鳥の目、虫の目、魚の目

第41回

民法906条? 日本一美しい条文、相続問題は話し合って決める

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 

先日、法事に出かけた。読経を終えた住職から次のような話を聞いた。

新型コロナウイルス禍で密閉、密集、密接の三密を避ける必要から通夜、葬儀を簡素化・少人数化する動きが顕著になった。葬儀も家族葬が増え、中には火葬のみの直葬を選ぶ人もいる。故人を偲んで読経や焼香を行う年忌法要は減り、お盆やお彼岸に墓参りする人も少なくなった。

墓参りに行く習慣がない人も増えているようだ。墓前で手を合わせて、家族の健康、子や孫の成長を報告し、「見守ってくれてありがとう」と感謝の気持ちを述べるものなのに、行かない理由を聞くと大半は「忙しいから」「遠いから」と答える。要は「面倒くさい」というわけだ。

アフターコロナの今も、家族葬は通夜、葬儀を行う一般葬より多く、一日葬や直葬も増えているという調査結果がある。法事は故人らしさを振り返り、「家」のつながりを改めて考えるいい機会のはず。だから住職の指摘は残念な気がしてならない。

確かに新型コロナの蔓延で社会は大きく変わった。しかし、変えてはいけないものは間違いなく存在する。親がなくなると発生する相続がその一つだ。

親が苦労して築いた財産を受け継ぐに際し、残された家族が揉めるというようなことは本来、あってはならないことだ。「あれがほしい。これはいらない」と争うのではなく、笑顔で譲り合うー。親が望んでいたことだろう。残された家族が遺産相続で争う「争族」はみっともない。何としても防ぎたいものだ。

この「笑顔相続」をスローガンとして提唱しているのが相続診断協会だ。協会に用があって伺ったとき、「相続診断士必須の知識 笑顔相続×民法906条」というセミナー開催のパンフレットをもらった。「906条?」と気になったので参加した。

同協会代表理事の小川実氏が基調講演を行った。まず同協会を設立した理由について、「80~90代という戦後を支えてきた世代が苦労して築いた財産を受け取る世代が揉めると親は不幸だと考え、親の想いを残す文化を創るため」と話した。そのためには「親に感謝し、その想いを子供が共有し、笑顔の相(すがた)を続けること」と説いた。

「なぜ80代以上は想いを残すことが苦手なのか」。壇上のスクリーンにこんな言葉が映し出された。1898年施行の旧民法は家督相続制度であり、長男がすべての財産を引き継ぐ。つまり遺産分割はなく、遺言書もなかった。想いを残す必要は全くなかったから、というのが答えだ。

戦後は一変して平等。法定相続制度となり「父が亡くなると財産は母、子のもの」(民法896条)で「財産は平等」(898条)。その上で「母と子が2分の1ずつ」(900条)財産を分ける。ただ「遺産分割の基準」(906条)として年齢、職業、心身状態、生活状況など事情を考慮するとも書き加えた。

ここで「900条と906条はどっちが正しいか」と再び質問が飛んだ。小川氏は「900条は仮決め。法定相続分通りに母2分の1、(子が2人の場合は)長男4分の1、長女4分の1とちゃんと分けられるか。(家のように)分けられずに財産を共有すると後で大変(揉めるもとになる)。そこで登場するのが906条。(法定相続通りが)無理なら、譲り合って遺産分割する。日本人の持つ豊かな心に委ねたわけで、話し合って決めるという日本一美しい条文」と話した。

「法定相続が絶対というわけではない」とも指摘する。家業を承継したり、親の世話などで貢献したりした人にはそれなりの財産を引き継ぐのは理にかなっているし、一切の面倒を見なかった人が法定相続の権利を主張するとカチンとくるのは当然だ。だから「親への貢献度に応じて遺産分割は必要」と強調する。長男は長男の、次男は次男の、そして長女は長女としての役割があり、それに応じて財産を相続する。いわば役割相続だ。906条の精神に沿う。

揉めない遺産相続には遺言が有効だ。というのも、相続したい(ほしい)財産は誰もが同じであることが多く、分けることが困難な財産がほとんどだから。このため法定相続通りに分けることは至難の業と言っていい。譲り合うのは難しく、揉め始めると家などの遺産を売って現金で分けることになる。「自分の子に限って揉めることはない」と思い込んでいた親にとってこんな不幸なことはない。

であるなら、親は生前から遺言書で自分の考えを表明しておくべきだろう。「遺言書なんて」というなら、法的効力はないが気軽に、そして自由に自分の想いなどを残せるエンディングノートがおすすめだ。相続診断士協会も推奨している。

残された家族は、親の財産を聞くというより、親の生き様など人生を聞くことになり、自然と感謝の気持ちが生まれ、その想いを共有するようになる。残された家族が揉めるのは不幸だと気づき、仲良く助け合っていこうという気持ちになる。小川氏は「お金の相続から、心の相続になる」と基調講演を締めくくった。

 

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