「ひとつお聞きして良いですか?」
「もちろんです。」
「私はラーメン店を開きたいと思っています。公的機関からの支援や融資を得るために事業計画書も作成してみました。この間、それを関係団体に提出したのですが、あまり評判が良くなかったのです。」
「それは困りましたね。理由は何か、聞かれましたか?」
「飲食店といえば、最近『ブラック企業』ということでイメージが悪いですよね。そういう企業にならないような取組みが考えられていないということらしいです。」
「なるほど。」
「しかし、飲食店がブラック企業化してしまうのは、私の責任というよりも社会現象ですよね。その責任を私に負わせようとするのも、如何なものかと思ってしまいます。」
「あなたがそのように受け止めたくなるお気持ちも、よくわかります。しかし万が一、あなたのお店がブラック企業だとの烙印を押されると、従業員が集まらなくなって、事業の継続が難しくなりますよね。そうならないような方策を、今のうちに考えておきましょうとのアドバイスだと受け取った方が良いと思います。」
「確かにそうかもしれませんね。」
ドラッカーの提案する従業員を取り込んだ事業モデル
「今のお話をお聞きしていて、ドラッカーの考え方について思い出しました。」
「どんなことですか?」
「ドラッカーは、ビジネスを考えるにあたって『従業員あっての企業』という意識を持つように勧めています。ドラッカーの有名な『マネジメント』も、『企業は、従業員に支えられながら、従業員にも貢献する存在となるよう意識せよ』という信念を基づいていると考えられるのです。」
「ドラッカーが『企業は従業員に支えられる存在』だと考えていたですって?それはおかしくありませんか?企業は、従業員を支える存在なのです。だからこそ、経営者の考え通りに仕事する義務が発生するのです。」
「そのようなお考え、正しいと思いますよ。しかし、それだけではないのです。」
「どういう意味ですか?」
「従業員には『自分の働きたいように働きたい』という欲求があるということです。それを無視すると、企業を破滅させる場合さえあるのです。」
「そんな、オーバーな。」
「最近は少し下火になったようですが、従業員がお店の冷蔵庫に寝そべっている写真などをソーシャル・ネットワークなどにアップして、お店が大打撃を受けたというニュースがありましたね。」
「確かにありました。従業員の軽はずみでお店が閉店に追いやられるなんて、本当にひどい話です。」
「確かにひどい話ですよね。そういう事態は何としてでも避けたくありませんか?」
「もちろんそうです。」
「だったら、事業モデルを立てる時に従業員も考えに入れたらどうですかというのが、ドラッカーの考えなのです。」
「そうなのですね。そう言われてみると確かにそうですが・・・。」
従業員のわがままを聞かなければならないか
「しかし、従業員のわがままを聞いていたのでは、回っていくべき事業も回っていかなくなります。」
「誰が従業員のわがままを聞くようにと言ったのですか?」
「そうではないですか?さっき『従業員には、自分の働きたいように働きたいという欲求がある』と仰いました。それからすると、わがままを聞かなければならないと解釈せざるを得ないと思うのですが。」
「そう考える必要はないと思います。あなたが従業員だったらと、考えてみてください。就職先に『自分のわがままを聞いてくれ』と考えますか?」
「もちろん、そうは考えません。」
「では、どのようなことを考えていますか?」
「そうですね。まず楽しく働きたいと思います。」
「どういう意味ですか?」
「最初は誰だって失敗すると思うのです。そういう時にガミガミ怒られたのでは楽しくありません。最初はきちんと教育や訓練をしてもらいたいと思います。」
「なるほど。他にはどうですか?」
「お客様に喜んでもらえるようになりたいですね。お客様から喜びの声などかけてもらえると、すごく嬉しいです。」
「どうすれば、そうなると思いますか?」
「普段から、お客様の声をよく聞くことが必要なのでしょうね。最初は要望ばかりで、時にはお叱りもあるかもしれない。しかし、それに誠実に対応していると、喜んでもらえるはずだと思います。」
「確かにそうですね。」
経営者と従業員の考えの軸を合わせる
「さて、あなたが従業員だったら何を期待するか、考えてみました。それはつまり、経営者に何をして欲しいという意味だと思いますか?」
「楽しく働けるように、そしてお客様に喜んでもらえるように、ということですね。両者に共通するのは、教育や訓練だと思います。会社としては自分に何を期待しているのか、そして今までの会社の経験から、どうやったらお客様に喜こんでもらえるか、しっかりと教えて欲しいと思います。」
「なるほど。」
「そしてうまくいかなかったら、むやみに怒るのではなく、でも的確に指摘して、どう改めたら良いのか教えて欲しいと思います。」
「そういうことも、あるでしょうね。」
「それから、頑張って成果を出した人には、それなりの対応をして欲しいと思います。もちろん、えこひいきと感じられるほどでは困りますが。」
「さて、ご自分が従業員だったら何を求めるか、考えていただきました。それらは、経営者としてのあなたが考えていることと、大きく違っていますか?」
「あまり違わないですね。もちろん立場が違うので、細かいところでは利害が対立することもあると思いますが、軸としての方向性は同じだと思います。」
経営者と従業員が力を合わせていく
「従業員と経営者の考えは、おおもとのところでは軸は同じだと分かりました。それなのに、それを実現する努力を経営者が行わなかったら、どうなると思いますか?」
「従業員の不満は、相当、高まるでしょうね。」
「そうでしょうね。」
「それから、パフォーマンスも上がらないと思います。」
「なぜでしょう?」
「経営者は、従業員が働かないからと思うかもしれません。でも、従業員は、きちんとした環境が整っていないからだと思うでしょうね。自分たちにはその気があるのに。」
「そういう状態で、経営者の都合の良いようにマネジメントを強化したら、従業員は何と思うでしょう?」
「ブラックな職場だと思うでしょうね。」
「では、どうしたら良いのでしょうか?」
「パフォーマンスが上がる方法を教育・訓練し、モチベーションが上がるようにマネジメントし、納得がいくように評価・報酬することが大切ですね。」
「このようにマネジメントすることが、経営者と従業員の力を合わせていくことに繋がるのではないでしょうか?」
「そうですね。その点を考え、事業計画書に盛り込んでおこうと思います。」
「是非、そうしてみてください。」