第6回
消極投資で自分を窮地に追い込んでしまったケース
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
業歴の長い企業で、尊敬すべき経営理念が原動力となっていることが少なくありません。地元に永く根付いて名産品を製造販売しているような企業には、何十年も前に導入した設備を大切に、メインテナンスしながら使っている企業も見受けられます。しかし、今までその企業を支えてきた経営理念がいつの間にか企業を蝕み、時には破壊的な影響を及ぼしてしまうこともあり得ます。そういうケースを見るのは、とても辛いことです。
投資に慎重な企業
ある信用保証協会に審査マンとして出向した時の出来事です。ある菓子製造販売業社から保証申込みがありました。決算書を見ると、事業用資産がほとんどないことに気が付き、「本当に事業をしているのか?」と疑問に思い職員である審査マンに聞くと、地元では有名な和菓子製造販売店とのこと。「堅実経営の見本」を体感できると勧められ、見学させて頂きました。
製造設備はほとんどないと予想して訪れましたが外れました。こじんまりした作業場に一杯、機械設備が設置されていました。各機械は少なくとも10年経過しており、多くの機械は30年以上にも及ぶとのこと。減価償却は終わっているので、決算書上は機械設備が不足しているように見えたのです。
経営者にヒアリングすると、昔ながらの機械でないとお客様に長年ご愛顧頂いた味がでないとのこと。「この街に住む皆さんに故郷の味を提供するのが私たちの役目。他所で売って儲けようと気持ちはないのです。そのために味が変わっては本末転倒です」という代表者の言葉には説得力がありました。
しかし数年後、東京に帰任した後に目にしたのは、その菓子店が倒産した旨の保険金請求書でした。倒産原因は「収益力脆弱」とされていました。
「収益力脆弱」の意味
「収益力脆弱」という倒産原因に、最初、大きな違和感がありました。その会社の強みは、薄利ながらも会社を継続できる低コスト体質だと感じていたからです。「売上の拡大を目指さず、地元の根強い愛好者に応える製品造りを守る」という経営理念のもと、一見すると良さげに見える投資も慎重に検討するという判断が金額のかさむ設備投資を不要にし、良いサイクルを実現していると感じられたのです。
もちろん、売上の低下はあったようです。和菓子文化が根付いている地方都市で根強い顧客を確保しているとしても、時代が流れるにつれて売上は低下していきました。「では、どちらかというと売上低下が原因ですか?」と聞くと、やはり「収益力低下」であるとのこと。よく話を聞くにつれ、私が感じていた「低コスト体質」が維持できなくなったという事情のようでした。「過剰投資に流れたのですか?」と聞くと、「そうではないんだが」という歯切れの悪い返答です。
他企業との比較で見えてきたこと
この企業が倒産に至ったからくりは、思わぬところで解明できました。ある包装資材卸企業をご支援するうちに、間接的に見えてきたのです。
約50年にも及ぶ業歴を誇るその包装資材卸企業は、以前は高い利益率をあげてきましたが、だんだんと収益力を維持できなくなっていました。「今までと同じように堅実な経営を続けているのに、なぜ収益が確保できなくなってきたのだろう?」経営者は首を傾げていましたが、現場を仔細に観察すると答えが見えてきました。「当社は10,000以上のアイテムを扱っており、中には特定顧客向け数品だけの在庫もある。大手企業が導入するような先進的倉庫はコスト倒れで、優秀な担当者の記憶に頼るしかない。」その考えが判断誤りの原因だったのです。
大企業が誇る先進的な倉庫システムは、その経営者が考えるように必要ないでしょう。しかしだからといって、現代的な仕組みを全く利用する必要はない訳ではありません。逆にそのような業態だからこそ、一年に一度あるかないかのオーダーがあった場合に即時に保管場所が表示される在庫システムが重要だったのです。在庫システムがあれば5分で終わる仕事を、担当者の記憶に頼って10分かけて作業をし、記憶違いの場合には30分から1時間かけ、時には半日も捜索する(年一度オーダーの商品が欠品していた場合、欠品の事実そのものが認識されないため、あるはずのない在庫を探して時間がかかってしまう)状況が、収益力の弱さに繋がっていました。
このコスト高は、長年にわたり同じように仕事している当事者には認識できません。しかし発注者は、原因はわからないとはいえ、他業者より提示価格が高いという形で認識されます。結果的に、現代的システムの利便性を競合他社は享受している中、当社だけが享受していないことが原因で競争力を失い、今までは同業他社よりも効果的に働いてもらってきた人材の人件費さえも支えられないという「収益力不足」に陥ったのです。先に挙げた和菓子製造業者と同じ構図で、放置していたら倒産に至る可能性がありました。
StrateCutionsが提案できるソリューション
この和菓子製造業者はどうしたら倒産を避けられたのでしょうか?以下、この企業が赤字に転落した時点で支援の要請があった場合に提案できる対策を簡単にまとめてみます。
StrateCutionsでは、ご支援のスタート時に過去3期分の財務諸表を使っての財務診断を行います。この和菓子店を財務分析すると、現場を見た場合の印象とは違って、高コスト体質であることが判明するでしょう。
次にこの理由を解明していくことになります。StrateCutionsで原因究明する場合のアプローチは主に2つ、一つは現場を仔細に観察する方法。もう一つの方法は仮説を用いる方法です。中小企業のコスト高を考える時に「ITの活用不足」は問うてみるべき潜在要因です。StrateCutionsでは、これまでの支援実績に基づくノウハウに加えて、サポートチームの一員であるIT業者などに意見を聞いて、ITを導入していないことが競争力低下の原因になっていないかを検証していきます。
IT機器を活用して業務効率を向上していこうと模索している中小企業に向けて、国は積極的な支援を計画しているようです。平成29年度補正予算で実施された「IT導入補助金」は、今年度は更に予算を拡大して募集するとのアナウンスもされています。このような制度を活用して事業改善を進めていくことは、中小企業の生き残りには必要不可欠と言えるでしょう。
<本コラムの印刷版を用意しています>
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙2枚のボリュームで、表裏印刷すれば一枚にまとまるのでとても読みやすくなっています。また、コラム(本欄)ではコンパクトにまとめたStrateCutionsからのご提案等についても、現場プロセスを仔細に検討する重要性などについてしっかりとご説明しています。印刷版を利用して、是非、繁盛企業になるための方法を倒産企業からしっかりと学んでみてください。
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プロフィール
StrateCutions
代表 落藤 伸夫
1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。
1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。
2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。
Webサイト:StrateCutions
- 第49回 期待によるモチベート
- 第48回 「褒める」はモチベート策になるか?
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- 第46回 年末にモチベーションを維持する
- 第45回 台風19号で被災した中小企業への支援
- 第44回 理解力を高める唯一の方法
- 第43回 理解力低下の破壊力
- 第42回 こんな会議になっていませんか?
- 第41回 理解力について職場の「あるある」
- 第40回 上級マネジメント・チェックリスト
- 第39回 吉本興業に必要な上級マネジメント
- 第38回 吉本興業事件の真の原因は何か?
- 第37回 顧客かつ対戦相手として研修生と向き合う
- 第36回 研修の前からスタートする
- 第35回 受講生と足並みを揃える
- 第34回 5次元社会で活躍が期待される人材像
- 第33回 今、存在しない人材の育成
- 第32回 どんな人材を育てようとしているか
- 第31回 新人研修でカルサバから脱皮する
- 第30回 カルサバ人材開発計画が危険な理由
- 第29回 カルサバ人材開発が企業をダメにする
- 第28回 最も困難な人材開発から学べること
- 第27回 最も困難な人材開発から学ぶ
- 第26回 飛躍できる企業を育てる
- 第25回 孫社長の飛躍の秘密
- 第24回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(2)
- 第23回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(1)
- 第22回 人材難を乗り越える人材育成教育
- 第21回 人材難を乗り越える人材育成の方法
- 第20回 人材難を乗り越える人材育成
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- 第17回 起業家が犯しやすい間違い
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- 第14回 従業員を軽視した工場のケース
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- 第12回 経理の疎さが危機を招いたケース
- 第11回 周囲を蹴落としたら自分の所在もなくなってしまったケース
- 第10回 お金の使い方でサラリーマンから卒業できなかったケース
- 第9回 事業承継への消極性が企業の持続力を奪ってしまったケース
- 第8回 二代目の多店舗戦略が裏目に出たケース
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- 第6回 消極投資で自分を窮地に追い込んでしまったケース
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- 第2回 仮説に固執して事業改善のタネを見付けきれなかったケース
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