第38回
吉本興業事件の真の原因は何か?
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
関西のお笑いを発祥とする吉本興業に所属する何人かの芸人が反社会勢力のパーティー等に参加する、いわゆる「闇営業」を行なっていたことが社会の耳目を集めましたが、ここにきてある芸人が謝罪会見の席上で会社への不満をさらけ出したことで、吉本興業と芸人とのバトルの様相を呈しています。吉本興業が、闇営業を行わざるを得ないような低い給料しか払っていない場合があり、これが芸人たちを追い込んだというのです。今日は、なぜこんな事件が起きたのかについて考えてみます。
吉本興業のビジネスモデル
あるバラエティ番組で、ある芸人の給料明細が「1ステージ出演料10円」だった映像が映し出され、MCやコメンテーターから「いくらなんでも、それはひどい。芸人が闇営業をやらなければならなった責任は、吉本興業にもあるのではないか」という論調でコメントしていました。確かに「これが自分の給与明細だったら」と肝を冷やした視聴者は多いと思います。しかし筆者は、それを「給与明細」と解釈すべきなのだろうかと疑問に思いました。吉本興業のビジネスモデルを考えたのです。
吉本興業の顧客は誰でしょうか?「番組に芸人を登場させて放映するテレビ局やラジオ局だろう。」その通りです。吉本興業は自らの抱える芸人をメディアに出演させることで出演料を受け取り、マネジメントやプロポーションに係る費用等に事務所としての利益をプラスした金額を差し引いて芸人に支払っているでしょう。吉本興業が傘下の芸人をイベントに送り出したり写真集を出版させたりする時も、この構図です。吉本興業の直接の顧客は、テレビ局やラジオ局などのメディアです。
「今、変なことを言っていなかったか?吉本興業の『直接の顧客』というあたりだ。何か含む意味があるのか?」仰る通りです。吉本興業には、テレビ局やラジオ局などとは別次元で、別の顧客を持っていると考えられます。それは芸人たちです。
「芸人たちが吉本興業の顧客だって?どういう意味だ?」同じように「舞台に立ちたい」と考えている人々を、まだ未熟な状況から集めてチャンスを与えている事業と対比して考えてみましょう。例えばミュージカルの舞台を目指す人々へのサポートです。「なるほど。彼らはオーディションに受かるため、高額なお金を払ってトレーニングを受けたり、模擬舞台に立ったりしている。そういうことを言いたいのだな。」仰る通りです。吉本興業は、芸人としては未熟な人々を傘下に抱えて売り込んだり、自前の舞台に立たせるなどしてチャンスを与えています。これは本来なら、かなり高額なフィーが取れるビジネスです。
チャンスを探る人をサポートする事業
吉本興業は、まだ芸人の卵段階にある人々にチャンスを提供するビジネスを併せて行なっているのに、この料金を請求していません。将来売れるかどうか分からない芸人の卵たちに、リスクを背負って料金相当分(積算すると、かなりの金額になるでしょう)を貸し出し、「出世払い」してもらっているのです。時には高額な借金を背負ってスクールに通い、アルバイトをしながら将来への研鑽を積んでいるミュージカル俳優・女優の卵たちからすると、とても羨ましい状況ではないかと思います。
吉本興業のビジネスモデルをこのご時世で開始するのは大変だと思います。お笑いは当たるか当たらないか紙一重のリスキーな世界。ビジネスとして回すには相当数の芸人を抱える必要がありますが、一方で先行投資が莫大な金額に及びます。出資や借入れに頼ろうとすると、金主を説得するのは一筋縄ではいきません。日本がまだ発展途上で強烈なエネルギーを秘めていた時代だったから成立し得たビジネスモデルだと思われます。
真の原因は上級マネジメントの欠如?
吉本興業の事業は、チャンスを探る芸人の卵にもメリットのあるWin-Winのビジネスモデル、ひいて言えば生活に潤いが欲しいお笑いファンをも満足させる三方良しのビジネスモデルと言えるのではないかと思います。実際、吉本興業がなければ日本の茶の間にこれほどお笑いは浸透しなかったでしょう。
一方である事件をきっかけに、このビジネスモデルが事務所と芸人とがギクシャクする原因になったことは、残念でなりません。なぜ、このようなことになってしまったのでしょうか?
筆者は、その原因は、吉本興業が自らのビジネスモデルに適ったマネジメンを行なっていなかったからだと考えています。「ん?芸人のマネジメントに、ビジネスモデルが関係するのか?」ここで言う「マネジメント」とは、マネジャーが芸人に対して行う現場マネジメントではありません。事務所が芸人やマネジャーに対して行う、より上位のマネジメントです。
「そんなこと、考えたことがないな。」それが日本企業の弱みではないかと、筆者は考えています。上級マネジメントの欠如が吉本興業事件の真の原因だとするならは、日本企業のほとんどは吉本興業を嗤う訳には行きません。他山の石として、我が身を振り返る必要がありそうです。
「上級マネジメントとは何か?」StrateCutionsのホームページで簡単な解説を掲載しています。興味のある方は、ぜひ、ご覧ください。
<本コラムの印刷版を用意しています>
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、コンサルタントの知恵を皆さんの会社でも活用してみてください。
なお、冒頭の写真は写真ACからkuaさんご提供によるものです。
kuaさん、どうもありがとうございました。
プロフィール
StrateCutions
代表 落藤 伸夫
1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。
1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。
2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。
Webサイト:StrateCutions
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- 第42回 こんな会議になっていませんか?
- 第41回 理解力について職場の「あるある」
- 第40回 上級マネジメント・チェックリスト
- 第39回 吉本興業に必要な上級マネジメント
- 第38回 吉本興業事件の真の原因は何か?
- 第37回 顧客かつ対戦相手として研修生と向き合う
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- 第35回 受講生と足並みを揃える
- 第34回 5次元社会で活躍が期待される人材像
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- 第31回 新人研修でカルサバから脱皮する
- 第30回 カルサバ人材開発計画が危険な理由
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