第7回
自社技術を活かして新市場を拓け
――中小企業の夢に向かって
これまでに培ってきた技術を活かして自社製品を作り、世に問う――。
それは多くの中小企業にとっての夢であり、今をときめく大企業も、その成長過程において歩んできた道である。
製造業といえば、とかく大手にニュースや報道が集中しがちだが、本稿では「次のサクセスストーリー」の実現に向けて日々邁進している、中小企業の姿を紹介したい。
精密板金技術を活かしてデジタルサイネージ市場にチャレンジ――「リ・フォース」
精密板金を得意とするリ・フォースが開発した多目的デジタルサイネージ(電子看板)「アイ・ネージ」。上部にアップル社の「iPad」を収納し、さまざまな情報を表示する。ディスプレイ部を支える筐体のR(曲線)の美しさに、同社の高い技術力が現れている
「アイ・ネージ」の操作風景。意匠性が高くカラーバリエーションも豊富で、アイキャッチとしての効果も狙う。店舗やショールームなどの「空間作りへの新提案」を目指す
今年3月、川崎市川崎区に本社を置く精密板金メーカーのリ・フォースは、アップル社の「iPad」をディスプレイに利用し、手軽に情報の表示が可能な電子看板「アイ・ネージ」(写真)を発表し、販売を開始した。
同社が得意とする精密板金は、金属の板材に切断、曲げ、穴開け・打ち抜き、溶接などを施してさまざまな形状の製品を作る板金加工の中でも難易度が高く、高い精度が要求される。同社はメーカーや顧客先からの依頼に基づき、ビジュアル・装飾性の高いアーケードゲーム機や、駐車場に設置される精算機の筐体など、多種多様な製品を手がけてきた。 「自分たちでモノを作って市場に出したい、という思いは、先代社長の頃からずっとありました」と、08年4月に代表取締役に就任した椛沢瑛一社長は語る。
リーマン・ショックを機に、椛沢社長、専務取締役工場長の梶原秀紀氏、新規開発統括部長の真島志郎氏らを中心に、自社のものづくり技術を活かして新商品開発を目指す「脱下請けプロジェクト」が始動。 「デザインにこだわったものづくり」に活路を見出すという、同社の新たな試みがスタートした。 板金加工の基礎を学んだ専属デザイナーが、材料・素材の特性を理解したうえで、斬新な形状・色彩の新製品コンセプトを提案する。 それを受け、設計を担当する真島氏らがデザイナーとの議論を経て、コンセプトを現実の形に落とし込むために必要となる技術面・コスト面などにおける検討を行う。
しかし商品開発の現場では、「デザインは素晴らしいが、技術的に作ることが難しい」、ということが日常茶飯事に起こるから厄介だ。たとえば、薄板を溶接する際に生じる「歪み」の問題にしてもそうである。
新たな店舗空間の提案のために、ビジュアルに徹底的にこだわった「アイ・ネージ」では、写真のタイプの場合、鏡面仕上げを施したステンレス製の筐体が、高さ約1メートル40センチの支柱全般にわたって繊細な曲線(R)を描く。 ものづくり現場からすれば、こうした繊細なR部分を歪みなく、見た目にも美しく加工することは、非常にハードルが高い。
少々専門的になるが、現場では「Yagレーザー」溶接ロボットを駆使し、熱による素材の変形や歪みを最小限に抑えている。 さらには、前工程であらかじめ板材を「ローラーレベラー」という装置に通して歪みを可能な限り矯正するといった処置も取られている。 ちなみに現場では、この作業を「板を殺す」と呼ぶ。 事前に板材の「癖」を殺すことで、後工程における加工精度が向上し、結果的に板材が「活きる」のだ。
決して目立たないが、こうした現場の技術力あるいは念入りな処置が、じつは製品の高いデザイン性、ビジュアル性を実現するうえでの基盤になっていることを忘れてはならない。 たしかに厳しい言葉で言えば、技術力の高さは「売れるものづくり」の十分条件とはいえない。 だが、デザイン性やビジュアル性の追求は、ある意味で、ものづくりの技術面(コスト面も含む)とトレード・オフの関係にある。 そのせめぎ合いの中で、いかに自社技術を活かし、それをさらに磨き上げつつ、新しいものづくりおけるブレイクスルーを生み出していくかが、本当の腕の見せ所である。
「アイ・ネージ」に話を戻すと、同製品はカラーバリエーションが豊富で、店舗内に顧客を引き寄せるアイキャッチとしての効果が期待できるという。 すでに、地方の不動産販売会社の店舗に同製品が設置されるなど、実績も出始めている。 「『アイ・ネージ』を、当社にとってもカンバンになるような製品に育て上げていきたい」と椛沢社長はいう。
「音声がクリアに聞こえる感動」を高齢者に届ける――「伊吹電子」
同じく川崎市の伊吹電子が開発・販売している高齢者向けの音声拡聴器「クリアーボイス」。電話の受話器のように手に持てば、スイッチが入り音声がクリアーに聞こえる
今年4月に発売を開始した骨伝導タイプの「クリアーボイス」。骨伝導振動子で、耳の入口にある軟骨を通じて音声を伝える。加齢とともに鼓膜が老化し、通常の空気伝導式のスピーカーでは音声が聴きづらくなった高齢者などに喜ばれている
「ユーザーの方からお便りをいただいたり、直接お話を聞いて感激することがたくさんあります。 先日も、80数歳の女性の方が当社の『クリアーボイス』を使い、『20年ぶりに娘の生の声を聞いた』と喜んでおられました」
高齢者が、携帯電話のように耳に当てるだけで、周囲の音声がクリアに聞こえる音声拡聴器「クリアーボイス」(写真)の開発・販売元である伊吹電子(本社:川崎市高津区)の松田正雄社長が語る。
今年4月に設立40周年を迎えた同社の本業は、プリント基板の回路設計・製作・実装。 松田氏は、晩年に耳が不自由になった母親のために「聞こえを助ける、使いやすい機械を作りたい」との思いから「クリアーボイス」を開発。松田氏の母親は、できあがった段ボール製の試作機を手に「おお、よう聞こえるで」と満面の笑みを浮かべたが、製品完成目前の1998年3月に他界。「母が私にチャンスをくれたのかもしれません」と松田氏は当時を振り返る。
翌年から販売を開始した「クリアーボイス」は、出荷台数がシリーズ累計で12万台のヒットを記録し、今では同社の売上高の5割を占めるまでになった。 高齢者が日常的に使うことを考慮し、機能もデザインも極力シンプルにし、扱いやすさを追求。製品を軽く握ればスイッチが入り、手を離せば切れる。 長時間使用する場合にはイヤホンを挿せば持たなくともよい。電池の持ちも良く、連続200時間の使用が可能という。
「クリアーボイス」は、2003年に「かわさき起業家オーディション」(主催:川崎市産業振興財団)で「かわさき起業家大賞」(川崎市長賞)を受賞し、2005年には「かわさきものづくりブランド」(主催:川崎ものづくりブランド推進協議会)に認定されている。 テレビや新聞などのメディアで「クリアーボイス」が紹介される機会も増えている。
今年4月には、骨伝導タイプの「クリアーボイス」を新たに発売開始(写真参照)。 従来タイプは空気の振動で音声を伝える方式だが、加齢性難聴などにより、音量を上げても音声がよく聞こえないというケースに対応するため、骨伝導振動子を搭載(骨伝導イヤホンも付属)した。
「クリアーボイス」シリーズは、東急ハンズ各店で取り扱いがあるほか、ユーザー本人または親族・知人が同社に直接足を運び、商品の説明もしくは貸出を受けたうえで購入するケースも多い。 川崎信用金庫、川崎市内の全区役所、宮崎・佐賀県内の市役所、東京都稲城市役所、その他の信用金庫、銀行、病院、JRにも商品が置かれている。
「普段、いつも自社製品のことばかり考えています」と松田氏。 商品名も、基本的に松田氏自らが考えているという。パンフレットや取扱説明書もデザイナーに制作を依頼はするが、細部の具体的な詰めは松田氏が行う。 新製品である「クリアーボイス」骨伝導タイプのカラーリングは、松田氏がスーパーの女性用化粧品売場で目にした商品をお手本にしたもの。 元気な中小企業を取材すると、社長自身のアイディアマンぶりに驚かされることが少なくない。
「普段、いつも自社製品のことばかり考えています」と松田氏。 商品名も、基本的に松田氏自らが考えているという。 パンフレットや取扱説明書もデザイナーに制作を依頼はするが、細部の具体的な詰めは松田氏が行う。 新製品である「クリアーボイス」骨伝導タイプのカラーリングは、松田氏がスーパーの女性用化粧品売場で目にした商品をお手本にしたもの。 元気な中小企業を取材すると、社長自身のアイディアマンぶりに驚かされることが少なくない。
「いま考えれば、下請けの仕事を一所懸命にやってきたから開発費も出せたのです。 また、下請けの苦労をずっとなめてきたので、普通なら苦しいことも、あまり苦しいとは思いません。 下請けの仕事を真剣にやってきたからこそ、こうしてメーカーにもなれたのだと思いますね」(松田氏)
今回取り上げた2社が、なにも特別な事例というわけではない。 いまも日本の到るところで、こうした「草の根のイノベーション」が続けられており、その中から、たとえ規模は小さくても、得意分野では世界的に高いシェアを誇る強い企業が生まれている。 大手メディアの報道でなかなか伝えられない、日本の中小ものづくり企業が持つダイナミズムについて、理解が広まることを願ってやまない。
プロフィール
ジャーナリスト 加賀谷貢樹
1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/
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