第37回
相撲界を見習い、産業の新陳代謝で経済活性化を
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
大相撲が面白い。番付社会だが、下位力士が上位を破る下剋上の世界に入ったからだ。今年3月の春場所では平幕の尊富士が110年ぶりという新入幕優勝を果たした。しかも初土俵から10場所目という史上最速で賜杯を抱いた。その最短記録も翌場所には塗り替えられた。5月の夏場所を制した新小結の大の里はわずか7場所目という快挙を成し遂げた。ちょうど1年前にデビューしたばかりだ。
大の里は役力士なので番狂わせとは言えないが、2人とも関取の象徴と言われる大銀杏も結えない「ちょんまげ力士」だ。若武者が横綱、大関といった看板力士を投げ飛ばすのは見ていて痛快だが、番付を重んじる相撲界にとって一大事かもしれない。横綱、大関は取りこぼしが許されない地位だけに、これでは格好がつかないし、面目もたたない。
それだけに7月の名古屋場所が楽しみだ。将来性豊かな大の里の快進撃が続くのか、新たな若手が現れるのか。それとも不甲斐ない横綱、大関が巻き返して若手の壁になるのか。興味は尽きない。
平幕力士が横綱を倒すと「金星」といわれる。これ以上ない番狂わせだから「金」の価値がある。確かに金価格は高騰しているが、こちらの価値については首をひねらざるを得ないところだろう。世代交代の波が押し寄せているのは間違いない。
新陳代謝が進む相撲界に対し、産業界はどうだろうか。「賢明なるマスコミの皆さん、ゾンビ企業なんて言わないでください」。元官僚がこんな言葉を発した。懸命に生きているのだから暖かく見守ってほしいと聞こえた。そうだろうか。
ゾンビ企業とは業績不振で経営が実質的に破綻しているにもかかわらず、金融機関や政府の支援で存続している企業をさす。つまり提供する製品・サービスが消費者から支持されなくなったわけで、企業価値を失ったともいえる。事業がうまくいっていない企業に金融機関が融資を追加しても債権焦げ付きリスクが高まるだけだし、公的支援では税金の無駄遣いになりかねない。
政府は新型コロナウイルス禍で業績が悪化した中小企業の資金繰りを支えるため、元本の返済や利子の支払いを一定期間免除する実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)を行ってきた。2023年夏から返済が本格化し、ピークを迎えている。
ゼロゼロ融資のおかげで業績回復が進む企業が出る一方で、経営不振から抜け出せない企業も少なくなく、過剰債務を抱えて倒産するところも続出している。東京商工リサーチによると、ゼロゼロ融資を利用した企業の倒産は23年度に622件と過去最多を記録した。このためゾンビ企業を増やしている一因ともいわれる。
ゾンビ企業が増えると、そこで働く優秀な人材の活躍の場が閉ざされることになり、このままでは「宝の持ち腐れ」になりかねない。稼げないゾンビ企業が倒産し、一流人材が成長産業に移れば、産業の新陳代謝が期待できる。雇用の流動化は産業を活性化し日本経済を再び成長軌道に乗せることになろう。ということは、再建の見込みがないなら市場からの撤退もやむを得ないのではないだろうか。
「エンターテインメントに進出していなかったら、今のソニーはなかった」
ソニー(現ソニーグループ)を1995年から10年間率いて、エレクトロニクスとエンタメの融合を進めた出井伸之氏の言葉だ。退任後、ベンチャー支援などを手掛ける会社クオンタム・リーフを設立したときに聞いた。後にソニー社長に就いた平井一夫氏も「エンタメと金融がなければソニーはつぶれてもおかしくなかった」と話した。
映像記録はビデオテープからDVDに代わり、テレビは液晶がブラウン管を駆逐した。1990年代まで世界を席巻してきた日本の電機産業も変化についていけず競争力を失った。撤退に追い込まれた企業も少なくないが、ソニーはゲーム、音楽、映画といったエンタメが経営を支えた。
時代の変化を先読みし成長分野に経営資源を投入できる企業は勝ち残り、流れに取り残された企業は市場からの退出を強いられるのは時代の常だ。
過去の成功体験に引きずられ、変化への対応を見誤ってしまうからだ。今ある事業は「いらない」と市場から宣告されているにもかかわらず、いつまでもしがみつく。これでは消費者からそっぽを向かれても仕方ない。何も手を打たなければ、やがてゾンビ企業となるだけだ。
世界的に見て、日本の産業界は新陳代謝が進んでいないといわれる。為替が1ドル=160円の円安に沈むのも経済力の低下を映したものだ。企業は売れるものを開発しなければ稼ぐ力はつかない。日本の潜在成長率が1%を下回り続けるのも頷ける。
求められるのはチャレンジャーによるイノベーションだ。大相撲の世界は大の里を先頭に若手が次々と台頭し、横綱、大関を脅かす。経済界にも世代交代が必要だ。既存市場を壊し、新風を巻き起こすスタートアップの誕生が待たれる。
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