コロナ後の世界

第15回

今こそ求められる〝稲盛さんの教え〟

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストA

 
京セラ創業者である稲盛和夫氏の死去を悼む声が世界中に広がっている。京セラを一代で世界的な電機メーカーを育て上げた経営手腕、それを支えた「稲盛哲学」と呼ばれる考え方は、世界中の経営者から注目されてきた。訃報は国内外の報道機関から破格の大ニュースとして扱われ、国内の新聞各紙も評伝その他の記事を数ページにわたって掲載。その死を惜しんだ。

このコラムを書いている経済ジャーナリストAはその昔、稲盛さんに会い、話を聞いたことがある。つい4年ほど前には、稲盛さんがはじめた経営勉強会「盛和塾」に参加する多数の企業経営者の取材も一年間にわたって行った。さらに、私事ではあるが、定年まで京セラに勤めていた家族もいる。そんなこともあり、振り返ると稲盛さんの経営や経営哲学に触れる機会は多かった。

「アメーバ経営」「コンパ経営」「フィロソフィー」…

稲盛さんが実践した経営手法は独特だ。稲盛さんを紹介する際にも、そうした経営手法が必ず登場する。これらを振り返る特集も多々あった。そうした報道に接する中で、改めて稲盛氏が“コミュニケーション”に対して並々ならぬこだわりを持っていたと感じる。たとえば、一緒に仕事をする仲間との飲み会を推奨する「コンパ経営」。上司や部下といった仕事の仲間との飲み会を通じてコミュニケーションを向上させるのが狙いだ。仕事そのものの話ではなく、仕事の悩み、お互いの生活や家族ことなどを語り合い理解し合おう、という意図がある。

近年は各種のハラスメント防止のためのルールが発展し、お互いのプライバシーを理解し合うことが難しい。もっともそれらは、個々人が自らの意思で打ち解け合うことを否定するものではないが、実態から言えばそういうケースは稀だ。一方で、働き方改革やダイバーシティの真の推進には、働く仲間の“事情”を考慮することが必須でもある。稲盛さんはそこを重視した。お互いを理解し合うことが“全社一丸”となる上で欠かせないことを意識していたのだ。


稲盛さんは“利他の心”を持つことが大切だと強調し続けた。自分のために努力することは非常に重要だが、一緒に働く仲間を気遣い、助け合うことを忘れてはならない、と。イマ風の風土に変化した企業では、はっきりアピールすることが求められる。他者と競争関係にあることを強く意識させられる仕組みも少なくない。いい意味での競争は必要だが、組織のぬくもりが減っているように感じる。稲盛さんは、厳しい中にもそうした人間らしさ、日本人らしさを大切にした。


「全従業員の物心両面の幸福を追求する…」

京セラの企業理念だ。京セラは何のために存在しているのか。その答えは“全従業員の幸福のため”なのだ。日本企業のコーポレートガバナンスを向上させようという取り組みが進んできた。この背景には、日本企業の稼ぐ力が弱まり、成長の歩みも遅く、企業価値が高まらないことがある。もっと稼ぐ力をつけ、株主に還元せよ!、ということだ。株主至上主義にも見えるこの要求は、京セラの理念とはずいぶん違う。


だが、株主還元の前提となる企業価値を高める方策、強い企業経営の方法はそれぞれの企業が考えることだ。京セラは創業以来一度も赤字になったことがない、国内でも有数の優良企業だ。従業員の幸福追求が、従業員の意思を強め、強い企業の背骨になっているとも思える。


折しも新型コロナウイルス禍で世界は混乱している。経済社会のデジタル化も進む。テレワークも定着し、人と人との距離は広がる傾向にある。若年層を中心に飲酒離れも進む。グローバル化の傍らで、国家間の軍事的衝突も含めた利権争いも激しさを増している。いまこそ、あらゆる場面で多様かつ濃密なコミュニケ―ションが求められているように思えてならない。一つの時代を築いた稲盛哲学は、実はいまこそ過去になく求められている考え方なのではないか。


稲盛さんの訃報に接し、いろいろなことを思い出すとともに、そんなことを感じた。その教えをこれからもしっかりと伝えていきたい。合掌。



われわれはそういう時代を生きていくことになる。



経済ジャーナリストA



 

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