第3回
「売れるものづくり」をどう実現するのか
――「横浜売れるモノづくり研究会」の取り組み
「良いものを作っても売れない」悩みに企業の垣根を越えて取り組む
「モノづくり(商品開発)は作り手から生活者へのプレゼンテーションです――」
「横浜売れるモノづくり研究会」副代表の宮崎孝氏は、プレゼンテーションをこう締めくくった。
横浜市のシンボルの1つである大桟橋国際客船ターミナルにほど近い波止場会館で、4月26日に開催された、同研究会第2回目セミナーの一幕である。
おもに横浜市内で活動するコンサルタントなどの経営支援のプロたちが、中小製造業の販路開拓を支援する同研究会が発足したのは今年1月。神奈川産業振興センターでマーケティングアドバイザーを務め、同県の代表的な販路ナビゲーターとして活躍している猪狩惇夫代表など4人が発起人となった。
「どんなに良い製品でも、市場に受け入れられなければ『モノ』で終わってしまいます。私たちは、『良い製品』をどのようにして市場に浸透させ、販売していくのかを、企業の皆様と一緒に考え、実践していきたいという想いで、この研究会を立ち上げました」と、同研究会のホームページに設立趣旨が語られている。
「自社技術を独自のビジネスモデルに高め、情報を絶えず発信せよ」
4月26日に横浜市・波止場会館で行われた「横浜売れるモノづくり研究会」第2回セミナーで挨拶した猪狩惇夫代表
同日のセミナー冒頭で、「企業成長につながるモノづくりの原点とは」と題して基調講演を行った宮崎副代表は、「昭和20~30年代、品質は『機能性+操作性』と認識されていたが、昭和40年代からそこにデザイン性が加わり、現在では『品質≒機能性+操作性+デザイン性+サービス体制』と捉えらえるようになった」と指摘。
宮崎副代表は、中小製造業が企業成長を意識したものづくりを実践するために必要な条件として、
- 独自のビジネスモデルを構築し、ビジネス環境を優位につなぐこと
- 志を高く持ち、夢が実現されるまであきらめないこと (夢とは世界一、日本一を目指すこと。途中で必ず見直しを行う。まずは会社所在地における同業の中でナンバー・ワンの地位を獲得すること)
- 現状にマッチした情報発信を、最低でも年数回は行うこと
- 業界全体の地位向上のために、汗を流すこと
などのポイントを挙げ、セミナー参加者に熱いメッセージを送った。
次いで、同研究会の猪狩代表、コンビニなどで使われている業務用パッケージ冷蔵庫メーカー・たつみ工業(川崎市幸区)代表取締役の岩根弘幸氏、木型・モックアップ・モデル加工などを手がけるミナロ(横浜市金沢区)代表取締役・緑川賢司氏の3者によるシンポジウムが行われた。同研究会事務局長のともクリエーションズ(横浜市中区)の渡邊桃伯子(ともこ)社長が、進行役を務めた。
「自社のものづくりのどこが、他社と違うのか?」という質問に対し、たつみ工業の岩根社長は「大手の逆をやること」と答えた。中小企業は、大手に比べて価格面で不利なことが多いが、小回りを利かせることで勝機が生まれる。大手メーカーが敬遠する短納期納入や特注品などへのきめ細かい対応で、同社は顧客先の信頼を勝ち取ってきたという。
また「『売れる』ためにどんな活動をしているか?」という質問に答えて、「製造業ブログ」のパイオニアの1人であるミナロの緑川社長は、「ネットが1番の売る手段」と語り、自身のブログやツイッター活動のポイントを披露。中小企業による、継続的な情報発信の取り組みの大切さを訴えた。
ものづくりに必要な知恵は、ものづくりの外に数多くある
神奈川県内でも指折りの元気な中小企業、たつみ工業の岩根社長(写真中央)とミナロの緑川社長を交えたシンポジウムの様子
「横浜売れるモノづくり研究会」が主催するセミナーは、2カ月に1回をめどに開催されている。第3回目は5月24日に行われ、かちどき特許事務所(横浜市西区)の高橋幸夫代表が「売れるモノづくりのためのネーミング」と題して基調講演を行った。
同じ商品でも、ネーミングや資料の「見せ方」1つで、ユーザーが受ける印象が大きく変わることが少なくない。
余談だが、以前ダイキン工業に取材した際、同社の大ヒットルームエアコン『うるるとさらら』の商品名を考えたのは、当時20代だった商品開発部の女性で、上層部案は古めかしい漢字四文字の『爽快指数』だったと聞いた。また工作機械メーカーを取材して、担当者が性能と機能だけでなく、デザイン性の高さを積極的にPRする姿をみることも多くなった。
極論すれば、市場のトレンドや消費者の嗜好にキャッチアップしていくうえで、ものづくりの世界だけの発想では、解決策がみつからないことがあまりにも多くなっている。「横浜売れるモノづくり研究会」は地域を挙げて、業種業界、職種の垣根を越えて悩みを共有し、複雑・個性化、およびグローバル化する市場にアプローチしていくための課題は何なのか、自分なりの答えを導き出していこうとしている。
プロフィール
ジャーナリスト 加賀谷貢樹
1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/
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