鳥の目、虫の目、魚の目

第32回

争族をなくし笑顔相続のためにエンディングノートを

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 

親元に帰省する年末年始やお盆休みなどに話しておきたいことの一つに「終活」がある。デリケートな問題だけに切り出すのは難しいが、残された家族による相続トラブルを防ぐためにも早めの対応が必要だろう。

そのきっかけにしたいのが「エンディングノート」だ。遺言書と違って法的効力はないものの、大切にしてきた考え方や生き様といった思いや保有する財産などを自由に書き残せる。何度でも加筆修正できるのもいい。

私は2022年12月に母を亡くした。10年くらい前だったか、エンディングノートの作成を依頼した。そのとき唐突だったので怪訝な顔をされたことを今でも思い出す。財産目当てのように聞こえるので、そう思うのは当然だろう。しかし、いざという時の連絡先、希望する葬儀の方法や参列してほしい友人などを書き残しておく重要性を説くと、納得したのか少しずつだが空欄を埋めていた。

ただ、新型コロナウイルス禍もあって、長く帰省できず話す機会を逸したことから、いざという時に肝心のエンディングノートを見つけられず、母の思いを知ることはできなかった。残念でたまらない。幸いにも相続でもめるほど財産はなく、残された家族が揉めるということはなかった。

とはいえ相続の現場では、遺産額が1000万円以下で紛争(争族)に発展する割合は3割を超え、5000万円以下だと7割超になるという。この規模になると、生活費のかかる子育て世代にとって喉から手が出るほど魅力的に違いない。

それだけ争族の火種になりやすいわけで、相続は決してお金持ちだけの問題ではない。どこの家庭でも起きうるといえ、きちんとした相続に対する準備が必要になる。


その手助けを担い、「笑顔相続の道先案内人」を自認する相続診断士が集まるシンポジウムに参加した(写真)。彼らを束ねる相続診断協会が23年12月1日の「笑顔相続の日」に、「家族の絆を築く未来への懸け橋」をテーマに開催した。今回がちょうど10回目の節目にあたり、約300人が全国から集まり、盛況だった。

冒頭に挨拶した小川実代表理事は「エンディングノートを作成することで、子供たちに親の想いを遺すことができる」と話した。ちなみに相続診断の資格取得者は4万7000人を超えた。同協会は国家資格を目指して10万人を目標に据える。

高齢社会を迎えた日本では1年間に亡くなる人が年々増加し、22年には約156万人に達した。それに伴い相続の発生件数も増える。シンポジウムに登壇した全国相続診断士会の一橋香織会長(当時)によると、相続財産は約50兆円で、その4割が不動産という。

問題なのは、人口が減少しているにもかかわらず、高齢のおひとり様が増加していることだ。中小企業のオーナー経営者が高齢化で事業を譲るにしても,後継者がいないというケースも増えている。やむなく事業承継のためにM&A(企業の合併・買収)を迫られる経営者も今や少なくない。

誰にも看取られずに亡くなる孤独死も増えている。その数は3万人に及ぶ。 認知症患者も右肩上がりだ。だから「生前に思いを伝えることができるエンディングノートを活用すべきであり、笑顔相続につなげられる」と一橋氏は強調した。

相続診断士が増えるに連れて笑顔相続も増えているという。活動事例の紹介では、生命保険業界出身の相続診断士は「保険と相続を切り離す人は多いが、保険は相続と親和性が高い。保険と向かい合いながら、いつごろ介護が必要になり、いつごろ死亡するかなどライフプランを一緒に作りやすいから」と話した。介護・福祉業界出身者は「(同業界では)相続問題はタブーで、聞きにくい。しかし資格を取得して人生が変わった。お客さまの相談や悩み事に応えられ、役に立つ」とほほ笑んだ。

一方で相続にも「2024年問題」がある。相続に関わる法律や税制の大きな改正が待ち受けているのだ。相続した不動産の登記が義務化され、生前贈与ルールも見直される。大きな節目を迎えるといわれており、エンディングノートの役割はますます重要になる。

財産の多寡にかかわらず遺産分割で揉める争族は起きる。仲のいい兄弟でも争いに巻き込まれるという。これでは何のために遺産を遺したのか分からない。

遺産相続争いは、親の人生を冒涜する最も悲しい社会問題といえ、笑顔相続が欠かせない。そのためにも、愛する家族への思いを残せるエンディングノートを作成しておくべきだ。書き手も家族への感謝の気持ちを再認識しながら、自分自身の人生をより豊かに生きるための「自分史」として活用できる。

日本には全財産を長男が受け継ぐ「家督相続」の時代が長く存在した。このため「生前に思いを遺す文化がなく、相続知識も不足している」と小川代表理事は指摘する。その上で「争族という社会問題を解決し、日本に生前の思いを遺す文化を根付かせたい」と言い切る。そのためにもエンディングノートとしっかりと向き合って、自分を見つめなおしてみよう。残りの人生を有意義に過ごすためにも。

 

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