第6回
地域のものづくり力を総結集
――「共同受注」の試みが目指すもの
目指すは航空機部品製造の一大ブランド――「ウィングウィン岡山」
岡山県内32社の企業が集まり、航空機部品の共同受注を目指す「ウィングウィン岡山」
今回は、地域のものづくり企業が連携して共同受注組織を作り、新分野への参入や販路開拓を目指している事例について紹介する。
西日本でも有数のものづくりの集積地である岡山県は、自動車、造船、農業機械をおもな基幹産業として製造業が発展してきた。そこからさらなるステップアップを目指すために、同県が注目した分野の1つが航空機産業。世界の民間機市場は今後20年間で約2倍に拡大し、約2万5000機(約200兆円)の新規受注が見込まれるという。その航空機部品の約30%を国内の大手メーカーが受注している。日本は自動車や半導体産業だけでなく、航空機産業についても、世界的な部品サプライチェーンの要だといってよい。
2004年10月、鋳造・機械加工・熱処理・表面処理・組み付けなどで高度な技術力を持ち、航空機部品の受注を目指している県内企業15社が集まり、岡山県産業振興財団との連携のもとで、航空機部品共同受注グループ「ウィングウィン岡山」(http://www.wing-win.jp/)が発足。今年4月20現在、会員企業数は32社を数える。 「県内に、航空機製造業に分類される企業が1社もなかったところからスタートしました」と、「ウィングウィン岡山」の事務局を担当する岡山県産業振興財団・技術支援部の石部裕之氏は語る。「ウィングウィン岡山」では、産学官連携による技術研究会の開催、航空機専門展示会への出展などを通じて、県内の航空機関連企業の技術力向上および販路拡大の支援を実施。岡山県では県内企業に向けて、航空宇宙産業における品質規格「JISQ9100」取得費用の一部助成も行っている。
「ウィングウィン岡山」では07年10月段階で51件、総額20億2000万円の受注を達成したあと、発足5年目となる09年10月に受注額が累計30億円に達した。同グループ内に複数のプロジェクトがあり、各プロジェクトリーダーが個別の案件をとりまとめて、グループ内外の企業に仕事を割り振っている。「ウィングウィン岡山」もしくは同財団が契約主になるのではなく、実際に仕事を請け負う企業が、発注先から直接案件を受注するわけだ。
ところが、一中小企業ではとてもアポイントが取れないような大手メーカーが相手でも、「『ウィングウィン岡山』のメンバー数名でお伺いしたい」といえば、多くの場合、担当者が会ってくれるという。「ウィングウィン岡山」の名前が1つのブランドになっているのだ。 「会員企業の皆様に、こうしたブランド力をうまく活用していただいているのではないでしょうか」と石部氏。組織発足以来、実績と信頼を重ねる中で、最近では粗加工、仕上げなどの工程を単独で受注(一工程受注)するだけでなく、複数の工程を同グループで請け負うケースも増えているとのことだ。
加えて、2013年に就航予定の国産次世代リージョナルジェット「MRJ」(三菱リージョナルジェット)の受注機数が今年6月に130機に達した。同4月5日には三菱重工の飛鳥工場で「鋲打ち式」が行われ、同機の組み立てが開始されるなど、追い風も吹き始めている。「今後は国内市場により力を入れ、基幹部品の受注を目指していきたい」と石部氏はいう。
「図面をもらって作るものづくりはしない」――「メイドイン大田」
共同受発注会「メイドイン大田」(東京都大田区)から生まれたオリジナルの「羽田国際空港就航記念時計」。羽田空港国際線の滑走路のデザインをアルミ板に彫刻。贈主の名前やロゴマーク、日付、文章を入れ込むことができる
高度な技術と熟練技能が集積し、さまざまな分野の新製品・新技術の開発を下支えしてきたものづくりの街、東京都大田区。同区では、従業者9人以下の中小零細事業所が約82%にのぼり、機械金属工業が工場数の8割以上を占めるという。
大田区内の異業種交流グループ8団体の中から16社が集まり、共同受発注会「メイドイン大田」(http://www.madein-ota.jp/)が発足したのは2005年のことだ。 「図面をもらって作るものづくりはしません。『こういうものを作りたい』というお客様との言葉のやり取りから始め、商品の企画からデザイン、設計、試作、量産までを手がけています」と、「メイドイン大田」事務局長の(株)カセダ代表取締役・加世田光義氏は語る。
新製品の開発・試作を進める企業や研究機関などが、日本有数のものづくりの街である大田区の実力に期待し受発注会に声をかけてくる。事務局に直接問い合わせが来る場合もあれば、同受発注会が連携している大田区産業振興協会からの紹介もある。同区で毎年行われている「大田工業フェア」などの展示会で、同受発注会のブースを訪れた顧客が「こういうものはできないか」と相談をもちかけ、共同開発がスタートすることも。
超音波振動を利用した電線用の除雪装置、8本のノズルを持ち、放水の威力が従来品の100倍という消防用放水ノズル(商品名「ヤマタノオロチ」)、海産物加工省力化装置をはじめ、同受発注会はこれまで数多くの共同開発案件を手がけてきた。写真の「羽田国際空港就航記念時計」のように、オリジナル商品の開発事例もある。
いま国内メーカーは生き残りをかけて、製品の高付加価値化や高品質化、最新の技術シーズを利用した新たな機能および価値の提案、環境対応の強化などを進める中で、過去に前例のないものづくりに挑戦しているケースが少なくない。こうした企業のニーズは、図面に整理されたものではなく、漠然としたイメージの段階にとどまっていることが多い。それゆえモノの作り手の側が、その漠然としたイメージを形にしていくための具体的な手法を、現場の発想で提案していくことが、企業のイノベーションを支える新たなポイントになり得るのであり、「メイドイン大田」はそこに活路を見出そうとしている。
「最近では中国に図面の3次元CADデータをメール送ると、だいたい1週間以内に製品ができてきます。しかも、1個や2個といった少量生産にも対応しているという。ということは、単にお客様から図面をもらってモノをつくる仕事を、日本でやる意味がなくなりつつあるのです。ではありますが、内需に関連するもので、デザインや設計の段階から入っていくことができる仕事は、国内にそこそこ残ると考えています」と加世田氏はいう。
「大田区工業ガイド」(2010年4月付け)によれば、同区内の工場数は1983(昭和58)年には9000を超えていたが、今では5000を切っている。今年2月に帝国データバンクが発表したリサーチによれば、「2005年以降、のべ3万件以上の製造業が消滅」したともいう。
東日本大震災を機に、国内製造業の海外移転が加速する懸念もある中で、日本のものづくりはまさに正念場を迎えている。
プロフィール
ジャーナリスト 加賀谷貢樹
1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、98年よりフリーに。「イノベーションズアイ」のほか、オピニオン誌、ビジネス誌などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。
ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。2008および2009年度の国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。
愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。
【フェイスブック】:http://www.facebook.com/kagaya.koki
【ブログ】:http://kkagaya.blog.fc2.com/
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