第20回
稼ぎ方を忘れた株式会社ニッポン 技術力で唯一無二の存在を生かして価格優位をつくり出せ
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
日本企業は稼ぎ方を忘れてしまったのではないだろうか。利益より顧客第一主義を意識しすぎて、取引を続けるため顧客の言い値で売っていると危惧してしまう。
交易条件の悪化から分かる。内閣府が発表した2022年7~9月期の国内総生産(GDP、季節調整値)速報値は、物価変動を除く実質で前期比0.3%減となり、このペースが1年間続くと仮定した年率換算で1.2%減だった。マイナス成長は21年7~9月期以来4四半期(1年)ぶりだ。輸入が資源高に加え、円安もあって前期比5.2%増と大きく伸び、成長率を押し下げた。輸出は1.9%増だった。
これにより貿易を通じて海外に流出した実質的な金額を示す交易損失は年率換算で19兆7000億円になり、前期に比べ3兆6000億円悪化した。これに海外との所得のやり取りを加えた実質国民総所得(GNI)は前期比で年率2.9%減となり、実質GDPを超す落ち込み幅となった。実質的な購買力が弱まったといえる。「株式会社ニッポン」の稼ぐ力が落ちたともいえ、購入意欲を刺激する魅力的な製品・サービスを生み出せていないのだ。
折りしも、歴史的な円安が続く。これを生かさない手はない。円安は企業が外貨で稼いだ収入をかさ上げするからだ。野村証券によると1円の円安・ドル高で主要企業の経常利益は0.3%上振れする。この円安差益をどう生かすか。経営者の手腕が問われる。賢い経営者なら日本企業の弱点である生産性向上に使うはずだ。
しかし、実際はどうかというと投資より内部留保(貯蓄)や配当に回す傾向が続く。日本政府は国民に「貯蓄から投資へ」と呼びかけているが、その相手はどうやら国民ではなく経営者といえる。市場の先行き不透明で設備投資に回せないなら、賃上げに踏み切ればいい。
しかし、企業の稼ぎの中から人件費に回った割合を示す労働分配率は低下傾向にある。21年度は前年度から5.7ポイント低下した。バブル景気で企業の利益が伸びた1990年度以来の低水準だった。ちなみにピークは2001年度の78.6%だった。
バブル後は「雇用、設備、債務」の3つの過剰の解消に企業は力を注ぎ、収益力を回復させた。21年度の税引き前利益は00年度の3.8倍に増加、内部留保に当たる利益剰余金は480兆円と2.5倍に膨らんだ。この間に人件費はほとんど増えていない。
10年代にはアベノミクス下で官製春闘は盛り上がったが、分配率の低下傾向は変わらなかった。横並び意識が強い日本では同業他社より飛びぬけた賃金を出すわけにはいかないという。一方で、円安による利益かさ上げを機に賃上げに踏み切る企業が出てきそうだ。半導体世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県に設ける工場では、地元企業より数万円高い初任給を出すといわれている。
1社でも賃上げに動けば、優秀な人材を奪われまいとして他社も追随せざるを得ない。賃上げについていけない企業も出てくるだろうが、産業の新陳代謝のきっかけになればいい。退場すべきなのに金融緩和で生き残ったゾンビ企業も再編淘汰の波に巻き込まれるだろう。その過程で雇用の流動性も高まる。こうした賃上げの好循環が広がれば、日本経済を覆う閉塞感も薄まるはずだ。できれば払拭してほしい。
とはいえ、円安頼みではいささか不安だ。やはり株式会社ニッポンの稼ぐ力をつけるしかない。「いや、稼ぐ力がないわけではなく、稼ごうとしないのがいけない」。こんな意見を聞いた。たとえば半導体業界。微細加工技術ではTSMCなど台湾、韓国のメーカーに遠く及ばないが、素材や製造装置では世界の先頭を走る企業は少なくない。サプライチェーン(供給網)の要所としてなくてはならない存在のはずだが、どうも稼ぎにつながっていないようだ。
誰もが欲しがる製品を供給する唯一無二なのだから価格競争力は抜群で、価格を意のままに操れるはずだ。にもかかわらず、そうなっていない。日本の技術者、特に匠が持つプライドがそうさせるのではないだろうか。つまり誰にもまねできない製品を、要求通りの仕様できっちりと納期を守って送り届ける。世界中の顧客は納得し満足する。そこに存在価値を見いだし、それを誇らしげに思う。だから価格は二の次になってしまいがちだ。それが技術者魂というわけなのだろう。
ある繊維メーカーの技術者は「最近は(最終製品をつくる)顧客と共同開発しても我々の名前は出せない。完全に黒子」とぼやく。消費者も「縁の下の力持ち」の存在を知らない。この素材なくして製品をつくれないにもかかわらず、顧客優位の構図は変わらない。職人気質は美しいが、下請けにとどまる必要はない。株式会社ニッポンはなくてはならない存在として稼ぐ力を持っていることをアピールする必要がある。
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