第21回
「灯台下暗し」とよくいうが…
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
経済ジャーナリストAは訳あって静岡にいる。
まだ来て2か月だが、ここはつくづく温暖なところだと感じる。東京と行き来する度に思うが、12月初旬段階では5度程度は暖かい。水もいい。食べ物は海産物を中心に新鮮な上に安価だ。そしてなにより、いつも大きな富士山が見える。
東京のような鉄道網がないため移動は車が中心だが、大きな橋などを渡ると富士山のある絶景に目を奪われ、運転がおろそかになるほどだ。
そんな静岡だが、現地では博物館や図書館、水族館、水上公園をはじめ、いわゆる箱モノの建設が目立つ。それらには「地域活性化の切り札」「地域活性化の起爆剤」との口上も。来年のNHKの大河ドラマは「どうする家康」だが、静岡は家康ゆかり地。ドラマ館は、幼少期と晩年を過ごした静岡のほか、青年期を過ごした浜松にも作る。愛知県の岡崎にもできるが、県内2か所はなかなかスゴい。
他の地方都市と同様に、東京など国内の大都市や海外からの観光客を誘致し、活性化につなげようということだが、誘致のために地元の魅力をアピールしなければならない。食材や自然、景色、歴史文化…。そういう意味では、静岡には打ち出すべき“資産”がたくさんある。しかし、外から来たばかりの者の眼には、打ち出すモノ、打ち出し方がズレているようにも映る。
そういうことを考えていると、デジャブではないが、東京でのあまたの中小企業取材が思い出された。打ち出すモノ、打ち出し方がズレている企業が多かったからだ。
好きなことややりたいことと、その企業の持つ価値は往々にして違う。当該企業やその経営者、従業員は自分たちが好きなこと、やりたいことは明確に理解している一方、その企業のもつ魅力や価値が何か、がわかっていないことも多い。灯台下暗し、という感じだ。
静岡に来て改めて思う。自らの強みや魅力、価値を今一度客観的に見直す必要があるのではないか、と。
先日、東京の企業経営者をオンラインで取材したが、その経営者は経験やノウハウといったブラックボックス、いわゆる暗黙知にこそ価値があり、そうした暗黙知を棚卸して形式知に変え共有することが大きな力になるという。その通りだ。暗黙知もそうだし、そもそも備えている有形無形の“価値ある資産”に気づくことが重要だ。とはいえ、これがなかなか難しい。
自己紹介などで「私はこういう性格で、こういう人です…」というが、それも前述の話と一緒。自分のことは、実は自分ではわからない。「こういう人です」という自分のことは、実は他人の目から見た自分だ。人は他人とのコミュニケーションの中で他人と比較し、自分を絞り込むように見つけ出したもの。自分で思う自分の性格や性質は、実は他者から見た自分なのだ。
静岡も企業も、そうした他者の目で形作られている。では、本質的にはどうなのか。実は自分で打ち出している強みや価値は本当にその通りなのか。
そうして形作られたものが間違っているとは思わない。それはそれで価値がある。焦点は、それ以外に本当の価値がある何かがあったりするのではないか、ということだ。その何かが暗黙知のようなものであればあるほど見えないし、見つけるのも大変だ。
「うちはこういう企業で、こういうことを得意としている」…
それが収益の柱で自社のビジネスモデルだとしても、それを再確認してみたい。顧客が実は違ったところに魅力や価値を感じているかもしれないからだ。
「うちの看板メニューはコロッケだ」という総菜店は、看板メニューのおいしさで集客し収益を上げている。が、分析し直したところ、実はおいしさではなく地域の観光ガイドに載っている3年も前の紹介記事による集客効果が最も大きく、売り上げこそコロッケが一番だが、利益面ではとんかつが一番だった。
思い込みを排し、本質を追求する。その結果に基づかないと、施策を実行する段階ではいろいろズレが生じてしまう。静岡も企業も自分も、そうならないようにしないといけない。
経済ジャーナリストA
- 第46回 経済合理性に合致しない社会の声
- 第45回 街の衰退と地方都市の挑戦
- 第44回 東証史上最高値更新も乏しい実感
- 第43回 減少を想定した“縮小戦略”という選択
- 第42回 どうする“伝わらない重要な情報”
- 第41回 デジタル化進み、危険もいっぱい
- 第40回 とにかくなんとかすべきは人手不足
- 第39回 「フィルターバブル」に埋もれたくない
- 第38回 AIのカスタマイズで歪むネット情報
- 第37回 求められる中国依存からの脱却
- 第36回 言行に責任者不在、しかも制御不能のSNS
- 第35回 人口減少による経済縮小に不安
- 第34回 どうする?増え続けるIDとパスワード
- 第33回 これまでとは違う潮流を見つけて伸ばす時!
- 第32回 国や自治体の少子化対策に違和感
- 第31回 人流戻るもグローバル化の変質は加速
- 第30回 コロナ禍終焉で人出は増えても人手は増えず
- 第29回 投票率低迷でみえる日本の〝薄まる参加意欲〟
- 第28回 賃上げは必要だが、他の魅力も重要
- 第27回 ネット時代だからこそのリアル店舗とは
- 第26回 「各自の判断」ができない日本人
- 第25回 景気は戻っても、経済は元のカタチには戻らない
- 第24回 コロナの後遺症? 悩ましい分断の構図
- 第23回 地方への人口分散で個人消費の拡大も
- 第22回 “人手”が事業の先行きを左右する時代
- 第21回 「灯台下暗し」とよくいうが…
- 第20回 増える借金 これ返済とかするの?
- 第19回 経済の原動力の一つ“欲望”の行方
- 第18回 物価高対策は“補填”より“賃上げ”
- 第17回 全地域、全業種が一様だった時代の終焉
- 第16回 高成長に向けた変革、個々は自分の身を守れ?
- 第15回 今こそ求められる〝稲盛さんの教え〟
- 第14回 ますます広がっているかも知れない情報格差
- 第13回 世界はアフターコロナに移行 日本はどうする
- 第12回 事業再構築補助金が創出する市場や需要
- 第11回 複雑化する経済社会、“情報は疑う”を基本に
- 第10回 求められる本質を読み取るリテラシー
- 第9回 国内回帰の機運高める世界の分断
- 第8回 DXより前に求められる自らの将来像
- 第7回 “ロシア制裁”は原油高との闘い
- 第6回 雇用の喪失は心配だが、人出不足も心配
- 第5回 わからないからこそ挑戦! でも知らないはダメ
- 第4回 ハラスメントの深刻化と信頼関係の希薄化
- 第3回 ソーシャルディスタンスの定着って…
- 第2回 分化を分裂や分断にしないための想像力
- 第1回 デジタルで変わるコミュニケーションの功罪