「sabaeサングラスデザインコンペ」の事業内容が紹介された
こうした一連の事業を通じて、鯖江市が目指すものは、「『作るだけの産地』から『作って売る産地』」への転換」にある。同市がその1つの回答として、トレンドを知り、トレンドを創り出す存在であるエキスパートたちとの協業に取り組んだことは注目される。
もちろん、めがねという商品の特性に加え、国認定の事業という事情もあり、鯖江市の取り組みが、そのまま他業種にも適用できるとは限らない。だが、いかに市場にアクセスし、ユーザーに訴求する商品を作っていくかという意味で、鯖江市の取り組みは、日本各地の「ものづくりの街」の将来を占う画期的な試みともいえるのではないか。
プロフィール
ジャーナリスト 加賀谷貢樹
1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/
- 第17回 ものづくり漫画のパイオニア「ナッちゃん」が復活――日本の製造業へのメッセージ【後編】
- 第16回 ものづくり漫画のパイオニア「ナッちゃん」が復活――日本の製造業へのメッセージ【中編】
- 第15回 ものづくり漫画のパイオニア「ナッちゃん」が復活――日本の製造業へのメッセージ【前編】
- 第14回 千葉の鍛冶文化を次世代に残す――「千葉県打刃物連絡会」の挑戦
- 第13回 ロボット競技で人財育成――「ロボコン in あいづ2013」
- 第12回 つながれ、コトをつくれ!――進化する「全日本製造業コマ大戦」
- 第11回 「コマ大戦」から広がる中小ものづくり企業のネットワーク
- 第10回 すべては「家族の笑顔を創る」ために--震災を乗り越えたクリナップのものづくり
- 第9回 「総火造り」の伝統を守る若い力--「関東牛刀」の製作現場を訪ねて
- 第8回 史上空前の円高・不景気を生き抜く――製造業の「海外シフト」から見えてくるもの
- 第7回 自社技術を活かして新市場を拓け―中小企業の夢に向かって
- 第6回 地域のものづくり力を総結集―「共同受注」の試みが目指すもの
- 第5回 岐路に立つものづくり振興・支援事業―中小企業の「ものづくり力」活性化の起爆剤となるか
- 第4回 良くも悪くも、東日本大震災は大きな転機―それでも日本のものづくりは立ち上がる
- 第3回 「売れるものづくり」をどう実現するのか―「横浜売れるモノづくり研究会」の取り組み
- 第2回 「作るだけの産地」から「作って売る産地」への転換―「鯖江のめがね」をメジャーブランドに!
- 第1回 世界にはばたく日本の地場産業 ――会津漆器・『BITOWA』(ビトワ)プロジェクトの挑戦