第35回
受講生と足並みを揃える
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
組織の側からと講師の側、人材育成のフィールドに両側から関わる立場に身を置いて痛感するのは「人材育成は、何のために行なっているのか」ということです。「当たり前ではないか。社員に成長してもらうためだ。」おっしゃる通りだと思います。しかし、普段、その通りに言動しているでしょうか?組織人であった時にはいつも、気になっていたことです。特に本年度の振返り評価から次年度の研修計画を立てる時に、ジレンマに悩まされてきました。
受講生が持ちがちな判断基準
この時に何をするかというと、皆さんも経験があると思いますが、当期に行った研修の振返りを行います。その材料となるのが受講生のアンケートであり、特に満足度です。この時に頭をよぎるのは、「受講生は、自分の成長を基準に満足度を測っているのだろうか?それとも『楽しかった』とか『楽だった』を基準にしているのだろうか」ということです。これはもちろん、後者を基準に判断・記載している社員も少なくないのではないかとの懸念があるからです。というか、自分が人材開発に携わるようになる前は、それを基準に判断していたと反省しています。
ちなみに、この問題は技術面での研修よりも、役割面での研修で顕著に起きているのではないかと感じていました。技術面での研修とは、筆者の造語ですが、IT機器の習得や法律・制度等に関する研修を指しています。社内の人事制度説明会なども、こちらの研修に含まれています。研修として伝えるべき内容が明確で、講師によっての差が出にくいのです。もし極端に満足度が低い講師がいたとしたら、伝え方や質問への対応に問題があったと考えても大きな誤りはありません。
一方で、役割面での研修とは、管理職研修などを指しています。この種の研修の特徴は、伝える内容が講師毎に大きく違うことです。例えば「管理職研修」の場合、「部下に命令する立場の心得」を語る講師のほか、「リーダーシップ論」を語る講師、「上司としての物の言い方」を伝える講師など、さまざまです。各々にもアプローチの違いがあり、例えばリーダーシップ論ならば、代表的とされているリーダーシップ論の網羅的説明に終始する講師もいれば、特定の考え方に則って実践まで踏み込む講師もいます。
アンケートで判断する危険性
このような状況があるとかんじながら、アンケート集計結果で翌期の計画を立てることについて、筆者は複雑な思いでいました。満足度を中心とした集計では、年月を重ねる毎に「従業員の成長を目指した研修」ではなく「現状を肯定するタイプの研修」が増えてしまう可能性があると危惧したのです。
一方で、役割面での研修について「スパルタ方式の、評判の悪い研修」を残せば良いのかというと、そうとも限りません。筆者が前職で実際に受けた管理職研修は、「スパルタ」の名を借りた講師の独断偏向と感じられました。その講師が以前に勤めていた職場で使ったマネジメント手法が、業種も仕事の進め方も異なる職場で機能するとは思えなかったのです。その講師が「基礎的な言動」と考えていた「大声を張り上げる挨拶」を私たちができなかったことをもって「マネジャー失格」と決めつけられて「厳しく叩き直す」と宣言されても、反感を持つだけでした。
受講生に「成長」を植え付けて足並みを揃える
以上の状況で「本当に人材の育成」に繋がる、受講者の成長をもたらす研修を選んでいくにはどうすれば良いか。いろいろ考えた末に到達したのは「受講生に成長意識をもってもらう努力をした上で、それを基準とした評価を行うよう足並みを揃える」ことでした。
私が実践したのは以下の方法です。研修担当者自身が受講して「これなら受講生の成長に繋がる」と感じた研修を実施する(自らも聴講できるとなお良い)と共に、実施後に受講生とフリートーキングを行います。そこで「あの講師の言い方は厳し過ぎた」との発言があれば「皆さんの意識を変え、行動を変えるために必要と考えての表現ではないか」と更問してみます。「なるほど、そうかもしれない」という声が多いのか、「いや、講師の想いは伝わらない。なぜならば・・・」が多いのかで、研修担当者としての私の意識を調整できます。一方で、このやり取りをすることで受講生に研修担当者の想いが伝わり、アンケートの精度が多少なりとも向上すると期待したのです。
その後、筆者は退職・独立したので「この方式が良い」と確言はできません。今は講師の立場で「この方式で翌年期の研修を決めてくれれば良いな。そして、自分が選ばれたいな」と考えています。
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プロフィール
StrateCutions
代表 落藤 伸夫
1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。
1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。
2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。
Webサイト:StrateCutions
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- 第41回 理解力について職場の「あるある」
- 第40回 上級マネジメント・チェックリスト
- 第39回 吉本興業に必要な上級マネジメント
- 第38回 吉本興業事件の真の原因は何か?
- 第37回 顧客かつ対戦相手として研修生と向き合う
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- 第35回 受講生と足並みを揃える
- 第34回 5次元社会で活躍が期待される人材像
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- 第23回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(1)
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