第30回
自虐経済から脱却を スポーツ界を見習え
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
「日本は悪い国だった」と日本の近現代史を批判し、子供たちの日本への誇りと自信を失わせてきた「自虐史観」は今もはびこる。この歴史観は経済にも根付いており、バブル崩壊から30年たってもデフレから脱却できない。自らのビジネスモデルに自信を持てないからだ。空を見上げると重苦しい曇に覆われ、どんよりとした天気が続く。これでは気分も晴れない。
世界はどうか。何だかんだいっても米国は今もなお、世界経済のけん引役を担う。世界市場で圧倒的な存在感を示すのはビッグテックと呼ばれるGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)だ。若い企業がどんどん生まれるのが米国の強さであり、多少の問題を抱えていても「自分は一番」と前に進む。失敗を恐れず、新製品・サービスを創り出す。たとえ失敗しても評価するのが米国だ。失敗の経験があってこそ成功することを知っているからだ。
一方の日本はというと「真逆といっていい。失敗すると日本はけなす、とがめる」。こう指摘するのは投資運用を手掛けるコムジェスト・アセットマネジメントの高橋庸介社長だ。その上で「思考停止状態で、考えなくなった」と切って捨てる。高度経済成長期なら、「右へ倣え」と一糸乱れぬ隊列を堅持。一方で、出る杭を打つことで同じ製品を大量生産し、消費者も受け入れてきた。勝手な行動は許されず、皆が同じ方向を向くことが重要だったからだ。しかし、そんな時代はとうの昔に終わった。
ようやく日本にも変化の兆しが出てきた。平成生まれの若年層だ。「昭和を引っ張ってきた高齢者層には想像できないレベルで前向きだ。自信をもって進む」と高橋氏は強調する。まるでGAFAMを生んだ米国のベンチャー精神をもっているようだ。
その典型が大リーグで大活躍する大谷翔平選手だろう。野球の本場、米国でも度肝を抜く二刀流で、体格的にも体力的にも劣る日本人ながら今シーズンは堂々とームラン王に輝いた。投げては10勝をあげた。誰もが無理と考えていたことを難なく成し遂げた。
かつては二流国だったサッカー、ラグビーも世界の競合が集うワールドカップの常連になり、下位の者が上位を負かす番狂わせ(ビッグキリング)もこともなげに起こす。若い世代がひるむことなく、高い世界で戦ってきた成果だ。ポテンシャルは世界の強豪に劣後していないことを示した。
スポーツの世界でできたことが、ビジネスの世界でできないわけがない。腹をくくって、不退転の決意で挑む時だ。世界の海に飛び込めばいい。時間的猶予はもはやない。自虐経済がはびこる日本はそこまで追い詰められているといえる。
例えば資産運用。岸田文雄首相は資産運用立国を掲げた。2000兆円を超える個人金融資産を生かした資産運用ビジネスの発展を目指すという。そのために海外の資産運用会社の参入を促す考えだが、高橋氏は「まとを得た政策だが、不安」と話す。
海外ファンドを入れても、販売手数料を稼ぎたいために(金融商品を頻繁に売り買いする)回転売買するだけで、個人の資産形成につながるかどうか分からないからだという。「それよりも」と高橋氏はいう。「資産運用立国のため外資を呼ぶというのは日本経済の自虐性の象徴」と言い切った。日本人では運用できないので外国人に任せるというのはあまりにも情けないではないか。
運用会社に求められるのは、20代が30~40年後に十分に資産形成できているかどうかに尽きる。そのためには長期積み立てが欠かせず、運用会社が長期積み立て投資を促すようになれば2000兆円が4000兆円に増えているかもしれない。人生が豊かになるのは間違いない。なぜ日本の運用会社ができないのか。任せてみればいい。
長期デフレ下で日本人の考え方は貧しくなったといわれる。賃金は上がらず、生活防衛のため節約に走る。節約は手段のはずだが、今や目的(ゴール)になっている。企業も短期的な利益を優先し、長期的な成長に欠かせない投資を怠ってきた。長期のゴール達成が求められているのは分かっているはずなのに。
大リーガーの大谷選手は今シーズンの試合を残して、右肘の手術に踏み切った。結果的にはホームラン王を獲得したが、右肘負傷の時点では確定しておらず、このまま試合に出場してホームランを狙うという考え方もあっただろうが、そんな短期的思考に陥らず、2年後の完全復帰を選んだ。監督も理解した。
経済界でも長期的思考に立って成長投資を行えるはずだ。高橋氏は「長期積み立て投資にふさわしい、素晴らしい企業に投資する」と言い切った。いずれもベンチャー精神にあふれる企業だろう。産業の新陳代謝を起こし日本列島を覆う厚い雲を払いのけてくれるはずだ。優秀な経営トップと社員が企業価値の向上に注力するので、その結果として投資家のお金を稼いでくれる。我々も長期的視点に立って応援したい。まだ間に合う。
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