第20回
人材難を乗り越える人材育成
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
最近、人材難が強く叫ばれています。中小企業の倒産は、これまで数年間減少傾向でしたが今年は増加に転じる可能性が高く、その原因は人材難と言われています。確かに、筆者がご支援している企業も欠員の補充ができなくて困っています。今回は、人材難について人材育成の観点から考えてみましょう。
「穴を埋める」人材育成
「人材育成」というと「外部から講師を呼んで専門的な教育を施してもらうこと」と考えている社長さんも多いようですが、中小企業の場合、特に最初は、そのような教育は後回しで良いのではないかと思っています。最初は「社内の他の部署・メンバーがどんな仕事をしているか。役割を果たしているか」を知ってもらうのが良いというのが、筆者の考えです。
それを第1に考えるのは、会社内の不効率やいざこざの多くは「他の部署・メンバーがどんな仕事をし、どんな役割を果たしているかに関する知識が欠けている」ことが原因だからです。本当は前工程がほんのすこし工夫すればうまく仕事が回って効率化し、みんなが気分良く仕事ができるはずの状況でも、「私はきちんと仕事をした。それで不都合があるなら、それは不都合を感じた人の問題」と考えてしまうと、上手くいきません。非効率の原因になるばかりか、会社の雰囲気まで悪くなってしまいます。従業員が居着かない職場になる可能性があります。
一方で、自分の前後の工程が何をしているのか、最終的にはどんな製品ができて、お客様にどのように喜んでもらえているかを知ることができれば、皆、自分の仕事が楽しく、意義あるものに感じられるようになります。このような職場に作り上げることができると、万が一の場合に「空いてしまった穴を埋める」ことも可能になります。多くの商店や事務を行う職場では、「穴を埋める人材育成」を普段からしっかりと実践することで、「メンバーの一人が病気で長期療養しなければならない」等の突発的な状況への対応力を強化してきました。
「改善を目指す」人材育成
人手不足への対応方法として注目されているのがIT活用等による省力化です。特に中小企業ではITが十分に活用されていないことが多いので、この方法が効果的な場合が多いのです。
一方で「ただITを導入すれば良い」訳ではありません。せっかくITを導入したのに十分に活用できていない例に遭遇すると、そのような状況では人材育成がポイントになっていると思われるケースが少なくありません。
例えばある企業では、受発注システムを導入したのに、そのデータを会計に活用していませんでした。会計システムには、従前の通り、売上帳(受発注システムから出力)を見ながら手入力していたのです。「どうして受発注システム・データを活用しないのか」と聞くと、「受発注システムから出力されるデータは月末〆単位だが、会計上は取引先毎の〆日に対応していないと売掛金の落ち込みを管理できないから」という答えでした。当然のことながら、受発注システム・データを取引先毎の〆日単位とすることに技術上の問題はありません。当該企業は欠員補充に苦労していましたが、多少の費用を出してプログラム変更すれば、人手不足は軽減できたはずです。
では、なぜ実現できなかったか?これを「誰が責任者か」という切り口で考えると、泥沼化してしまうでしょう。社長が「省力化できる方法を考えなかった担当者が悪い」と言うと、担当者は「受発注システムが導入された中でいろいろ調整して、必要な仕事ができるように工夫したのだ。褒められることはあっても、責められる筋合いはない」と主張するでしょう。
このような場合には別のアプローチが必要なのです。働き手一人一人に「仕事の改善(効率化・質の向上)」までもが自分の果たすべき役割だと認識してもらう必要があります。そのための「改善を目指す人材育成」が必要なのです。
「やめさせない」人材育成
そして究極の人材育成は働き手に「やめない、やめる気にならない」よう促す人材育成です。「そんな上手い手があるのか?」との質問が出そうですが、これに成功している多くの企業を観察すると、実は難しいことではありません。第一に挙げた「穴を埋める人材開発」、そして「改善を目指す」人材開発ができていれば、働き手たちは自然とそうなっていきます。
なぜそうなるか?第1の人材育成は、職場の働き手が(そして経営者も含めて)お互いに尊重し合うと共に、仕事を完遂してお客様に喜んでもらうことを働き甲斐にするよう促すからです。第2の人材育成は、そのような働き甲斐のある仕事を改善していくことを喜びとするよう促すからです。働き甲斐のある仕事をし、その改善を喜べるようになれば、働き手はその職場を(かなりの事情がない限り)辞めようとはしないでしょう。
「こう考えると、人材育成の考え方が少し変わってくるな。」そう言ってもらえると嬉しく思います。人材育成とは教科書の内容を従業員に伝え、その通りに行動するよう強制するものではありません。職場が働き甲斐のある、喜びのある場所であることを再発見し、それを強化する取り組みです。人材育成への経営者の意識を変えれば、会社を変えられるかもしれません。
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プロフィール
StrateCutions
代表 落藤 伸夫
1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。
1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。
2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。
Webサイト:StrateCutions
- 第49回 期待によるモチベート
- 第48回 「褒める」はモチベート策になるか?
- 第47回 モチベーション策を考える
- 第46回 年末にモチベーションを維持する
- 第45回 台風19号で被災した中小企業への支援
- 第44回 理解力を高める唯一の方法
- 第43回 理解力低下の破壊力
- 第42回 こんな会議になっていませんか?
- 第41回 理解力について職場の「あるある」
- 第40回 上級マネジメント・チェックリスト
- 第39回 吉本興業に必要な上級マネジメント
- 第38回 吉本興業事件の真の原因は何か?
- 第37回 顧客かつ対戦相手として研修生と向き合う
- 第36回 研修の前からスタートする
- 第35回 受講生と足並みを揃える
- 第34回 5次元社会で活躍が期待される人材像
- 第33回 今、存在しない人材の育成
- 第32回 どんな人材を育てようとしているか
- 第31回 新人研修でカルサバから脱皮する
- 第30回 カルサバ人材開発計画が危険な理由
- 第29回 カルサバ人材開発が企業をダメにする
- 第28回 最も困難な人材開発から学べること
- 第27回 最も困難な人材開発から学ぶ
- 第26回 飛躍できる企業を育てる
- 第25回 孫社長の飛躍の秘密
- 第24回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(2)
- 第23回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(1)
- 第22回 人材難を乗り越える人材育成教育
- 第21回 人材難を乗り越える人材育成の方法
- 第20回 人材難を乗り越える人材育成
- 第19回 目指せ!新ビジネスモデル
- 第18回 人手不足にどう対応するか
- 第17回 起業家が犯しやすい間違い
- 第16回 挨拶できてもダメなお店・企業
- 第15回 コラム名変更に込めた想い
- 第14回 従業員を軽視した工場のケース
- 第13回 準備で忙しかった先生のケース
- 第12回 経理の疎さが危機を招いたケース
- 第11回 周囲を蹴落としたら自分の所在もなくなってしまったケース
- 第10回 お金の使い方でサラリーマンから卒業できなかったケース
- 第9回 事業承継への消極性が企業の持続力を奪ってしまったケース
- 第8回 二代目の多店舗戦略が裏目に出たケース
- 第7回 リスケ後に安穏としてしまったケース
- 第6回 消極投資で自分を窮地に追い込んでしまったケース
- 第5回 自信を持った二代目社長のケース
- 第4回 経営改善に踏み込めなかったケース
- 第3回 金融機関を渡り歩いて事業改善を怠ったケース
- 第2回 仮説に固執して事業改善のタネを見付けきれなかったケース
- 第1回 事業改善して繁盛企業になれる方法を倒産企業から学ぶ