鳥の目、虫の目、魚の目

第27回

ストレスに克つ(上) ポジティブ思考で逆境を乗り切る

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 

新型コロナウイルス禍の感染症法上の位置づけが今年5月に、それまでの「2類相当」から「5類」に移行、制約されてきた日常生活や経済活動は正常な状態に戻りつつある。しかし、行動自粛に追い込んだコロナ禍に加え、ロシアによるウクライナ侵攻、物価の上昇などで生きづらく感じる人は少なくないはずだ。

どうやって乗り越えればいいのか―。ストレスマネジメントの専門家で、「『首尾一貫感覚』で逆境に強い自分をつくる方法」(河出書房新社)の著者、舟木彩乃さんに聞くと「逆境に強い人は、ほぼ例外なく首尾一貫感覚が高い」との答えが返ってきた。ポジティブ思考が大事ということらしい。

首尾一貫感覚(Sense of Coherence)とは聞きなれない言葉だが、「ストレス対処力」「健康に生きる力」とも呼ばれている。舟木さんによると、大ざっぱにまとめると「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」の3つの感覚からなっている。

把握可能感(だいたい分かった)は、自分の置かれている状況や今後の展開を把握できること。「こんなものか」という感覚で、「だから大したことはない(または大変だ)」と思うことだという。

処理可能感(なんとかなる)は、自分に降りかかるストレスや障害に対処できると思うこと。相談できる人脈、お金、権力、知力などの資源(リソース)を持つことで高められる。

有意味感(どんなことにも意味がある)は、自分の人生や自身に起こることにはすべて意味があると思うこと。困難を乗り越えると自分の人生に価値が生まれ、能天気ではなく根拠ある楽観性が高まる。

そして、この3つの感覚はバラバラに存在しているわけでなく、互いを補完しあうようにつながっているという。しかも首尾一貫感覚は「先天的なものではなく、後天的に高められる」と説明した。つまり誰にとっても、それを身につけることで、苦難に直面したときの大きな力を得ることができるというわけだから、ぜひとも習得したいものだ。

そもそも、モヤモヤ、イライラといった心が晴れないストレス反応を起こすのは、過去のことを悔やんでいたり、ネガティブな未来を想像したりして「今」を見失っているケースが多い。そのストレスに対し、どのように対処していくかは性格(考え方や価値観)に左右される。

話を聞いていると舟木さんからこんな質問を投げかけられた。「上司に挨拶したけど返事がなかった。こんなとき、咄嗟にどんな考えが頭に浮かびますか」

回答は「無視されたのは嫌われているから」とネガティブ思考に陥るか、「上司は忙しくて気づかなかった」とポジティブに考えるかの2通りに分かれるという。前者は自分に自信がなく、他者からの否定を恐れており、反応がすぐに得られないと自分の気持ちを辛くする考えに陥ってしまう。

この出来事がトラウマになり、同じ状況に出くわすと挨拶をしなかったり、その場から逃げ出したりしてしまう。ネガティブな感情に支配され、行動も消極的になり、ますます悪循環に陥る。考え方も嫌われやすい性格になり、生きづらくなる。

性格を変えるにはこのクセを直す必要がある。「嫌われている」と思い込む「歪んだ自動思考」を、「きっと忙しいのだろう」という現実的で客観的な自動思考に修正していけばいいという。考え方を変える訓練を行うことでポジティブ思考に変わり、自分に自信が持てるようになる。ストレスとうまく付き合えるようになり、人生も好転する。

このように「ストレス反応を軽減できる人は首尾一貫感覚が高い」と舟木さんは強調する。それは企業と従業員の関係でいうと次のようになる。

従業員が働き甲斐と自己成長を感じられるかどうかが重要で、健全な働き方ができる職場は、要求度(会社や上司から求められる仕事量やクオリティー)とコントロール度(任せてもらえる裁量権)のバランスが取れている。

やりがいを保ちつつ、パフォーマンスを発揮できるのは要求度とコントロール度の両方が高い状態のときで、「あなたならもっと多くの仕事ができるし、より高いクオリティーを出せるだろう」と会社や上司から期待され、かつ期待に応えられるために必要な裁量権を与えられているという。

こうなると会社からの期待に応えたいと思えるので有意味感が高まっており、期待された結果を出すために必要な裁量権を与えられ、今後の見通しが立ち、把握可能感や処理可能感が高まっている状態だ。好結果を出しやすい環境が揃ったといえる。

仕事で困難に遭遇しても上司から信頼され、自分は大切にされていると感じられれば、その困難を「乗り越える意味がある」ととらえることができる。裁量権が低いと有意味感を高められない。リーダーとしての自信や誇り、モチベーションをなくしていくからだ。

人は生きる意味を見いだす欲求(実存的欲求)をもっており、それに応えるのが上司であり、トップの責任だ。組織で働く人は「自分は大切(必要)にされている」と実感することが有意味感を高める上で重要であり、企業がモチベーションやパフォーマンスが高い従業員を望むのであれば、従業員に有意味感を感じてもらう必要がある。

「あなたの働きで助かっている」というメッセージを出すことが大切なのだ。禅寺の僧侶は「人の幸せは4つ。愛され、褒められ、役に立ち、必要とされること」と説いた。(次回に続く)


 

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