鳥の目、虫の目、魚の目

第11回

「型を持って型を破る」 沈滞する日本を救う切り札

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 
3年ぶりに観客を入れて大阪で開催された今年の大相撲春場所は3月27日、新関脇、若隆景の初優勝で幕を閉じた。開催中にNHKの相撲中継に解説者として呼ばれた元横綱、白鵬の間垣親方は「型を持つこと」の重要性を何度も説いた。

平成の大横綱は「型を持つ力士は強い。型を持つ力士は怖い」と戒めながら稽古に励み、「自分の型になるまで休むな、前に出ろ」と自分に言い聞かせて土俵に上がり、相撲を取ったという。一方、ここ数場所、元気がない看板力士に対して「新型コロナウイルス禍で稽古ができず、これまでの貯金がなくなったのだろう」と指摘。その上で「稽古は噓をつかない」と言い切った。

現役時代の白鵬の朝稽古は相撲の基本である四股、鉄砲、すり足を繰り返して汗をかくことから始まる。体が温まってから力士相手の稽古である申し合いが始まる。その積み重ねで型を持ったからこそ、最強の横綱として君臨できたわけだ。

型を持つまであきらめないことが肝心だ。努力は決して裏切らないからだ。自分の型を持つまで質の高い稽古に励むことが成功に導くのは明らかだ。一方で白鵬はこうも言った。「型を持って、型にこだわらない」。戦う相手力士の出方を見ながら、一歩先を行く相撲を取ることができたのだろう。


日本の歌舞伎の世界にも同じ言い回しがある。「型があるから型破り。型がなければ型なし」。歌舞伎だけでなく、茶道、華道、能・狂言など日本の文化はすべて型文化と言える。つまり道を究めるには型を学んで会得することから始まる。しかも理屈抜きだ。


しかし歌舞伎にしろ、能・狂言にしろ、伝統、言い換えれば型を会得した上で新作が創られる。再演に再演を重ねて古典化していく。型を会得した人がそれを破ることで評価され、洗練され、古典へと成長するわけだ。稽古に明け暮れて体得するというプロセスを経て、また挑戦して失敗を重ねるプロセスを経て型が出来上がる。その出来上がった型を体得して、破ることで新たな型が生まれるわけだ。


そうなると「我流」という型なしではなかなか成功を得られないのもうなずける。成果を上げるには稽古を怠るわけにはいかないのだ。ビジネスの世界でいうと、成功に至るまでには、どのプロセスもおろそかにできないということだ。時間やコストを考えてどこかを省略すれば、成功から遠ざかる。こちらの方がかえって時間もコストも無駄にしてしまう。


日本には創業200年を超す長寿企業は約1300社あるといわれる。創業100年以上となると3万3000社を超える。ファミリー企業や生活密着型企業が圧倒的に多いが有名ブランドや隠れた優良企業も少なくない。100年企業に共通するのは事業内容や販売方法、顧客は変えても、経営理念やのれんは変えないということだ。代々受け継いできた経営トップは、経営理念や家訓は大事に守り継承するものだと心得ているからだ。


しかし、ただ守ればいいというわけではないことも熟知している。攻めも忘れず、経営革新に常に取り組んでいる。環境変化に対応するため、経営理念を軸に次の戦略を描く。経営理念という揺るぎない型を持っているからこそ、経営革新にためらうことなく挑めるのだろう。


アインシュタインは「常識とは18歳までに身に着けた偏見のコレクション」と喝破した。確かに常識とは同じ時代でも国によって違うし、業界によっても違う。時代が違うと変わる。環境変化に対応しなければ生きていけないと言う言葉はダーウィンが残した。ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は「経営者の最も重要な仕事はドメイン(事業領域)を常に再定義すること、日本企業は『本業』という言葉が好きだが、市場が縮小するのに既存事業にしがみつく理由は何か。企業理念を軸に次の戦略を描くのが経営者の役割」と言い切った。


過去の成功を守ると攻められなくなる。古いものを守りたいと思うと、変化への対応を怠ってしまう。変化のスピードが速い今では致命傷だ。守っていた事業が突然不要になりかねないからだ。100年企業は伝統を重んじる一方で変革と挑戦を繰り返してきた。つまり経営理念という型を持ち、それを破って成長し時代を超えて勝ち残ってきたわけだ。「型を持つとイノベーションは起きない」とよく言われるが、違うのではないだろうか。企業の新陳代謝を促し、沈滞する日本経済を救う「型破り」の登場が待たれる。


 

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