第4回
経営改善に踏み込めなかったケース
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
少し気負った言い方になってしまいますが「中小企業診断士」という名称の資格を名乗っている以上、「企業のお医者さん」だと自負しています。きちんと企業を観察(診察)して、もし改善が必要なポイントがあるならば指摘(診断)し、社長と伴走しながら会社を立て直して(治療)いくのです。人間の場合だと、特に大きな病気を抱えてしまった場合には、かなり苦労しながら治療を受けなければなりません。それと同様、企業の場合でも、経営を顧みなかった期間が長いと、経営を立て直すために長期間にわたる多大な努力が必要になる場合があります。
そういう時に時々、現れるのが「素人の甘い助言」です。例えば「中小企業診断士に『本気で経営改善しなければならない』と言われたんだって?そんなことはないよ。企業の問題は、突き詰めると売上不足なんだ。売上さえ向上させれば、すぐにうまくいく。そして今の時代には、売上をあげる方法はたくさんあるんだ。何も苦労して経営努力する必要はない。自分が良い方法を知っているよ。」そういう提案があるのです。そして少なからぬ社長さんが、その言葉を頼ってしまいます。
ある美容院のケース
中小企業診断士として、ある税理士さんからご紹介された美容院のケースです。地方都市の、戦後から続く歴史ある美容院として、一目置かれる存在だそうです。一時は、地元の有名結婚式場とも提携して出店を設けているほどでした(現在では、出店費用をペイできないので撤退しましたが)。それでも、市内の目抜き通りに店舗を構えて「市内の同業者と比較して頭一つ突き抜けた」ように見える美容院でした。しかし実際は、利益は上がっていなかったのです。結婚式場に出していた店での累積赤字や撤退費用、そして立直しのために本店を大改装した費用のため多額の借入があり、資金繰りを圧迫していました。決算書上の赤字額は微額のように見えましたが、銀行借入の返済を優先したため、税金や社会保険料を多額に滞納している状況だったのです。当然、新規の借入はできません。
決算書を見せてもらったこちらの方が先行きについて不安になってしまう状況でしたが、お話を聞くと経営者は「今回も、またなんとかなるだろう」という印象を持っておられるようでした。だからと言って、現状を続けていって良いはずはありません。その企業に必要なのは止血(仕入先や従業員、税金や社会保険料等以外の扶養普及の支払いをシャットアウトすること)と増血(売上を増やしてキャッシュフローを増やすこと)です。売上拡大とコスト削減を同時に実現しなければならないので、かなりの痛みを伴う改革が必要だし、なりふりを構わぬ営業活動が必要になります。
現状は、「事業再生」を断行しなければならないデッドライン直前というべきポイント。しかし、従業員数人の零細美容院だと事業再生は難しく、そこに至る前に対処するのが得策です。例えば名の通った温泉旅館であれば、地域活性化や従業員の雇用確保などを訴えて金融機関の協力を取り付けることができるかもしれません。「それなりの資産を持つ一方でバブル期の負の遺産がキャッシュフローを脅かしている」などの構図があれば、再生支援の枠組みを利用することも可能になります。しかし零細な美容院の場合、「ここで債権放棄をしても、長い目で見れば金融機関のメリットになる」との説明が難しいのが実情です。活用できる事業再生スキームもほとんどありません。当該企業にとっては、その時が、起死回生できる事実上、最後のチャンスのように感じられました。
「素人」の提案
当該美容院の状況では、このまま放置すると、キャッシュフローが月毎の借入金返済額を下回るのは時間の問題です。税理士も、そのことを危惧していました。そしてそれは、当社の実情でみるならば、倒産を意味するのです。「私としても、かなり踏み込んだご支援をしなければならないな」と覚悟を決め、全力で経営改善に取り組むようご提案しました。
しかしそのご提案は、あっさりと断られました。「もっと即効性のある方法を提案してくれる人がいたから」というのが、その答えでした。この企業に即効性のある再建方法などあるのかと怪訝な思いで聞いてみると、なんと「ホームページを見栄えするものに作り変える」とのこと。しかし、その企業には自由に使えるキャッシュはびた一文もありません。どうやってその支払いをするのかと聞くと、「長い付き合いのある友人が、低価格で対応してくれる業者を紹介してくれることになっている」との答えでした。
事業改善が必要な企業にとって、もしかしたら、最大の敵の一つは「素人の甘い助言」かもしれません。例えば「中小企業診断士に相談したんだって?何と言われた?本気で経営改善しなければならないって?彼は何も分かっていないな。売上が万難を隠すんだよ。経営者は売上向上だけに集中していれば良いのだ。そして今の時代、売上に必要なのはインターネット活用への投資だ。それさえ行えば、後は自動的に売上が上がっていく。そちらの方が楽で良いよ。」そういう提案があるのです。
「決算状況や、滞納した税金や社会保険料の請求書の山を見れば、効果が見えないホームページ改造にお金をかけるのは得策ではありません。今すぐ止血と、効果的な営業策が必要です。一緒に取り組んでいきましょう!」とご提案しましたが、結局、そのご提案は拒絶されました。紹介者である税理士さんから、お声がかからなくなったのです。大変残念ですが、聞く気持ちになっていない方を説得するのは、事実上不可能です。
StrateCutionsが提案できるソリューション
では、提案が受け入れられた場合には、StrateCutionsはどんなご支援を予定していたか。簡単にまとめてみます。
この美容院が絶対に犯してはならないのは、借入はもちろん、仕入等に関わる支払いの延滞です。資金繰表(月次だけでなく週次、必要ならば日次も)を作成して万全を期します。
次は止血です。社長や経理担当者、税理士と共に経費を徹底的に洗い出し不要不急の支払いをストップします。この作業は、多くの場合、経営者(役員報酬をとっている方々)についても行います。
次に売上向上策を検討します。キャンペーンやお誕生月割引等の策を積極的に実施して、フィードバックして効果を高めます。また、企業独自の強みを生かした売上向上策も模索していきます。
一方で、債権者へのコミュニケーションも必要になります。税金や社会保険料の滞納は顧問税理士や社会保険労務士と相談しながら、金融機関へのコミュニケーションは戦略的に対応していきます。
このような状況にある企業のご支援において、計画以上に大切なのは、実行です。せっかくの計画も絵に描いた餅では全くキャッシュは生まれず、起死回生に繋がらないのです。StrateCutionsでは、経営者を先頭に会社の全員が再起に向かって力を尽くすよう定期的に経営会議を開催するなどして、再生のプロセスを伴走します。
<本コラムの印刷版を用意しています>
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙2枚のボリュームで、表裏印刷すれば一枚にまとまるのでとても読みやすくなっています。また、コラム(本欄)ではコンパクトにまとめたStrateCutionsからのご提案についても、各項目をしっかりとご説明しています。印刷版を利用して、是非、繁盛企業になるための方法を倒産企業からしっかりと学んでみてください。
プロフィール
StrateCutions
代表 落藤 伸夫
1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。
1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。
2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。
Webサイト:StrateCutions
- 第49回 期待によるモチベート
- 第48回 「褒める」はモチベート策になるか?
- 第47回 モチベーション策を考える
- 第46回 年末にモチベーションを維持する
- 第45回 台風19号で被災した中小企業への支援
- 第44回 理解力を高める唯一の方法
- 第43回 理解力低下の破壊力
- 第42回 こんな会議になっていませんか?
- 第41回 理解力について職場の「あるある」
- 第40回 上級マネジメント・チェックリスト
- 第39回 吉本興業に必要な上級マネジメント
- 第38回 吉本興業事件の真の原因は何か?
- 第37回 顧客かつ対戦相手として研修生と向き合う
- 第36回 研修の前からスタートする
- 第35回 受講生と足並みを揃える
- 第34回 5次元社会で活躍が期待される人材像
- 第33回 今、存在しない人材の育成
- 第32回 どんな人材を育てようとしているか
- 第31回 新人研修でカルサバから脱皮する
- 第30回 カルサバ人材開発計画が危険な理由
- 第29回 カルサバ人材開発が企業をダメにする
- 第28回 最も困難な人材開発から学べること
- 第27回 最も困難な人材開発から学ぶ
- 第26回 飛躍できる企業を育てる
- 第25回 孫社長の飛躍の秘密
- 第24回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(2)
- 第23回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(1)
- 第22回 人材難を乗り越える人材育成教育
- 第21回 人材難を乗り越える人材育成の方法
- 第20回 人材難を乗り越える人材育成
- 第19回 目指せ!新ビジネスモデル
- 第18回 人手不足にどう対応するか
- 第17回 起業家が犯しやすい間違い
- 第16回 挨拶できてもダメなお店・企業
- 第15回 コラム名変更に込めた想い
- 第14回 従業員を軽視した工場のケース
- 第13回 準備で忙しかった先生のケース
- 第12回 経理の疎さが危機を招いたケース
- 第11回 周囲を蹴落としたら自分の所在もなくなってしまったケース
- 第10回 お金の使い方でサラリーマンから卒業できなかったケース
- 第9回 事業承継への消極性が企業の持続力を奪ってしまったケース
- 第8回 二代目の多店舗戦略が裏目に出たケース
- 第7回 リスケ後に安穏としてしまったケース
- 第6回 消極投資で自分を窮地に追い込んでしまったケース
- 第5回 自信を持った二代目社長のケース
- 第4回 経営改善に踏み込めなかったケース
- 第3回 金融機関を渡り歩いて事業改善を怠ったケース
- 第2回 仮説に固執して事業改善のタネを見付けきれなかったケース
- 第1回 事業改善して繁盛企業になれる方法を倒産企業から学ぶ