第15回
ものづくり漫画のパイオニア「ナッちゃん」が復活――日本の製造業へのメッセージ【前編】
イノベーションズアイ編集局 加賀谷 貢樹
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「製造業のアイドル」、ナッちゃんが帰ってきた
1988年から2006年にかけて、集英社の青年向け漫画雑誌「スーパージャンプ」に連載された「ナッちゃん」という、ものづくり漫画の金字塔といわれる作品がある。
関西の小さな町工場・阪本工作所を舞台にした、ものづくり漫画のパイオニア的存在で、主人公は元OLのナッちゃんこと阪本ナツコ。幼い頃から、家業の鉄工所で仕事に精を出す父の姿を見て育ったナッちゃんが、亡くなった父の跡を継ぎ、工場を1人で切り盛りするというストーリー設定だ。
ナッちゃんのもとには連日、町の中小業者から、
「ボタン工場で40年前から動いている機械のかさ歯車を今日中に直してほしい」
「大量の梅干しを簡単に、1センチ角に切る道具を安く作ってほしい」
「修理作業をした人が必ず怪我をするという、機械仕掛けの『呪いのゾンビ人形』を直してほしい」
といったヤヤコシイ仕事が次々と持ち込まれるが、ナッちゃんは決してあきらめない。誰もが無茶だと思う依頼にも笑顔で取り組み、アイデアと工夫でことごとく問題を解決してしまう。
問題の原因の特定から解決のアイデアのひらめき、作業のダンドリの設定、実際の加工・組立の模様に至るまで描写がリアルで、手に汗を握るような展開が続く。景気が厳しい中でも懸命に生きる中小業者たちの人情も描かれ、思わずホロリとさせられる。実際に製造業で働いている人だけでなく、ものづくりに興味がある人たちなら、今読み返してもワクワク感や爽快感を味わえるだろう。
作者は、鉄工所の長男に生まれ、大阪工業大学電子工学科卒業後、漫画家としてデビューを果たした、たなかじゅん氏。本連載でも以前取り上げた「全日本製造業コマ大戦」のマスコットキャラクターである「ヨーコさん」の作者でもある。
『ナッちゃん』は、製造業で働く人々や工業関連の学生・教員を中心に数多くのファンを獲得し、単行本も全21巻が発刊された。続編の「下町鉄工所奮闘記 ナッちゃん 東京編」も、集英社「スーパージャンプ」の増刊号「オースーパージャンプ」で2007年から2009年に連載され、単行本が3巻出ている。
最新作の舞台は鉄砲伝来の戦国時代
今回リリースされた最新作が『戦国鍛冶屋奮闘記 ナッちゃん 鉄砲編』(2018年6月3日にAmazon Kindleで作品を公開)だ。「鉄砲編」は「東京編」の連載が終了したあと、「オースーパージャンプ」に特別読み切りとして単発的に掲載されたものの、単行本には未収録の「幻の作品」だった。その原稿を、たなか氏みずからが電子化し、Amazon Kindleストアで配信を開始した。
「鉄砲編」の舞台は戦国時代の種子島。時の種子島島主・時堯(ときたか)公の依頼で、名工・阪本義右衛門の娘「おナツ」が、助っ人として種子島の鍛冶職人・八坂金兵衛のもとを訪れるところからストーリーが始まる。八坂氏は、伝来したばかりの火縄銃の製造に成功したものの、銃身の後端を密閉する「尾栓」というねじ状の部品を作ることができなかった。
試行錯誤の末、おナツは今日のようにダイスで雄ねじを切り、タップで雌ねじを切る方法を考案し、見事にねじを作ることに成功するのだが、詳細については作品に譲ろう。
「鉄砲編」にはほかに、
・コラム「ナッちゃん豆知識・ネジ製造の話」
・幻の未発表作品「下町鉄工所奮闘記 ナッちゃん復活編」のネーム
・新作の未発表作品「からくりてく乃」のネーム
も収録されており、「ナッちゃん」ファンはもちろん、ものづくり好きにはたまらない内容になっている。
作者みずからがKindle出版に挑戦!
最新作『戦国鍛冶屋奮闘記 ナッちゃん 鉄砲編』の電子出版を受けて、たなか氏のもとには、「待ってました!」「楽しみにしてました!」というファンの声がツイッター等を通じて多数寄せられた。
もともと「東京編」の連載が終了したあとも、「『ナッちゃん』はいつ復活するの?」「早く続きが読みたい」というファンの声が多かった。ところが、連載をスタートするのも打ち切るのも、出版社の編集部の判断ひとつ。「東京編」を連載していた増刊号「オースーパージャンプ」の廃刊や、かつて「ナッちゃん」本編が連載されていた本誌「スーパージャンプ」が他誌と合併したこともあり、連載復活の場は次第に失われていった。
また、ネットの普及による影響も大きい。ネット時代になって紙媒体の雑誌が減少し、漫画家が作品を世に出す機会が減ってきていることも事実だ。
だが、たなか氏は「ネット時代を逆手に取って、自分で出したらええやん」と考えた。
たなか氏にはすでに漫画家としての知名度があり、新作の出版を読者から期待されているという強みを持っている。パソコンスキルも高く、フォトショップ作業はお手の物。漫画の「吹き出し」に文字を入れる写植作業も自分で行える。本の装丁・デザインからタイトルのロゴデザインまでこなせるので、編集者やデザイナーに頼らず、Kindleストアでの出版に必要な版下を1人で制作することができるのだ。
したがって出版コストはゼロであり、電子出版なので書籍の在庫を持つ必要もない。
だが逆に「出版コストがかからない反面、ある程度売れる見込みがなければリスクが高い」と、たなか氏はいう。「たとえば『東京編』は1話で30ページぐらいありましたが、『ナッちゃん』の連載では毎回23ページ描いていました。それでもストーリーを作るところから始めて丸々2週間、作画だけでもアシスタントを雇って朝から晩まで描いて丸々1週間はかかります。こうした作業がペイするだけの原稿料がないぶん、割が合わない部分もありますが、そこをどうするのか実験してみたいという意味もあり、Kindleストアでの出版に踏み切りました」と語る。
――次回に続く――
「ナッちゃん」の作者・たなかじゅん氏。和歌山県出身。大阪工業大学電子工学科在学中に小学館「新人コミック大賞」青年部門で入賞し、大学卒業後に漫画家デビューを果たす。ナッちゃんが1人で切り盛りしている阪本工作所のモデルは、たなか氏の父が創業した鉄工所の田中工作所
プロフィール
ジャーナリスト 加賀谷貢樹
1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/
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