第36回
研修の前からスタートする
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
先回、人事担当者と受講生との意識合わせが大切とご説明しました。次期研修の改善にあたり受講生からのアンケートは重要な資料となりますが、受講生が研修の意図を汲んでくれないと「楽しい・楽な」研修の評価が高くなる傾向があるのです。これをベースに次期研修を設計すると、受講生の成長ではなく現状肯定の研修が増えてしまうことになりかねません。
そのため筆者が取っていたのは受講生との交流です。実施後に受講生とフリートーキングを行い、例えば「あの講師の言い方は厳し過ぎた」との意見があれば「皆さんの意識を変え、行動を変えるために必要との考えに基づいた表現ではないか」と更問することで、受講生の突っ込んだ意見を集めると共に人材育成担当者としての狙いなども伝えていくのです。
研修前にすり合わせる大切さ
前回の記事をご覧になって「受講生と人材育成担当との意識のすり合わせは大切だな。しかしもし実行するなら、研修後よりも研修前に何か手当したいものだ」と思われた方もおられると思います。筆者も、そう思います。そうした方が、アンケートの精度が高くなるばかりでなく、研修効果も高くなると考えられます。多くの企業で研修は、人材育成担当部門が設計して現場に「通告する」形で実行されているのではないかと思います。例えば「昇格して初めて管理職になった人材を対象にした管理職初任者研修を○月○日(1日)実施する」というようにです。これを伝えることで、受講生や所属部門がスケジュール調整してくれます。
一方で、研修の狙いや期待する到達点等は伝えられないことが多いのではないでしょうか?「下手に伝えると事前の意見が多くなり、対応が面倒になる」という声も聞こえてきます。その気持ちも理解できます。
しかし筆者は、目的や目標を事前にお伝えするようお勧めしています。それを伝えることで、受講生が目的・目標を意識してくれるからです。皆さんは「この事務所で赤色は何か?」を問うワークをご存知でしょう。最初は「この事務所の特徴を記憶してください」と依頼し、事後に「この事務所で赤色は何でしたか」と質問すると、答えらえる人はほとんどいません。しかし、最初から「この事務所で赤色は何か、後で質問するので覚えておいて下さい」と依頼すると、多くの人が正しく答えられます。期待する成果を事前に伝えておくと、目的や目標の吸収が格段に良くなります。
面談して丹念にすり合わせる
目的や目標を研修前に簡単にでも伝えておくことにより格段の成果が見込まれるなら、それを行わないという手はありません。それをもっとパワーアップする方法もあります。個人面談などを利用して、丹念にすり合わせを行うのです。「すり合わせるだって?事前にすり合わせると現場からの要望(言葉を変えると『愚痴』)が多くなって、収集がつかなくなると言ったではないか。」はい、それは筆者も痛感しています。その問題について筆者は、「仮説検証協力についてのすり合わせ」に置き換えることで対応してきました。
「これから行う研修についてすり合わせたい」というと、意見が噴出する一方で、人材開発担当側には対応する術がありません。今年計画はもう「決まった」ことだからです。一方で、来年については意見を聞くことはできます。「昨年研修アンケート等の分析結果と新たな情報収集の成果を盛り込んで今年度研修を設計した。来年は更に研修を改善していきたいので、これから話す目的・目標を実現できる研修だったか、受講後にフィードバックをもらいたい。しっかり、受講して意見を伝えて欲しい」と依頼するのです。この申し出が拒絶されることは考えられませんし、多くの場合、受講そのものの質も向上します。
アンケート・コミュニケーション向上を目指す
人材開発において、研修アンケートの質の改善は、何にも増して取り組む価値があります。アンケート結果が「易きに流れる」要因になるのはもちろんのこと、「害にもならないが薬にもならない」に終わらせてしまうことは、大変もったいないことです。
そのためにどうすれば良いか?結局は、受講生や現場と意識をすり合わせるのが一番だと考えられます。意識のすり合わせは、下手をするとお互いの気持ちが乱されるだけで成果が得られない結果に陥りがちですが、こちらの考えを事前に工夫しながら伝え、事後に活かせる情報を意識的に引き出すよう仕向けることができれば、考えのブレは避けられ、有用な情報が得られます。受講の質も向上するかもしれません。アンケートを一方的な情報伝達から双方向のコミュニケーションへ切り替えることがポイントになるのです。
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プロフィール
StrateCutions
代表 落藤 伸夫
1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。
1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。
2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。
Webサイト:StrateCutions
- 第49回 期待によるモチベート
- 第48回 「褒める」はモチベート策になるか?
- 第47回 モチベーション策を考える
- 第46回 年末にモチベーションを維持する
- 第45回 台風19号で被災した中小企業への支援
- 第44回 理解力を高める唯一の方法
- 第43回 理解力低下の破壊力
- 第42回 こんな会議になっていませんか?
- 第41回 理解力について職場の「あるある」
- 第40回 上級マネジメント・チェックリスト
- 第39回 吉本興業に必要な上級マネジメント
- 第38回 吉本興業事件の真の原因は何か?
- 第37回 顧客かつ対戦相手として研修生と向き合う
- 第36回 研修の前からスタートする
- 第35回 受講生と足並みを揃える
- 第34回 5次元社会で活躍が期待される人材像
- 第33回 今、存在しない人材の育成
- 第32回 どんな人材を育てようとしているか
- 第31回 新人研修でカルサバから脱皮する
- 第30回 カルサバ人材開発計画が危険な理由
- 第29回 カルサバ人材開発が企業をダメにする
- 第28回 最も困難な人材開発から学べること
- 第27回 最も困難な人材開発から学ぶ
- 第26回 飛躍できる企業を育てる
- 第25回 孫社長の飛躍の秘密
- 第24回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(2)
- 第23回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(1)
- 第22回 人材難を乗り越える人材育成教育
- 第21回 人材難を乗り越える人材育成の方法
- 第20回 人材難を乗り越える人材育成
- 第19回 目指せ!新ビジネスモデル
- 第18回 人手不足にどう対応するか
- 第17回 起業家が犯しやすい間違い
- 第16回 挨拶できてもダメなお店・企業
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- 第14回 従業員を軽視した工場のケース
- 第13回 準備で忙しかった先生のケース
- 第12回 経理の疎さが危機を招いたケース
- 第11回 周囲を蹴落としたら自分の所在もなくなってしまったケース
- 第10回 お金の使い方でサラリーマンから卒業できなかったケース
- 第9回 事業承継への消極性が企業の持続力を奪ってしまったケース
- 第8回 二代目の多店舗戦略が裏目に出たケース
- 第7回 リスケ後に安穏としてしまったケース
- 第6回 消極投資で自分を窮地に追い込んでしまったケース
- 第5回 自信を持った二代目社長のケース
- 第4回 経営改善に踏み込めなかったケース
- 第3回 金融機関を渡り歩いて事業改善を怠ったケース
- 第2回 仮説に固執して事業改善のタネを見付けきれなかったケース
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