第21回
賃上げで経済成長の好循環をつくる好機 優秀人材の確保で企業収益力は上昇
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
新春恒例の賀詞交歓会などに出席した企業トップから賃上げに理解を示す発言が相次いだ。物価高で賃金がじわじわと目減りする中だけに労働者からは「給料が上がる」と期待が高まるばかりだ。23年は30年近くも賃金が上がらない停滞から脱し、持続的な賃上げの起点となる絶好の機会を迎えたといえる。
2023年1月5日に開催された経済3団体の新年祝賀会に臨んだ岸田文雄首相は、政権が掲げる看板政策の「新しい資本主義」の柱に位置付ける「成長と分配の好循環」の中核が賃上げだと強調。その上で「インフレ率を上回る賃上げの実現をお願いしたい」と経済界に要請した。
政府が春季労使交渉(春闘)を前に賃上げを促すのは恒例となっているが、23年は大幅な物価上昇が企業の賃上げ機運を高めているのは間違いない。
厚生労働省が翌6日に発表した昨年11月の毎月勤労統計調査(従業員5人以上の事業所)によると、物価変動を踏まえた1人当たりの実質賃金は前年同月比3.8%減った。実質賃金の減少は8カ月連続で、11月としては過去最大の減少幅だ。
ロシアのウクライナ侵攻をきっかけとする資源高や円安を背景に食品など幅広い品目で値上がりが続く。同年11月の生鮮食品を除く消費者物価指数は同3.7%上昇し、約40年ぶりの高い伸びとなった。
賃金の目減りは消費者心理を冷やし、個人消費を落ち込ませかねない。日々の生活優先でモノを買い、不要不急の消費を抑えるのはやむを得ないだろう。このままでは購買力が低下し、景気を下振れさせることになる。
しぼむ消費意欲を喚起するには賃上げが不可欠だ。焦点は物価上昇に追いつき、それを上回る水準まで実質賃金を引き上げられるかだ。経団連の十倉雅和会長は「ベア(基本給を一律に上げるベースアップ)を中心に物価高に負けない賃上げをしてほしい」と会員企業に呼び掛けた。
新型コロナウイルス禍からの景気回復に水を差しかねないからだ。これに対し会員企業からは「物価上昇率以上のベアを実施したい」と前向きな声が聞こえてくる。サントリーホールディングスは6%、日本生命保険は営業職員を対象に7%程度の賃上げ目標を示した。
労働組合の中央組織、連合は今春闘で5%程度の賃上げを求めている。芳野友子会長は「今年は実質賃金を上げ、経済に回していくことが今まで以上に重要だ」と言い切った。
とはいえ経団連がまとめた22年の春闘交渉の結果は、大手企業でも賃上げ率は2.27%だった。連合が掲げる23年の賃上げ目標から遠く離れ、3%台後半の物価上昇率との乖離幅も大きい。
経団連会員企業は大手が集まる。労働者の約7割を占める中小企業が賃上げに踏み切ることができるかは不透明だ。日本商工会議所の調査で、原材料費の高騰分を商品・サービス価格に転嫁できていない企業は約9割に達するからだ。賃上げ原資を確保できない中小企業がいかに多いかが分かる。
労組に加入していない労働者も多く、給与水準が低い非正規労働者の増加も見逃せない。大手企業がベアを実施し、中小企業が見送れば格差拡大につながる。正規と非正規もそうだ。
企業はもっと人への投資を増やすべきだ。好業績の企業ほど思い切った賃上げを実施してほしい。優秀な人材を引きつけ、付加価値の高い商品・サービスの開発につながる。それだけ企業の収益力を高められるので、賃上げの原資を確保でき、更なる優秀な人材を呼び寄せられる。賃上げが成長につながるという好循環を生み出せるわけだ。
今まで遅れていた企業の新陳代謝を進めることにもなる。緊急避難とはいえコロナ禍に対応した実質無利子・無担保の「ゼロゼロ融資」などで生き延びている企業が増えている。いわゆるゾンビ企業で、優秀な人材が活用されないまま、とどまっているかもしれない。滞留しているのはもったいない。中小企業といえども賃上げできないところは退出を迫られるのも仕方ない。もはや甘えは許されない。
賃上げにより成長分野への労働移動が円滑に進めば、懸案の労働生産性も上昇し、経済成長率も高まる。今春闘では物価上昇が賃上げの重要性を訴えるが、賃上げと経済成長の好循環を生み出す絶好の機会を逃してはならない。企業には不退転の決意を求めたい。
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