鳥の目、虫の目、魚の目

第35回

水素社会目指す山梨県

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 

燃やしても二酸化炭素(CO2)を出さないクリーンエネルギーとして注目される水素。山梨県は水素社会の実現に向けた取り組みで先行する。研究開発を担う山梨大学や米倉山の拠点(写真)を見てきた。

山梨県といって思い浮かぶのは富士山、武田信玄、ブドウとワイン。最近はゴルフで訪れるぐらいだった筆者に「水素に力を入れている山梨県が見学ツアーを開催する」と連絡が入った。

「山梨で水素?」にピンと来なかったが、山梨県は日照時間が日本一長いと聞いて合点がいった。つまり太陽光発電のポテンシャルが高いという地の利を生かして、次世代エネルギーのグリーン水素を製造・貯蔵し利用する水素社会の実現を目指すというわけだ。

電気はためておくことが難しいが、水素であれば長期間ためることができ、必要なときに酸素と化学反応させて電気を製造すれば燃料電池の発電に使える。石油や天然ガスといった化石燃料の代わりに使えば脱炭素につながる。

3月12日、脱炭素をもたらす次世代エネルギーへの期待をもってツアーに参加した。JR甲府駅に降り立つとあいにくの雨。最初に向かったのは山梨県庁で出迎えてくれた長崎幸太郎知事が水素・燃料電池など水素関連の取り組みをについて説明。再エネで水を電気分解してグリーン水素を製造する「やまなしモデルP2G(Power to Gas)システム」を熱く語った。

太陽光発電は天候に左右され、安定した電力供給が難しい。造りすぎると電力系統で受け入れきれず、捨てるしかなかった。これが「もったいない」ということになり、有効活用に乗り出したのだ。東レが開発した世界最高効率の電解質膜を使った「固体高分子(PEM)型」水電解装置で水素を製造する。PEM型は変動する不安定な電力に瞬時に応答でき、小型・シンプルな構造が特徴だ。

グリーン水素でトップランナーを目指す知事は「甲府市周辺には山梨大のほか、研究開発企業が集積。米倉山では実証研究を進め、社会実装も始まっている」と現状を紹介。その上で「P2Gシステムの足腰を鍛えながら水素サプライチェーンを構築し、国内外に展開する」と力強く語った。

狙うのは水素・燃料電池産業の地場産業化による県内経済基盤の強靭化だ。さらに再エネ資源が豊富な中東に注目。「砂漠に太陽光パネルを設置してP2Gシステムで製造した水素を日本に持ち帰る。『日の丸油田』の水素版をつくる」と将来展望を明かした。

このP2Gシステムの技術開発拠点が米倉山に集結した。案内した県企業局の中澤宏樹参与は「再エネ電力で地域のエネルギーを賄う地産地消を目指し、CO2フリーの水素社会を構築する」と話した。

ちなみに企業局は独立採算制を採用。電気事業では水力発電28カ所、太陽光発電5カ所を運営。22年度は50億円超の収入と約12億円の利益を上げた。収益は県民に還元、購入したミレーの絵画が県立美術館で鑑賞できるほか、小学校での25人学級の推進に充てている。

米倉山では2012年1月に太陽光発電所が稼働、14年に米倉山電力貯蔵技術研究サイトを開設し16年からP2Gシステムの実証試験を開始。22年には県と東レ、東京電力と共同で国内初のP2G専業企業「やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)」を設立した。23年に入ると次世代エネルギーシステム研究開発ビレッジを設け、国内を代表する燃料電池の評価・解析研究機関FC-Cubicや水素エネルギーなどに関する世界最先端の研究開発機関が集まった。

こうして山梨発の「水素をつくる、ためる、はこぶ、つかう社会」の実現に向け産学官が協働する体制が整った。山梨大は世界最先端・最大規模の水電解・燃料電池材料の研究拠点として、県が目指す水素・燃料電池関連産業の集積地「水素・燃料電池バレー」実現の一翼を担う。

自慢の水素・燃料電池ナノ材料研究センターを見せてもらった。同センター長の飯山明裕氏は「触媒や電解質膜の合成、触媒塗布膜の作成、各種セルの組み立てと性能・耐久評価を一気通貫で行えるのはここだけ」とアピール。企業との共同研究にも積極的だ。

その一つが日邦プレシジョン(韮崎市)。楽しみにしていた燃料電池アシスト自転車の試乗会は雨のため中止になったのは残念だった。ただ県の「道の駅富士川」で実証実験を実施中で、希望すれば米倉山産グリーン水素を使用した同自転車に無料で乗れるという。

バルブ製造のキッツは長坂工場(北斗市)に水素ステーションを設置。米倉山から輸送されたグリーン水素を、工場内で使用する燃料電池フォークリフトなどの燃料として利用。水素ステーション用高圧バルブの開発にも生かす。

サントリーホールディングスは22年9月、山梨県と環境調和型の持続可能社会の実現に向けた基本合意書を締結。北斗市にあるサントリー天然水 南アルプス白州工場とサントリー白州蒸留所に、国内最大となる16メガワット規模のP2Gシステムを設置する。25年の導入に向け今年2月から建設工事が始まった。

稼働すれば年間最大で水素を2200トン製造でき、CO2削減量は1万6000トンに達する見込み。当面は工場の殺菌工程に使う蒸気の熱源として使用する予定で、現在のLNG(液化天然ガス)ボイラーを水素ボイラーに転換する。同社サステナビリティ経営推進本部の西脇義記副部長は「製造したグリーン水素を周辺地域にも供給する。脱炭素がMUSTの時代なので水素の価値は大きい」と強調。その上で「白州はハブ・アンド・スポークの一つの拠点になれる」と話した。

P2Gによる水素社会の実現に向けた山梨の取り組みが日本に、そして世界に広がるといううねりを感じた。長崎知事は「甲斐の国」は「開の国」に通じると発信してきた。脱炭素のトップランナーとして花開くときが間もなく訪れそうだ。

 

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