第25回
やんちゃな人を育ててこそイノベーションが起きる 「昭和」の成功体験を捨て成長実感を求める若手に応える
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
この春から働き始めた新社人はやはり初々しい。電話の受け方、名刺の渡し方など先輩から一つ一つ教わる姿を見ていると感じる。一方で、気負いが空回りし、学生時代にはない気疲れにうつむく人も少なくないだろう。心身ともに疲れたと初めて自覚するのが大型連休明けのころだ。
教える立場の上司も新人育成で悩みを抱える。かつての「背中で教える」というやり方は通用しない。というより、今の管理職はプレーイングマネジャー。プレーヤーとして自分の仕事をこなすのに忙しく、マネジャーとして若手を鍛える時間を取りにくいのが現状だ。飲みにケーションもままならず、パワハラ、セクハラも意識しなければいけない。日本の企業の強みであったOJT(職場内教育訓練)もうまく機能していないようだ。
これでは若手が求める「新しく覚えることが多くて大変だけど楽しい」といった成長実感が乏しくなるだけでなく、人間関係のストレスがたまるばかりだ。放っておくと離職につながりかねない。「3年3割」といわれるように、大卒新入社員の3割が3年以内に辞める時代だ。人手不足の今、大企業は若手社員をつなぎとめるため賃上げに動く。待遇の改善にも余念がない。にもかかわらず、あっさりと退職するという。聞くと「大企業にはイキイキ感、ワクワク感がないから」と答える。
かつてのように難関大学から大企業へというエリート路線を歩む意識は薄まり、学生時代から起業を目指す動きも出てきた。終身雇用・年功序列が当たり前の大企業では、30代を迎えても希望する仕事に就けるわけではなく、上司から頑張りが認められても先輩を追い抜くことは難しい。優秀な若手ほど不平不満がたまる。
起業すれば当然だが、スタートアップ(新興企業)に勤めれば早くから責任ある仕事を任され、それなりの給与をもらえる。ある調査ではスタートアップの30代社員の給与は大企業の同年代のそれを上回った。福利厚生では大企業に分があるが、それだけでは大企業に魅力を感じない若者が増えている。
いつの世もそうだが、若い人たちは成長機会を求めている。にもかかわらず、日本は先進国で唯一、バブル崩壊後の30年間も停滞している。イノベーションは起こらず、少子高齢化などで課題だけが先進国になった。「令和」になっても「昭和」から抜け出せない世代が跋扈しているからだ。昭和の成功体験はいらない。
「根本の問題は、日本人は短期的にものを見て、『何のために』という本質を見いだせないからだ」。こう指摘したのは、3月末まで慶応大学先端生命科学研究所の所長を務めた富田勝氏。日本社会の停滞について以下のように解説したので紹介したい。
対話型人工知能(AI)「チャットGPT」は利用者の指示に基づいて文章などを作るが、過去の文章の丸暗記とパターン学習のみ。何も考えない上っ面だけなので、時代遅れになるのは当然だ。
同様に、難関大学から大企業に入る優秀な学生も教科書に書かれていることを勉強し、決まった回答を早く解くのに秀でているだけ。こうして優秀な教員になった人たちに教えられて優秀と評価される学生がイノベーションを起こせるわけがない。何も考えずに教科書を丸暗記するだけだから脳は疲弊する。テストが大事でいい点を取るために勉強するので、何のために勉強するのか学んでいない。世の中を変えてきたのはむしろ、やんちゃな人たちだ。
「なるほど」と頷いてしまった。尖ったアイデアは抵抗が大きく結局、丸まった提案になってしまうとよく聞く。前例がないので、それだけリスクは大きい。失敗の責任を取りたくないから誰もやりたがらない。しかし、誰かがやらないと進歩はしない。
「3年後しか見ていないのが日本人。これでは根本的なイノベーションが起きるわけがない。20年先を見ると今のモデルの延長はありえないのに」。こう語るのは富田氏のもとに派遣された大企業の若手社員だ。やんちゃな人が1人では会議で浮いてしまう。2人いると交わるので会議の雰囲気も変わる。3人になればマジョリティー(一大勢力)になり、正論になる。この大企業からイノベーションが起きるかもしれない。大いに期待したい。
日清食品ホールディングスの安藤宏基社長は「自分と異なる尺度を持つ『変人』が大好き。常識や前例にとらわれない発想を持ち、ずけずけと意見をいう人は『すごい』と思ってしまう」と語っていた。
確かに常識人が多い組織は効率的かもしれないが、変化への対応力は弱い。変化のスピードが速い今、イノベーションを起こせるのは異能の持ち主。つまり、やんちゃな人だ。育てられる企業こそが勝ち残る。
- 第42回 道徳・倫理観を身につけている?
- 第41回 民法906条? 日本一美しい条文、相続問題は話し合って決める
- 第40回 「褒める」「叱る」で人は伸びる
- 第39回 危機管理の本質を学べる実践指南書 社員は品性を磨き、トップに直言する覚悟を
- 第38回 円より縁 地域通貨が絆を深める
- 第37回 相撲界を見習い、産業の新陳代謝で経済活性化を
- 第36回 広報力を鍛える。危機への備えは万全か
- 第35回 水素社会目指す山梨県
- 第34回 「変わる日本」の前兆か 34年ぶり株価、17年ぶり利上げ
- 第33回 従業員の働きがいなくして企業成長なし
- 第32回 争族をなくし笑顔相続のためにエンディングノートを
- 第31回 シニアの活用で生産性向上
- 第30回 自虐経済から脱却を スポーツ界を見習え
- 第29回 伝統と革新で100年企業目指せ
- 第28回 ストレスに克つ(下) 失敗を恐れず挑戦してこそ評価を高められる
- 第27回 ストレスに克つ(上) ポジティブ思考で逆境を乗り切る
- 第26回 ガバナンスの改善はどっち? 株主はアクティビスト支持 フジテックの株主総会、創業家が惨敗
- 第25回 やんちゃな人を育ててこそイノベーションが起きる 「昭和」の成功体験を捨て成長実感を求める若手に応える
- 第24回 人材確保に欠かせない外国労働者が長く働ける道を開け 貴重な戦力に「選ばれる国・企業」へ
- 第23回 人手不足の今こそ「人を生かす」経営が求められる 成長産業への労働移転で日本経済を再生
- 第22回 賃上げや住宅支援など子供を育てやすい環境整備を 人口減少に歯止めをかけ経済成長へ
- 第21回 賃上げで経済成長の好循環をつくる好機 優秀人材の確保で企業収益力は上昇
- 第20回 稼ぎ方を忘れた株式会社ニッポン 技術力で唯一無二の存在を生かして価格優位をつくり出せ
- 第19回 稼ぐ力を付けろ 人材流動化し起業に挑む文化創出を
- 第18回 リスクを取らなければ成長しない。政府・日銀は機動的な金融政策を
- 第17回 企業は稼いだお金を設備と人への投資に回せ 競争力を高め持続的成長へ
- 第16回 インパクト・スタートアップが日本再興の起爆剤 利益と社会課題解決を両立
- 第15回 適材適所から適所適材への転換を ヒトを生かす経営
- 第14回 日本経済の再興には「人をつくる」しかない 人材投資で産業競争力を強化
- 第13回 「Z世代」を取り込むことで勝機を見いだす
- 第12回 改革にチャレンジした企業が生き残る
- 第11回 「型を持って型を破る」 沈滞する日本を救う切り札
- 第10回 ベンチャー育成、先輩経営者がメンタリングで支援 出る杭を打つことで日本経済に刺激
- 第9回 コロナ禍で鎖国の日本 外国人材に「選ばれる」仕組づくりを
- 第8回 「御社の志は何ですか」社会が必要とする会社しか生き残れない
- 第7回 大企業病を患うな 風通しのよい組織を、思い込みは危険
- 第6回 常識を疑え、ニーズに応えるな ベンチャー成功のキラースキル
- 第5回 トップを目指すなら群れるな 統率力と変革の気概を磨け
- 第4回 脱炭素への対応が勝ち残りの道、事業構造の転換に本気に取り組むとき
- 第3回 東芝VSソニー 複合経営は是か非か 稼ぐ力をつけることこそ肝要
- 第2回 トップは最大の広報マン、危機管理の欠如は致命傷
- 第1回 リーダーに求められるのは発進力 強い意志と覚悟で危機に挑む