第39回
吉本興業に必要な上級マネジメント
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
先回記事で、所属芸人が反社会勢力のパーティー等に参加する「闇営業」をきっかけにバトル化してしまった吉本興業について、その真の原因が「上級マネジメントの不在にある」と指摘したところです。今回は、では吉本興業はどのような上級マネジメントを行うべきかを考えてみたいと思います。
コンプライアンスから考えていくことについて
吉本興業は、この問題について、所属芸人が反社会的勢力と関わりを持たないよう運用を厳格化する、すなわちコンプライアンス強化で対応すると表明しています。このアプローチは、問題への対応という観点では合理的のように感じられますが、たぶん問題は解決されず、逆に悪化してしまう可能性があります。なぜならこのアプローチは、闇営業の問題を全面的に芸人の責任とし、今後は会社が厳しく規制する方向性だからです。一方の芸人は、「給料の安さが闇営業の原因だ。責任の一端は会社にもある」と考えています。反発を招くに違いありません。
「ならば吉本興業は十分な給料を払えと言うのか?」いいえ、それも無理でしょう。吉本興業は、実際には「放送局などからそれなりのフィーで出演依頼のある芸人のプロモーション・マネジメント」と「まだ修行中の芸人がチャンスを掴むサポート」の2つの事業を行なっています。後者段階の人々に、他の事業体は料金を取ってビジネスとしています。「吉本興業にも『NSC(New Star Creation、New School of Creativity)』がある」との指摘がありそうですが、NSCを概観すると吉本興業の門を叩く人々のゲートウエイとしての機能がメインのようです。卒業生は「吉本興業の所属芸人」となりますが、卒業生が全ていっぱしの芸人レベルには到達しているかというと、そうとは言えないないようです。吉本興業がこの段階の人たちに十分な給料を出すと、事業体として成り立たなくなる恐れがあります。
上級マネジメントのシナリオ
このような状況下、吉本興業の上級マネジメントを考えるには、ビジネスモデルを制約条件としながら、経営の大原則が成立するシナリオを描く必要があります。経営の大原則とはドラッカーが示したもので「会社(経営陣)と従業員の目指す方向性を合わせる」ことです。吉本興業の場合、会社は「人々にお笑いを届けて幸せにしたい。それで会社としてのビジネスを維持・拡大していきたい」、芸人は「私の芸で人々を笑わせたい。それで一人前の芸人と言われるようになりたい」でしょう。これをみると吉本興業と芸人の方向性は、もともと一致しています。それなのに今のマネジメントでは一致していません。
では、これらを一致させるためにどうしたら良いか?一般企業の場合、評価制度を工夫します。恣意的な評価では逆効果なので、個人の努力が会社の成果に繋がるか検証できる体制作り(例:部門別経理)も必要でしょう。そして会社が手にした業績を分配することで、従業員は会社と軸が合っていることを実感できます。業績向上のため、もしくは将来も業績を出し続けるため、従業員の教育・訓練も大切です。仕上げとして、不正等で思わぬ損害が出ないようコンプライアンス体制を整えます。
誰を、何で評価するのか
吉本興業の場合、いっぱしの芸人については「テレビなどからお声がかかる」や「高いギャラが提示される」という形で評価できます。しかし問題は修行中の芸人です。彼らは、いっぱしの芸人と同様に評価できません。それに、これらの人々を芸人としてだけ評価して良いのでしょうか?芸人を目指してNSCに入学、所属芸人となったが、マネジャーや営業、その他間接部門に向いている人もいるでしょう。フィールドを変えた方が、芽を出せる人もいると思います。複眼的な評価が必要なのです。
NSCにメスを入れる
また、修行中の芸人と会社の軸を合わせるためには、NSCの位置付けも変革する必要がありそうです。筆者が推察するにYPSは現在、リクルート活動のゲートウエイとして機能しており、吉本興業にとっては「コストセンター(費用が発生する部門)」という位置付けと考えられます。これを収入と費用の両方を鑑みる「リベニューセンター」とするのです。
もちろん、NSCの学費だけで収支バランスを取ることは難しいでしょう。吉本興業に優秀な卒業生を送り込んだ時に報奨金をもらうことが考えられます。学生をテレビや傘下の劇場に登場させた出演料も収入にできるかもしれません。逆に、1年学んだが卒業レベルに達しなかった者には再履修させるコースも設けることができるでしょう。これらの措置により、吉本興業が目指す「全国津々浦々にお笑いを浸透させる」という軸と、芸人の「芸を磨き、いっぱしの芸人に貪欲に成長していく」という軸がより緊密に合っていきます。これを実現するため、NSCそのものが自己変革するエネルギー源ともなるでしょう。
ここに挙げたのは、上級マネジメントのほんのさわりです。一方で関係者は、「今の体制からすると、難しいな」との感想を持たれると思います。しかし社会が急激に変動している中、吉本興業がこれまでと同様、もしくはこれまで以上に社会に貢献する存在になるためには、上級マネジメントを見直し、機能させることが急務であると思われます。そして実は、このことは、日本企業のほとんど全ての企業に言えることだと感じられます。
<本コラムの印刷版を用意しています>
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、コンサルタントの知恵を皆さんの会社でも活用してみてください。
なお、冒頭の写真は写真ACから acworksさんご提供によるものです。
acworksさん、どうもありがとうございました。
プロフィール
StrateCutions
代表 落藤 伸夫
1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。
1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。
2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。
Webサイト:StrateCutions
- 第49回 期待によるモチベート
- 第48回 「褒める」はモチベート策になるか?
- 第47回 モチベーション策を考える
- 第46回 年末にモチベーションを維持する
- 第45回 台風19号で被災した中小企業への支援
- 第44回 理解力を高める唯一の方法
- 第43回 理解力低下の破壊力
- 第42回 こんな会議になっていませんか?
- 第41回 理解力について職場の「あるある」
- 第40回 上級マネジメント・チェックリスト
- 第39回 吉本興業に必要な上級マネジメント
- 第38回 吉本興業事件の真の原因は何か?
- 第37回 顧客かつ対戦相手として研修生と向き合う
- 第36回 研修の前からスタートする
- 第35回 受講生と足並みを揃える
- 第34回 5次元社会で活躍が期待される人材像
- 第33回 今、存在しない人材の育成
- 第32回 どんな人材を育てようとしているか
- 第31回 新人研修でカルサバから脱皮する
- 第30回 カルサバ人材開発計画が危険な理由
- 第29回 カルサバ人材開発が企業をダメにする
- 第28回 最も困難な人材開発から学べること
- 第27回 最も困難な人材開発から学ぶ
- 第26回 飛躍できる企業を育てる
- 第25回 孫社長の飛躍の秘密
- 第24回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(2)
- 第23回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(1)
- 第22回 人材難を乗り越える人材育成教育
- 第21回 人材難を乗り越える人材育成の方法
- 第20回 人材難を乗り越える人材育成
- 第19回 目指せ!新ビジネスモデル
- 第18回 人手不足にどう対応するか
- 第17回 起業家が犯しやすい間違い
- 第16回 挨拶できてもダメなお店・企業
- 第15回 コラム名変更に込めた想い
- 第14回 従業員を軽視した工場のケース
- 第13回 準備で忙しかった先生のケース
- 第12回 経理の疎さが危機を招いたケース
- 第11回 周囲を蹴落としたら自分の所在もなくなってしまったケース
- 第10回 お金の使い方でサラリーマンから卒業できなかったケース
- 第9回 事業承継への消極性が企業の持続力を奪ってしまったケース
- 第8回 二代目の多店舗戦略が裏目に出たケース
- 第7回 リスケ後に安穏としてしまったケース
- 第6回 消極投資で自分を窮地に追い込んでしまったケース
- 第5回 自信を持った二代目社長のケース
- 第4回 経営改善に踏み込めなかったケース
- 第3回 金融機関を渡り歩いて事業改善を怠ったケース
- 第2回 仮説に固執して事業改善のタネを見付けきれなかったケース
- 第1回 事業改善して繁盛企業になれる方法を倒産企業から学ぶ