頑張れ!ニッポンのものづくり

第10回

すべては「家族の笑顔を創る」ために--震災を乗り越えたクリナップのものづくり

 

 住設機器大手のクリナップ(東京都荒川区)が昨年6月1日に発売を開始したシステムキッチン、新「クリンレディ」の販売が好調だ。

「クリンレディ」は1983年の発売以来、累計販売数120万セットを超える同社システムキッチンの主力製品。昨年6月にモデルチェンジを行い、ニッケルやクロムなどのレアメタル(希少金属)使用量を大幅に減らした世界初のステンレス新素材をキャビネットに採用(ecoキャビ)。〝キッチンはステンレスエコキャビネットの時代へ〟をキャッチフレーズに、錆びにくく、水や熱に強く、臭いがつきにくく、リサイクル率が高いステンレスの魅力を活かした商品作りを進めている。新「クリンレディ」の価格は基本プランの場合、59万8000円(間口:255cm/税抜)~で、旧モデルから値上げは行っていない。

 同社によれば、新「クリンレディ」の出荷動向は前年同月比で約130パーセント(昨年6月~今年2月の平均、旧モデルとの比較)に達する。景気低迷の影響で新設住宅着工戸数が伸び悩む中で、着実に売れ行きを伸ばしているヒット商品として注目される。

 なお「クリンレディ」は、All About(オールアバウト)主催の「キッチンオブザイヤー2011」で、「グランプリ・大賞」を受賞している。東日本大震災の被災地である福島県いわき市に生産拠点を置く同社が、震災からいち早く復旧し、新商品の発売を開始したことも高く評価された。

昨年6月1日に販売を開始した新「クリンレディ」。ステンレスエコキャビネット、独自の着色加工を施したステンレス扉など7つの「クリーンポイント」を装備 新「クリンレディ」に使われている新素材ステンレス製のエコキャビネット。従来の木製キャビネットにくらべて清潔、長寿命でリサイクル性が高い

震災復旧が進む中で生まれた新「クリンレディ」

3月23日、その福島県いわき市にある同社鹿島システム工場および湯本工場で行われた工場見学会に足を運んだ。

1984年に操業を開始した鹿島システム工場は、東日本における同社システムキッチンのメイン生産拠点で、月産4万300セットの生産能力を持つ。「クリンレディ」や「ラクエラ」などの製品を生産している。

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  東日本大震災で被災した福島県いわき市内の
 生産拠点の復旧における陣頭指揮にあたった
 佐藤茂・取締役生産本部長

昨年3月11日に発生した東日本大震災では、同工場も大型のダクト配管が落ちるなどの被害を受けたほか、水道、物流などのインフラおよび部材供給先の復旧が長引き操業停止に陥った。いわき市内における各生産拠点の復旧の陣頭指揮にあたった同社取締役生産本部長の佐藤茂氏は、3月13日に同市に入り、翌14日に現地対策本部を組織。井上強一社長をリーダーとする本社対策本部と、テレビ会議を通じて復旧に向けた協議を重ねた。

「いわき市内にとどまり、復旧作業を進めようにもライフラインである水道が止まったほか、食料や物資が不足して非常に困りました」と、佐藤氏は震災直後の苦労を語る。

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新「クリンレディ」の組立ライン。従業員たちのキビキビした動作の中で、ステンレスエコキャビネットが組み上げられていく

 佐藤氏は同市内の各工場に勤務する従業員に対し、自宅待機を指示した。その一方で、部門長以上は出勤し、工場内の施設修復の段取りに加え、市内にとどまっている従業員に対する救援物資の配布などに奔走。そして3月28日、ようやく操業開始にこぎつけた。同日の市内各工場の出社率は、95%におよんだという。

「結局、3月11日から4月11日までの1カ月間、受注停止を余儀なくされました。操業をストップしていた間にもオーダーをいただきましたが、いつ出荷できるのかを明言することができなかったのが、営業的には最も辛かったですね。やむなく営業担当者に全顧客を回ってもらい、震災の影響で商品をお届けできないことを詫び、他メーカーさんに注文を切り替えていただくようお願いしました」と佐藤氏はいう。

 だが、昨年3月28日から各工場が順次操業を再開して以来、本格的な復旧作業が急ピッチで進んだことに加え、資材供給のめども立ち始め、クリナップは4月11日から一部商品について受注を開始。その日、同グループの全国の支社、支店、営業所で歓声が上がった。

 震災後、いわき市内から初めて出荷されたのは洗面化粧台(四倉工場)だった。その際、同ラインを担当する15、6人の従業員が集まり、撮影した写真が同社の社内報に掲載されている。一方、鹿島システム工場でも、旧「クリンレディ」および「ラクエラ」の出荷に続き、6月1日に新「クリンレディ」の受注・生産を開始。震災復興が遅々として進まず、国内製造業が苦境に立たされる中で、同社が社運を賭けて新「クリンレディ」を市場に投入し勝負に出たことは、業界に大きな衝撃を与えた。

高い付加価値と美観を生み出す「クラフツマン」の手作業

一方、同社の湯本工場は、システムキッチンの「ワークトップ」(天板)やステンレスシンクなどの生産拠点。長物のステンレス板材の曲げ加工から絞り加工、溶接、磨き作業に到るまで、従業員たちの高い技能が蓄積されている。

 同社によれば、湯本工場の汎用ラインは「自動化8割、手作業2割」だが、最高級システムキッチン「S.S.」を手がける「クラフツマンワーク」の製造ラインは「自動化2割、手作業8割」。かつて「どんなに自動化を進めても、手作業を必ず2割は残すように」と語った、クリナップ創業者である故・井上登名誉会長の教えが忠実に守られている。

 たとえば「S.S.」のシンク部に、キッチンの前に立つユーザーに向かってせり出してくるR(曲線)部がある。中華鍋などの大きな調理器具を、余裕を持って洗うことができるように、シンクの開口部を広く取るための構造だ。ところが写真のようなS字状の部材を綺麗に溶接し、丁寧に磨いて美しく仕上げることは、現状では手作業でなければ難しい。

同社の最高級製品「S.S.」のシンクに設けられたR(曲線)部。写真のS字状の部材を溶接する 次いで、周囲のステンレス部材のヘアライン(長い筋目)に合わせてR部を手作業で丹念に磨き上げていく

 加えて、あまり気付かない部分かもしれないが、ステンレスの「硬質な美しさ」を売り物にしている「S.S.」の場合、ワークトップのコーナー部の仕上げ1つを取っても、美観に大きく影響する。そのため同工場のクラフツマンたちは、わずかな凹みや歪み、傷にさえ妥協せず、完璧な仕事を心がけているのだ。

ステンレスシンクのコーナー部を溶接したあと、ハンマーで叩いて歪みを取る 仕上げ作業後のコーナー部。クラフツマンの手作業が最高級シンク「S.S.」の美観を支えている

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同社湯本工場の一角に掲示されている「私の取組み宣言」。ワークトップやシンクの製作を担当する各従業員が、品質向上および労働安全衛生のうえで、どんなことに取り組むのかを記載している

 先にも触れたように、東日本大震災で大きな被害を受けた同社は、全顧客からのオーダーをいったんキャンセルせざるを得ないとことにまで追い込まれた。ところが震災当時、「S.S.」を注文していた顧客の7、8割が「クリナップが商品を届けてくれるまで待つ」という意思表明を行ったという。メーカーにとって、これほど冥利に尽きる話はないはずだ。

 一般に、自動化が進む大量生産ラインでは、工数・コスト増に結びつく「規格外」の構造や機能を製品に付加することは敬遠される。加えて国内外を問わず、熾烈な価格競争が繰り広げられている中で、各企業がいくら高度な技術や技能を保有していても、それを活かす場をなかなか見いだせないというのが、日本の製造業が抱いている大きな悩みといえる。その意味で、手作業で付加された構造や機能、あるいは定量的に測ることができない美観をハイエンド製品の付加価値として活かし、それを適正価格で売る努力を惜しまない経営姿勢は評価されて然るべきである。

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主要製品の受注・生産がほぼ通常通りに回復した昨年6月1日、同社は「いまこそキッチンから、笑顔をつくろう」のブランド宣言を行った

 クリナップは1973年に日本発のシステムキッチンを発売した、この分野のパイオニアであり、「システムキッチン」という和製英語の名付け親でもある。

 新「クリンレディ」の販売がスタートした昨年6月1日、クリナップは「いまこそキッチンから、笑顔をつくろう」というブランド宣言を行った。同社は震災を通じて、「家族が家族として笑顔あふれる生活を共に送ることが幸せの原点であり、その幸せな暮らしの中心にキッチンがあるのだ」ということを再確認したという。その思いを胸に、同社従業員は一丸となり、「家族の笑顔を創ります」という新企業理念の実現に向けて、こだわりのものづくりを続けている。

 
 

プロフィール

ジャーナリスト 加賀谷貢樹

1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
 ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
 愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/

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