「前回、お勧め頂いたのに従って、ドラッカーの5つの質問に取り組んでみました。」
「如何でしたか?」
「確かに、これからうどん店を経営するに当たって必要な顧客像が得られたと思います。それに・・・」
「それに・・・?」
「それは『私の顧客は誰か』だけを考えていても、なかなか見えてこないものですね。他の4つを考えているからこそ、見えてくる姿があるのだと感じました。」
「それは良い気付きだと思います。」
「今日は、その気付きをお話しても良いでしょうか?」
「もちろん、お聞かせ下さい。」
顧客にとっての価値を考える
「それに気が付いたのは『顧客にとっての価値は何か?』を考えた時です。」
「どのようにお考えになったのですか?」
「私が開こうとしているのはうどん店です。『うどんを食べたいから食べる。その欲求を、私の店が満たす』。今まではそういう価値しか思いつかなかったのです。」
「今回は別の価値を思い付かれたとでも?」
「私は本当に『うどんを食べたいと思っているお客様に、うどんを食べさせたいと思っているのだろうか?』と考えたのです。」
「面白い発想ですね。それで、どうだったのですか?」
「うどんを食べたいとは思っていないお客様に、うどんを食べて欲しいのだと気付きました。」
「えっ、それはどういう意味ですか?」
「うどんを食べたいと思っている人というのは、だんだん減っていく可能性があります。それでは商売が成り立たなくなる。それが直接のきっかけです。」
「なるほど。」
「それプラス、修行時代のことを思い出したのです。」
「どういうことですか?」
先駆者の思いをたどってみる
「私、うどん店を開く前に、いろいろと勉強したんです。うどんの名産地も訪れました。街のうどん店も、観光スポットになっているうどん店もです。」
「観光スポットのお店は、あなたの考え方とは合わなかったのではありませんか?立地も違いますし、ビジネスモデルも違います。」
「最初は私も、そう思っていました。何より『そういうお店は、観光スポットであることにあぐらをかいているだろう』という先入観があったんです。でも、あるお店は全く違いました。観光スポットであることにあぐらをかいて、いい加減なうどんを出していたわけではありません。素晴らしいうどんを出していました。」
「そうなんですか?」
「それが謎だったのですが、今回、ドラッカーの5つの質問を考えているうちに、分かったような気がします。」
「ほう。」
「彼らは、うどんを食べたいお客さまももちろんですが、うどんを食べたいとは思っていないお客さまに食べてもらえることを目指しているのではないかと思ったのです。」
「面白いですね。どうしてそう思われたのですか?」
「だって、そこは観光スポットなんですよ。うどんを食べたいというお客さまだけが来るわけではありません。観光地だからという理由で来る人もたくさんいます。」
「確かに。」
「うどんは大して好きではないけれど、観光地だからという理由で来たお客さま。そういうお客さまに『まあね、こんなものだろうよ』と言って帰ってもらうのか、『うどんって、こんなに美味しいもの、奥が深いものだったのか!これを機会に、もっと食べてみよう』と言ってもらうのか。」
「そのお店は後者を目指しているということですね。」
「そうなんです。だからこそ、あんなに経営努力をしていたのではないかと感じました。」
「なるほど。」
提供したい価値から、顧客増を描きなおす
「そういう目で見ると、彼らのやっている努力の意味や意図が、いろいろと見えてきたのです。とびきりおいしいうどんはもちろんのこと、外観や内装、サービスにこだわっている意味や意図が。」
「それらは全て、うどんを食べたいとは思っていないお客さまに食べてもらい、ご当地のうどんの良さを知ってもらいたいと考えてのことだと感じられたのですね。」
「そうなんです。そういう観点で彼らがやっている取組みを見ると、彼らが顧客を選んでいるのではないかと思いました。」
「というのは?」
「うどんを食べたいとは思っていないお客さまというのは、世の中に沢山おられます。全てを満足させられる訳ではありません。だったら、自分たちは『このようなお客様』に、その地域のうどんを知ってもらい、評価してもらいたいという像を、最初に描いたのではないでしょうか?そうやって、自分たちが取組むべきことを決めたのです。」
「具体的にはどういう意味ですか?」
「今、特段にうどんを食べたいとは思っていないけれど、安いなら食べても良い。そういうお客さまは、彼らは外したのでしょうね。」
「そうでしょうね。」
「それから、時折、目新しいものを食べたいというお客様も、外したのではないかと思います。」
「なるほど。」
「そうやって、彼らは『その地方のうどんを一つの文化として理解したい』というお客様に限ったのではないかと思います。」
「かなりニッチですね。」
「だからこそ、明確な顧客像を描くことができたのだと思います。」
「それをベースに、ターゲットとするお客様がよろこんでくれることは何かを探っていったという訳ですね。」
「そうなんです。だからこそ彼らは、迷うことなく、他から見ると少し違和感を持つような戦略を、首尾一貫して追求できたのではないかと思います。」
「なるほど。」
経営戦略を5面からブリリアント・カットしていく
「こうやって、顧客にどんな価値を提供するのかを考えてみた後は、『われわれのミッションは何か?』や『われわれにとっての成果は何か?』について考え直さざるを得なくなりました。それは、銀行向けの経営計画書に記載したものを丸写ししただけのものだったからです。」
「考え直してみて、どうでしたか?」
「考えれば考えるほど、自分の考えがクリアになりました。面白いのは、ドラッカーは最後に位置付けた『われわれの計画は何か?』を考えることにより、ミッションや顧客像が明らかになってくる、時には変わってくるということです。」
「本当ですか?」
「ミッションや顧客像をイメージして行うべきことを考えて、はたと立ち止まると『それは自分たちの強みではないな。自分たちがやりたいと思っていたことではないな』と気がつくことがあります。それを元に考え直してみると、ミッションや顧客像がクリアになってくるのです。変わることも、あるんです。」
「そうなんですか?」
「私のやりたかった『うどん店』というビジネス像が、ドラッカーの5つの質問によって多角的に磨かれ、ブリリアント・カットのように輝きだしたという印象です。」
「それは素晴らしいですね。本気になって取り組んだ甲斐がありましたね。」