鳥の目、虫の目、魚の目

第14回

日本経済の再興には「人をつくる」しかない 人材投資で産業競争力を強化

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 
なぜ、ここまで日本は弱くなってしまったのだろうか。外国為替市場で円が24年ぶりの水準に落ち込む中で株価も下げる「日本売り」を嘆いているわけではない。日本の産業力の衰退を見透かされての円安・株安といえるからだ。

米欧では加速するインフレを抑えるため、米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)が金融引き締めを急ぐ一方で、日銀は大規模金融緩和を維持する姿勢を変えない。投機筋にとっては低金利の通貨を売って金利の高い通貨を買うことで利ざやを狙う「キャリー取引」の絶好の機会といえ、円を売り浴びせている。

この結果、6月中旬時点で1ドル=135円台まで下落、日本長期信用銀行など金融破綻が相次いだ1998年10月以来の円安水準をつけた。2022年の年初から半年で約20円も下げた。世界の主要通貨で最も価値を下げており、ウクライナ侵攻に伴う経済制裁を受けて暴落したロシアのルーブルに対しても下落しており、まさに円独歩安という体たらくだ。

円売りはいわば「日本売り」で、株価にも如実に表れている。これまでは円安が進めば輸出企業の収益を押し上げるとの期待から株高が進むのが日本経済の基本構図だった。しかし今回は、98年のような金融危機ではないにもかかわらず、日経平均株価はさえない展開が続く。

円安・株安を招いているのは、日本の産業競争力が失われているからにほかならない。投機筋ばかりでなく投資家も円も日本株も買えないのだ。その要因の一つは貿易構造の変化。生産拠点の海外移転が進んだため、世界の輸出額に占める日本のシェアは、98年の7.0%から21年は3.4%へと半減した。国内産業の空洞化が進み、輸出が伸びなくなったわけだ。その一方で、輸入は円安に資源高が加わり増加するばかりだ。貿易収支が悪化しやすい構図になってしまった。

二つ目は労働市場の変化だ。円安で生産拠点の国内回帰を進めようとしても人手不足で、工場で働いてくれる人を見つけるのが難しいという。少子高齢化に加え、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため外国人の受け入れをストップしたことも人材難に拍車をかけた。


どちらも短期間で解決できる問題ではないだろう。バブル経済崩壊から約30年間、日本の経営者は円高対策と人件費の安さを求めて中国や東南アジアに生産拠点を移した。その結果、資金、技術、人材の海外流出が起きた。このため国内は低賃金で働かされる非正規雇用が増え、購買力が低下しデフレスパイラルに陥った。日本の賃金は20年間、ほとんど伸びていないのが実情だ。国力の低下も著しい。


「ニッポン株式会社」が稼げなくなったのは、バブル経済崩壊から約30年間、日本政府はもちろん、大企業を中心に何の手も打ってこなかったからといえる。終戦後のどん底から這い上がったのはチャレンジャーのハングリー精神にほかならない。創業者の「やってみよう」の号令に、勤労意欲の高い国民がついていって優秀な製品を生み出し輸出し高度経済成長を実現した。


その成功の上にあぐらをかいてきた世代が停滞をもたらしたといえる。経営者の質の低下といっていいだろう。稼いだカネを使わず、内部留保としてため込むばかりだ。設備投資や研究開発費、人材育成にカネが回らなければ企業成長はおぼつかない。


打開するには競争力の底上げを図るしかない。経営資源であるカネはある。モノへの投資は後回しのようである。優秀な人材を奪い合う今、最も重視すべきはヒトへの投資ではないだろうか。経営者は従業員をコストと考えずに、価値を生み出す投資先ととらえるべきで、人的投資の拡充にカネを使うべきだ。従業員は大事なステークホルダー(利害関係者)に違いないからだ。


学び直しによってスキルアップしていけば、企業内失業は防げる。会社にしがみつく必要もなくなるので、企業は従業員の適正・能力をしっかり評価し処遇しなければ辞められてしまう。こうして労働の流動性が高まれば、日本経済の課題といわれてきた産業の新陳代謝も起きるだろう。次代を担うスタートアップ(新興企業)の育成・発展につながるのは間違いなく、独り負けの日本経済を救うことになる。「経営の神様」とたたえられ、松下電器産業(現パナソニック)を起こした松下幸之助は創業間もないころ、従業員に「松下電器は何を作っているんですか」と聞かれ、「人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです」と答えたという。ニッポン株式会社の再興には「人をつくる」しかない。


 

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