第7回
“ロシア制裁”は原油高との闘い
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
で、本題に戻るのだが、実際のところ日本にとってこの円安はどうなのだろうか。
焦点は、円安メリットが今の日本にどれぐらいあるのか、ということである。
円安のデメリットはまさに今われわれが体験しているガソリン価格やその他の資源高、木材、小麦といった輸入品の高騰という形で現れている。原料や仕入れ価格は上昇し、これを商品やサービス価格に十分に転嫁できなければ、販売数が増えたりしない限り企業業績を圧迫することになる。ガソリン価格などの高騰は、輸送費の上昇につながるため、サービス業も含む多くの産業に影響する。この結果として、さまざまな商品の価格が上昇する。実際に、日銀は4月の金融政策決定会合で2022年度の物価上昇率見通しを1月時点の1.1%から1.9%に引き上げた。
一方、メリットはどうか。日本では長らく円安になると製造業を中心に“為替差益”が出ることから株高になった。日本は加工貿易国だったので、国内で製造した商品を輸出して米国などで売る。この際に円安だと現地通貨換算の原価は下がるが、販売価格は現地通貨で設定されているため値下げでもしなければ利益が出やすくなる。実際にこれが商品の売れ行きと並んで企業の業績を押し上げてきた。
折しも久々の“大円安”だ。しかし、日本の産業構造は変化している。世界をまたにかける大企業は為替の変動リスクを抑える仕組みを構築しており、円高時の為替差損を少なく抑えられるが、差益が利益全体を押し上げる効果も低下している。日本の大規模な製造業は1980年代半ばの円高不況のころからほぼほぼ現地生産に移行しているが、外貨で挙げた利益も日本円に換算すると差益が出る。とはいえ、こうした換算差益の恩恵があるのは一部のグローバル企業だけの話で、海外事業があっても多くの中小企業にとってはたかが知れている。
円安は訪日外国人観光客を呼び寄せる効果もあるが、新型コロナウイルス禍でそれらインバウンドの恩恵はほぼ無い。
そういう意味では、円安で得をするのは一部のグローバル大企業だけで、内需主導型の中小企業や家計部門は損するが場面が圧倒的に大きい。ただ、日銀は独自に高い調査能力を有しており、このメリットがデメリットをしのぐ、という根拠はあるのだろう。
とはいっても、円安は程度の問題であり、行き過ぎればデメリットがメリットを上回ることになる。その水準が1ドル=何円程度なのかはわからないが、現状とかけ離れたレベルではないだろう。少なくとも資源高や穀物高の中での円安は避けたい。
では、いよいよとなったら円高に誘導することは可能なのか。金融政策上で効果が見込まれるのは日銀が避けている金利の引き上げだが、これはこれで困ったことになる。日本は国や地方の借金が世界でもまれにみるほど多い。消費者も50歳台の半ばまでは住宅ローンなどを抱えているし、中小企業もコロナ禍で借金が増えた。利子が増えるのは困るのだ。だから日銀は金利上昇を禁じ手にしている。
まさに仕方ない。他国が金利を引き上げる中でマイナス金利のような金融緩和策を続け、より金利の高い通貨を買うために円が売られることで起きている円安に不満を漏らすのは自己矛盾もいいところだ。円安を是正するためには「金利を引き上げるべきだ!」と言わなければならない。これは結構勇気がいる。
直接的ではないが他の方法もある。原油価格の高騰が続いていることから、原油輸入国である日本の貿易収支が悪化し、円安につながっている面がある。特に今年は、原油高と円安の連動性が非常に高くなっている。この連鎖を絶つのだ。
今後の“ロシアを除外した世界経済”は、原油をはじめとした化石燃料が高そうだ。穀物なども高いが、これらは高価になると時間はかかるがロシア以外での生産も増え、是正の方向に向かう。日本も労働力の問題はあるが、耕作放棄地が随所にあるので価格次第では生産拡大も可能になる。しかし、化石燃料はそれができない。
そこで、原発の再稼働を進める。日本は長らく電力の30~40%を原子力に依存してきた。福島第一原発の事故以来その多くは稼働していないが、設備容量という意味では世界有数の原発大国である。可能な限り再稼働すれば、原油の輸入は大幅に減らすことができる。貿易収支の改善は、円安を抑える方向に作用する。仮に円安抑制効果が想定より低かったとしても、エネルギーコストの低減は図れる。
もともと原発は、オイルショックの教訓として原油依存からの脱却を目的に進められたので当然そうなるのだが、これまたなかなかハードルが高い。
こうしてみると、円安は是正できないような気もする(円高もだが)。だからといって“そのうちなんとかなる”という考えもよくない。ロシアに対する国際社会の制裁は長引くとみられる。対策は急務だ。このままではじり貧だ。われわれは、円高を容認するのかしないのか。しないならどうするのか。
赤字公債、金利、原発…
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