第23回
カルロス・ゴーンの2つの教訓(1)
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
カルロス・ゴーンが有価証券取引法違反などの疑いで逮捕された事件は日本中を震撼させました。筆者の周囲でも、ニッサン、ニッサン関連会社、そして日本経済の今後を心配する声が上がっています。ゴーンが受け取ったとされる報酬や、そのうち有価証券報告書に記載されなかった金額の大きさに驚く人も多くいました。一方で、今回の逮捕には複雑な事情が絡んでいるようでもあり、逮捕についてのコメントは、もしかすると時期尚早なのかもしれません。
一方で、倒産寸前ニッサンの救世主とまで言われたゴーンと、今、このような嫌疑を受けて逮捕され、せっかく回復させたニッサンに大きな打撃を与えてしまったゴーンの両側面から、学ぶことは多いと思われます。ゴーン逮捕のショックが冷めやらぬ今、それに思いを馳せることは経営に携わる者に大きな意味があります。2週連続で考えてみましょう。
合理的なマネジメントの実践者
ゴーンのポジティブな側面は「合理的なマネジメント」と「人を巻き込むリーダーシップ」で表現できるでしょう。1999年当時、倒産さえ危ぶまれていたニッサンに乗り込んで短期間に再生計画「日産リバイバル・プラン」を策定し、あまりにも高いハードルを見て内外から「無理ではないか」との声が上がる中、結局は前倒しで達成したゴーンの手腕に、当時の経営者・研究者は、感銘を通り越して驚愕するしかありませんでした。ゴーンは来日前に厳しいコスト・カットにより事業再生を成功させていたので、「彼は非情なコストカッターだ」と揶揄する意見もありました。
確かに彼の行った改革は厳しいものでしたが、成功の理由は、それが非人間的レベルで徹底されたからではないと思われます。当時、数年をかけてゴーンの改革を研究した筆者は、その成功の鍵が「マネジメントの合理性」にあると気が付きました。その後に筆者は、ゴーンのマネジメントを普及させようとする何人もの専門家に出会い、その多くが「指示の的確さ」などの合理的なマネジメントや「指示の受け入れやすさ」などのコミュニケーションに重点を置いていることに気が付きました。ニッサンで働いた人たち自身が、ゴーン成功の秘訣は非人間的な徹底ではなく、理に適ったマネジメントにあると証言していたと感じています。
「マネジメントの合理性」とは
では、マネジメントの合理性とは何でしょうか?厳密に考えると一冊の本が必要になりますから(実際、筆者は当時、未刊行ながら200ページを超える本を作成しました)、ここではシンプルに2つを挙げましょう。「適切な目標を設定すること」と「適切なアクションプランを立てること」です。
一方で企業支援を行なっていると「計画を立てたが効果が得られなかった。だから計画には意味がない」という社長さんに数多く遭遇します。事情をよく聞くと「十分なキャッシュを得るには利益率10%増加が必要とコンサルタントが言ったが、それは非現実的だ。だから5%に修正させた」とか「売上増加には単価アップが有効だとコンサルタントは言ったが、それも無理だ。値引きしながら新規顧客を探すことにした」などのエピソードが語られたりします。結果を聞くと「泥沼の値引き競争にはまって事業回復どころではなかった。だから計画は無駄なのだ」とのことです。
しかし、第3者として冷静に話を聞くと、上のような状況は「期待する効果を確実に得られる目標」や「目標達成に必要なアクション」を模索する試みが最初から放棄されていることがわかります。それでは、期待する効果は得られるはずがありません。
人を巻き込むリーダーシップ
その点でゴーンは「現実」や「実態」を理由に目標を手加減することはしませんでした。「高すぎる。無理だ」との声を退けて目指す成果が得られる目標を堅持すると共に、「そんな仕事、前例がない。負担が重すぎる」という相手と綿密にコミュニケーションを取って少しずつ納得させながら行動を促したのです。
彼の取組みは「ゴーン・マジック」と称される成果に繋がりましたが、それは決して魔法ではありません。合理的なマネジメントに徹したのが成功要因です。またそれを非人間的な厳しさでリードした訳ではなく、人を巻き込みながら協力者を増やすリーダーシップをとったことも特筆できます。ゴーンは「リバイバル・プラン」策定時に、計画策定と実行の最前線に立つ課長級人材と綿密にコミュニケーションして納得を引き出したと言います。並び評されることはありませんが、ゴーンの成功要因は、JALを再生させた稲盛和夫さんと同じく人間的なリーダーシップにあったと言えます。
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プロフィール
StrateCutions
代表 落藤 伸夫
1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。
1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。
2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。
Webサイト:StrateCutions
- 第49回 期待によるモチベート
- 第48回 「褒める」はモチベート策になるか?
- 第47回 モチベーション策を考える
- 第46回 年末にモチベーションを維持する
- 第45回 台風19号で被災した中小企業への支援
- 第44回 理解力を高める唯一の方法
- 第43回 理解力低下の破壊力
- 第42回 こんな会議になっていませんか?
- 第41回 理解力について職場の「あるある」
- 第40回 上級マネジメント・チェックリスト
- 第39回 吉本興業に必要な上級マネジメント
- 第38回 吉本興業事件の真の原因は何か?
- 第37回 顧客かつ対戦相手として研修生と向き合う
- 第36回 研修の前からスタートする
- 第35回 受講生と足並みを揃える
- 第34回 5次元社会で活躍が期待される人材像
- 第33回 今、存在しない人材の育成
- 第32回 どんな人材を育てようとしているか
- 第31回 新人研修でカルサバから脱皮する
- 第30回 カルサバ人材開発計画が危険な理由
- 第29回 カルサバ人材開発が企業をダメにする
- 第28回 最も困難な人材開発から学べること
- 第27回 最も困難な人材開発から学ぶ
- 第26回 飛躍できる企業を育てる
- 第25回 孫社長の飛躍の秘密
- 第24回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(2)
- 第23回 カルロス・ゴーンの2つの教訓(1)
- 第22回 人材難を乗り越える人材育成教育
- 第21回 人材難を乗り越える人材育成の方法
- 第20回 人材難を乗り越える人材育成
- 第19回 目指せ!新ビジネスモデル
- 第18回 人手不足にどう対応するか
- 第17回 起業家が犯しやすい間違い
- 第16回 挨拶できてもダメなお店・企業
- 第15回 コラム名変更に込めた想い
- 第14回 従業員を軽視した工場のケース
- 第13回 準備で忙しかった先生のケース
- 第12回 経理の疎さが危機を招いたケース
- 第11回 周囲を蹴落としたら自分の所在もなくなってしまったケース
- 第10回 お金の使い方でサラリーマンから卒業できなかったケース
- 第9回 事業承継への消極性が企業の持続力を奪ってしまったケース
- 第8回 二代目の多店舗戦略が裏目に出たケース
- 第7回 リスケ後に安穏としてしまったケース
- 第6回 消極投資で自分を窮地に追い込んでしまったケース
- 第5回 自信を持った二代目社長のケース
- 第4回 経営改善に踏み込めなかったケース
- 第3回 金融機関を渡り歩いて事業改善を怠ったケース
- 第2回 仮説に固執して事業改善のタネを見付けきれなかったケース
- 第1回 事業改善して繁盛企業になれる方法を倒産企業から学ぶ