鳥の目、虫の目、魚の目

第8回

「御社の志は何ですか」社会が必要とする会社しか生き残れない

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 
バブル崩壊から約30年が過ぎた。長い停滞の原因は何か。それは稼ぐ力が落ちていることに尽きるのではないだろうか。日本経済全体の地盤沈下も深刻だ。2030年には日本の国内総生産(GDP)はインドに抜かれ4位に沈んでいるといわれる。低成長から抜け出せないため、日本の平均賃金は約30年間ほぼ横ばいで、先進国では最低水準といわれる。産業と企業の新陳代謝が進まず、上場企業の時価総額に相当する企業価値が10憶ドル(約1150億円)以上の未公開企業、いわゆるユニコーンがなかなか生まれない。

こうした中、見事に復活したのがソニーグループだ。2月2日に22年3月期の連結業績予想を上方修正し、本業のもうけを示す営業利益(国際会計基準)を従来予想の1兆400億円から1兆2000億円(前期比26%増)に引き上げた。営業利益は過去最高になる。

ソニーはリーマン・ショック以降、09年3月期からの6年間で累積1兆円の最終赤字を積み上げた。それが今や、年間の最終利益が1兆円を超える。稼ぐ力は確実に強まった。赤字体質だったエレクトロニクスを立て直したうえで、ゲームや映画、音楽などエンターテインメントの収益力を伸ばした。しかし、最終利益が1兆円を突破した前期の経営方針説明会で吉田憲一郎会長兼社長は「(パーパスに向かって)社員一人一人が行動したから」と話した。


ソニーのパーパスとは何か。吉田氏は「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことだという。いかにもソニーらしいパーパスだ。複合企業ゆえ、株式市場ではコングロマリット・ディスカウントにさらされてきたが、パーパスを基軸にした価値創造が株式市場から支持され、見事にコングロマリット・プレミアムを得るとともに、思わず感動するような商品やサービスを送り出すことで最終利益1兆円企業を創り上げたのだ。


なぜ自分の会社が必要なのかー。パーパスは日本語で「存在意義」と訳されることが多いが、米ボストン・コンサルティング・グループでは、パーパスを「なぜ社会に存在するか」と位置づけ、「どこを目指すか」を示すビジョン、「何を行うべきか」を示すミッション、「どのように実現するか」を示すバリューと分けて定義する。


ビジョンやミッションは時代により変化するが、パーパスは時代を超えたもので、ビジョン、ミッション、バリューの上位概念と位置付けられる。今や時代のキーワードとなっており、日本でもここ数年で導入する企業が相次いでいる。


パーパスは自分たちが何のために存在するのかを示すため、社員は「自分が何に貢献し、何を達成できたか」を感じることでモチベーションを維持・向上でき、エンゲージメント(愛社精神)も高まる。組織の一体感が生まれ、生産性や創造性が高まり、イノベーションにつながる。それだけ会社の成長をもたらし、企業価値・ブランド力も向上するわけで、株主の理解も得やすい。しかし、単なるお題目では何も生まれない。社員の納得・協働なしではパーパス経営は成り立たないのだ。


「パーパス経営」を著した一橋大学の名和高司教授はパーパスを「志」と訳し、株主還元重視の行き過ぎた資本主義の先を見据え「志本主義」の必要性を説く。先が見通せないVUCA(変動制・不確実性・複雑性・曖昧性)と呼ばれる時代だからこそ、社員はもちろん、顧客や社会といったステークホルダー(利害関係者)から共感を得やすいパーパス経営が求められると指摘している。


新型コロナウイルス禍や米中対立などで社会情勢が激変し、価値観も変わる中、ステークホルダーから支持・応援なくして厳しくなるばかりの企業間競争を勝ち抜くのは難しい。そこで改めて見つけなおしたい。「自分の会社のパーパス(志)は何か」―。


 

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