第17回
企業は稼いだお金を設備と人への投資に回せ 競争力を高め持続的成長へ
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
こうした先行き不透明感から、デフレ下での期待成長率の低下を実感してきた企業は設備投資に慎重で手元に資金を置く傾向を強めているわけだ。人件費は10年前からほぼ横ばいだ。政府が賃上げを求めても、基本給を底上げするベースアップは固定費の増加につながるため企業の腰は重い。
ただ、企業がお金を貯め込んでいるだけでは成長は望めず、経済活性化はおぼつかない。輸出に有利な円安が進むにもかかわらず、国全体の海外とのお金のやり取りの状況を表す経常収支の黒字は急減しているのもそのためだ。海外への生産移転が進んだこともあるが、世界が欲しがるような付加価値の高い製品を開発できていないのだ。産業競争力の欠如に他ならない。持続的成長には設備投資にもっとお金を回すべきだ。
経営環境の変化に対する企業の果敢な挑戦が求められるが、肝心の企業の新陳代謝は一向に進まない。技術力でイノベーションを起こせるスタートアップ(新興企業)が市場に参入し、生産性が低い企業は退出するか、もしくは成長分野に経営資源を振り向ける。祖業であっても先行きが見通せなければ切り捨てるべきだ。いずれにせよリスクを取って投資に前向きな企業の登場が待たれる。
このときに大事なのは従業員を守ることであり、成長力をもつスタートアップにスムーズに転職できることが肝心だ。産業の新陳代謝と人材の再配置ができてこそ、日本経済は活性化する。従来の「現状維持の護送船団方式」では世界から取り残されるだけだ。
それだけに人への投資は欠かせない。従業員のリスキリング(学び直し)で成長分野に異動したり、優秀な従業員を確保するため職場環境の改善などを通じて従業員の働きやすさ、働き甲斐を高めたりする必要がある。デジタルに長けた革新人材は今や、世界規模で奪い合いが始まっている。
人材を事業のコストではなく、価値を生み出す資本と考えることだ。近年では投資家も、従業員の育成に払っている費用が十分かどうかで企業の成長性を判断する。人への投資が厚い企業ほど株価や業績が高まっているという分析もある。岸田文雄政権も「新しい資本主義」で重点項目に取り上げている。
「捨てた一粒の柿の種 生えるも生えぬも 甘いも渋いも 畑の土のよしあし」
物理学者の寺田寅彦が書いた短文だ。種は従業員、土は企業と思って読んでほしい。あなたの会社には、新入(若手)社員をじっくりと育てる土壌が組織風土として備わっているかどうか。
経済危機は産業構造を変えるチャンスだ。松下電器産業(現パナソニックホールディングス)創業者の松下幸之助は「好況よし、不況またよし」と説いた。今こそ設備投資と人的投資の拡充にお金を回すときだ。企業の持続的成長には競争力をもつ製品・サービスが不可欠であり、それを生み出すのは従業員だ。ソニー(現ソニーグループ)創業者の井深大は「技術開発はつまるところ人間開発」と指摘。新製品を持ってきた技術者に「次はもっといいんじゃないの」と語って、新たな目標に向かって進めとハッパをかけた。
個人にとって節約は美徳だ。しかし多くの人が貯蓄すれば経済は成長しない。個人を企業に置き換えればいい。企業が「稼ぐ力」をつけるには「使う力」、つまり設備や人材への惜しみない投資が必要だ。そうすれば日本企業は勢いを取り戻すに違いない。
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