第4回
ハラスメントの深刻化と信頼関係の希薄化
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
年明け早々からコロナ感染は再拡大し、折しも第6波の真っただ中ではある。従業員にテレワークの徹底や外出、会食の自粛を要請する企業は多い。ただ、コロナ禍はやがては収まり、コロナが消滅こそしなくても共生する時がくる。その際には、法に基づくパワハラ防止措置が中小企業にも義務付けられている。だから大丈夫、となるのだろうか。
確かに、防止措置に挙げられている身体的な攻撃(暴力や障害)、精神的な攻撃(脅迫や侮辱、暴言)、仲間外れにする、といったことは論外であり、それらはパワハラ以前の問題。これらは徹底して排除すべき行動だ。
難しいのは業務上の要求に関することだろう。過大だったり、実現不可能な業務命令や、逆に仕事を回さないのもいけないことになっている。要は程度が問題だということである。
組織や上司は、従業員や部下に成果を出してもらわなければならない。でも、過度に要求してはいけない。と同時に“個の侵害”、私的なことに過度に立ち入ることもダメだ。
実はこのあたりが難しいところではないか。そもそも業務の指示が過度だったり不可能だったりする組織や企業は、成果か出なかったり長続きすることはないだろう。そういうことが適切にできない企業はおそらく淘汰されていく。
とはいえ、個人の能力はバラエティーに富んでいる。ある人には過度でも、ある人には普通の事だったりすることが多い。そして、その見極めは画一的にはできない上、教育や研修などでも変化する。多様化の時代といわれるが、そうした“個を知ること”が組織の最適化を考える上では重要だろう。
例えば、やなせたかしさんが原作の絵本・アニメ「アンパンマン」シリーズでは、登場人物がそれぞれ大変個性的に描かれている。それぞれに得意技と不得意分野がある。そんな仲間が協力しながら課題を解決していく。これはむかしの日本の組織が目指した典型的な形だった。人気ドラマの「水戸黄門」や人気アニメの「宇宙戦艦ヤマト」にも同様の組織が登場する。
それらの組織には特徴があるように思う。多分に私見を交えて言えば、組織やチームを構成する個々のことをお互いが熟知し、その能力の発揮をお互いが支え合っている、ということだろう。では、どのようにお互いを熟知し理解するのか。前述の絵本はそのあたりにはフォーカスしてはいないが、そういう視点で観ると平時はみんなでいろいろなことをしていたりもする。そう。普段からのコミュニケーションだ。でも絵本やアニメの話じゃないか、と思うだろう。それはそうだ。
しかし、本コラム「コロナ後の世界」の第1回とも重複するが、“濃密なコミュニケーション”以外に個を熟知する方法が見当たらない。
創業以来一度も赤字になったことのない京セラが、創業者である稲盛和夫氏の経営哲学に基づいて行ってきた「コンパ経営」の話を本コラムの第1回で紹介した。そのコンパでは「彼女はいるのか」「お父さんの体調はどうだ」「休みの日はどうしてるのか」…といった“私的な”話も飛び交っていたという。これを聞くと“時代が違う”という話になりやすい。
が、稲盛氏はその半面で“信頼関係”を重要視していた。信頼関係がしっかりしていれば、言葉じりで個を理解することもない。ちょうど“親に怒られている感覚”だ。稲盛氏の発言について、そう感じたという京セラ社員の話をたくさん聞いた。
日本では業務や働き方をあまりマニュアル化せず、属人的にこなしてきた面がある。その弊害は数知れずあるが、すべからくダメなわけでもない。米国企業は1970~90年ごろ、勢いのある日本企業を研究し、その仕事の進め方をマニュアル化して実践していた。そのマニュアルの逆輸入が問題視されているのは皮肉なことだ。
とはいっても、今後は“私的なことに過度に立ち入ることもダメ”で、それが画一的に運用されるとなれば悩ましい。
パワハラ防止措置が、組織内のコミュニケーションを阻害し、個々の信頼関係の希薄化に拍車をかけないことを願いたい。
経済ジャーナリスト A
- 第46回 経済合理性に合致しない社会の声
- 第45回 街の衰退と地方都市の挑戦
- 第44回 東証史上最高値更新も乏しい実感
- 第43回 減少を想定した“縮小戦略”という選択
- 第42回 どうする“伝わらない重要な情報”
- 第41回 デジタル化進み、危険もいっぱい
- 第40回 とにかくなんとかすべきは人手不足
- 第39回 「フィルターバブル」に埋もれたくない
- 第38回 AIのカスタマイズで歪むネット情報
- 第37回 求められる中国依存からの脱却
- 第36回 言行に責任者不在、しかも制御不能のSNS
- 第35回 人口減少による経済縮小に不安
- 第34回 どうする?増え続けるIDとパスワード
- 第33回 これまでとは違う潮流を見つけて伸ばす時!
- 第32回 国や自治体の少子化対策に違和感
- 第31回 人流戻るもグローバル化の変質は加速
- 第30回 コロナ禍終焉で人出は増えても人手は増えず
- 第29回 投票率低迷でみえる日本の〝薄まる参加意欲〟
- 第28回 賃上げは必要だが、他の魅力も重要
- 第27回 ネット時代だからこそのリアル店舗とは
- 第26回 「各自の判断」ができない日本人
- 第25回 景気は戻っても、経済は元のカタチには戻らない
- 第24回 コロナの後遺症? 悩ましい分断の構図
- 第23回 地方への人口分散で個人消費の拡大も
- 第22回 “人手”が事業の先行きを左右する時代
- 第21回 「灯台下暗し」とよくいうが…
- 第20回 増える借金 これ返済とかするの?
- 第19回 経済の原動力の一つ“欲望”の行方
- 第18回 物価高対策は“補填”より“賃上げ”
- 第17回 全地域、全業種が一様だった時代の終焉
- 第16回 高成長に向けた変革、個々は自分の身を守れ?
- 第15回 今こそ求められる〝稲盛さんの教え〟
- 第14回 ますます広がっているかも知れない情報格差
- 第13回 世界はアフターコロナに移行 日本はどうする
- 第12回 事業再構築補助金が創出する市場や需要
- 第11回 複雑化する経済社会、“情報は疑う”を基本に
- 第10回 求められる本質を読み取るリテラシー
- 第9回 国内回帰の機運高める世界の分断
- 第8回 DXより前に求められる自らの将来像
- 第7回 “ロシア制裁”は原油高との闘い
- 第6回 雇用の喪失は心配だが、人出不足も心配
- 第5回 わからないからこそ挑戦! でも知らないはダメ
- 第4回 ハラスメントの深刻化と信頼関係の希薄化
- 第3回 ソーシャルディスタンスの定着って…
- 第2回 分化を分裂や分断にしないための想像力
- 第1回 デジタルで変わるコミュニケーションの功罪