第11回
「型を持って型を破る」 沈滞する日本を救う切り札
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
日本の歌舞伎の世界にも同じ言い回しがある。「型があるから型破り。型がなければ型なし」。歌舞伎だけでなく、茶道、華道、能・狂言など日本の文化はすべて型文化と言える。つまり道を究めるには型を学んで会得することから始まる。しかも理屈抜きだ。
しかし歌舞伎にしろ、能・狂言にしろ、伝統、言い換えれば型を会得した上で新作が創られる。再演に再演を重ねて古典化していく。型を会得した人がそれを破ることで評価され、洗練され、古典へと成長するわけだ。稽古に明け暮れて体得するというプロセスを経て、また挑戦して失敗を重ねるプロセスを経て型が出来上がる。その出来上がった型を体得して、破ることで新たな型が生まれるわけだ。
そうなると「我流」という型なしではなかなか成功を得られないのもうなずける。成果を上げるには稽古を怠るわけにはいかないのだ。ビジネスの世界でいうと、成功に至るまでには、どのプロセスもおろそかにできないということだ。時間やコストを考えてどこかを省略すれば、成功から遠ざかる。こちらの方がかえって時間もコストも無駄にしてしまう。
日本には創業200年を超す長寿企業は約1300社あるといわれる。創業100年以上となると3万3000社を超える。ファミリー企業や生活密着型企業が圧倒的に多いが有名ブランドや隠れた優良企業も少なくない。100年企業に共通するのは事業内容や販売方法、顧客は変えても、経営理念やのれんは変えないということだ。代々受け継いできた経営トップは、経営理念や家訓は大事に守り継承するものだと心得ているからだ。
しかし、ただ守ればいいというわけではないことも熟知している。攻めも忘れず、経営革新に常に取り組んでいる。環境変化に対応するため、経営理念を軸に次の戦略を描く。経営理念という揺るぎない型を持っているからこそ、経営革新にためらうことなく挑めるのだろう。
アインシュタインは「常識とは18歳までに身に着けた偏見のコレクション」と喝破した。確かに常識とは同じ時代でも国によって違うし、業界によっても違う。時代が違うと変わる。環境変化に対応しなければ生きていけないと言う言葉はダーウィンが残した。ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は「経営者の最も重要な仕事はドメイン(事業領域)を常に再定義すること、日本企業は『本業』という言葉が好きだが、市場が縮小するのに既存事業にしがみつく理由は何か。企業理念を軸に次の戦略を描くのが経営者の役割」と言い切った。
過去の成功を守ると攻められなくなる。古いものを守りたいと思うと、変化への対応を怠ってしまう。変化のスピードが速い今では致命傷だ。守っていた事業が突然不要になりかねないからだ。100年企業は伝統を重んじる一方で変革と挑戦を繰り返してきた。つまり経営理念という型を持ち、それを破って成長し時代を超えて勝ち残ってきたわけだ。「型を持つとイノベーションは起きない」とよく言われるが、違うのではないだろうか。企業の新陳代謝を促し、沈滞する日本経済を救う「型破り」の登場が待たれる。
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