コロナ後の世界

第7回

“ロシア制裁”は原油高との闘い

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストA

 
新型コロナ禍に続くロシアのウクライナ侵攻で原油の歴史的な高値が続いている。米ニューヨークで取引されるテキサス州西部を中心とした地域で産出される原油の先物、いわゆるWTI原油価格は3月以降コンスタントに1バレルあたり100ドルを上回る水準が続く。こうした価格の推移は原油に限ったものではない。金属や小麦粉などさまざまなものが程度の差こそあれ高騰している。

そんな中で円安が進んでいる。円相場は一時1ドル=130円台まで値下がりし、20年ぶりの円安水準を更新した。日本は原油や天然ガスといったエネルギーや鉱物資源、小麦や大豆といった穀物の大半を輸入に頼っている。元の価格が高騰する中で円安が進めば円換算での購入価格はますます高くなる。これは困ったことだ。

タイミング的にはどうかと思う円安だが、日銀の黒田東彦総裁は4月28日の金融政策決定会合後の記者会見で「全体として円安はプラス」であることを強調している。これは、さらなる円安を目指すという意味ではない。円安を抑えるよりも金利を抑制して景気を下支えするほうが重要だ、という姿勢を改めて強調したのだ。円が1ドル=130円台にまで下げたのは、この黒田総裁の会見後のこと。日本は円安を是正しない、と解釈した投機筋の円売りは一層強まった。

ちなみに現下の円安の主たる原因は日米間の金利格差だ。長期金利の指標となる米10年債利回りは、直近で2.9%に迫るレベルにある。これに対し日本では日銀が国債を無制限に買い入れる「指値オペ」と呼ばれる措置に踏み切り、0.25%を上限に長期金利の上昇を抑え込んでいる。

政策金利についても、日本は-0.10%のいわゆるマイナス金利だが、米国は0.25%。市場関係者は、今年末までに米政策金利が2.50%程度まで上昇する、と見込んでいる。日銀が金利抑制方針を改めて強調したことで、今後日米の金利格差はますます拡大するとみられる。金利のない日本円を金利上昇が見込まれる米ドルに替える(円を売ってドルを買う)のは当然の動きといえる。

で、本題に戻るのだが、実際のところ日本にとってこの円安はどうなのだろうか。


焦点は、円安メリットが今の日本にどれぐらいあるのか、ということである。


円安のデメリットはまさに今われわれが体験しているガソリン価格やその他の資源高、木材、小麦といった輸入品の高騰という形で現れている。原料や仕入れ価格は上昇し、これを商品やサービス価格に十分に転嫁できなければ、販売数が増えたりしない限り企業業績を圧迫することになる。ガソリン価格などの高騰は、輸送費の上昇につながるため、サービス業も含む多くの産業に影響する。この結果として、さまざまな商品の価格が上昇する。実際に、日銀は4月の金融政策決定会合で2022年度の物価上昇率見通しを1月時点の1.1%から1.9%に引き上げた。


一方、メリットはどうか。日本では長らく円安になると製造業を中心に“為替差益”が出ることから株高になった。日本は加工貿易国だったので、国内で製造した商品を輸出して米国などで売る。この際に円安だと現地通貨換算の原価は下がるが、販売価格は現地通貨で設定されているため値下げでもしなければ利益が出やすくなる。実際にこれが商品の売れ行きと並んで企業の業績を押し上げてきた。


折しも久々の“大円安”だ。しかし、日本の産業構造は変化している。世界をまたにかける大企業は為替の変動リスクを抑える仕組みを構築しており、円高時の為替差損を少なく抑えられるが、差益が利益全体を押し上げる効果も低下している。日本の大規模な製造業は1980年代半ばの円高不況のころからほぼほぼ現地生産に移行しているが、外貨で挙げた利益も日本円に換算すると差益が出る。とはいえ、こうした換算差益の恩恵があるのは一部のグローバル企業だけの話で、海外事業があっても多くの中小企業にとってはたかが知れている。


円安は訪日外国人観光客を呼び寄せる効果もあるが、新型コロナウイルス禍でそれらインバウンドの恩恵はほぼ無い。


そういう意味では、円安で得をするのは一部のグローバル大企業だけで、内需主導型の中小企業や家計部門は損するが場面が圧倒的に大きい。ただ、日銀は独自に高い調査能力を有しており、このメリットがデメリットをしのぐ、という根拠はあるのだろう。


とはいっても、円安は程度の問題であり、行き過ぎればデメリットがメリットを上回ることになる。その水準が1ドル=何円程度なのかはわからないが、現状とかけ離れたレベルではないだろう。少なくとも資源高や穀物高の中での円安は避けたい。


では、いよいよとなったら円高に誘導することは可能なのか。金融政策上で効果が見込まれるのは日銀が避けている金利の引き上げだが、これはこれで困ったことになる。日本は国や地方の借金が世界でもまれにみるほど多い。消費者も50歳台の半ばまでは住宅ローンなどを抱えているし、中小企業もコロナ禍で借金が増えた。利子が増えるのは困るのだ。だから日銀は金利上昇を禁じ手にしている。


まさに仕方ない。他国が金利を引き上げる中でマイナス金利のような金融緩和策を続け、より金利の高い通貨を買うために円が売られることで起きている円安に不満を漏らすのは自己矛盾もいいところだ。円安を是正するためには「金利を引き上げるべきだ!」と言わなければならない。これは結構勇気がいる。


直接的ではないが他の方法もある。原油価格の高騰が続いていることから、原油輸入国である日本の貿易収支が悪化し、円安につながっている面がある。特に今年は、原油高と円安の連動性が非常に高くなっている。この連鎖を絶つのだ。


今後の“ロシアを除外した世界経済”は、原油をはじめとした化石燃料が高そうだ。穀物なども高いが、これらは高価になると時間はかかるがロシア以外での生産も増え、是正の方向に向かう。日本も労働力の問題はあるが、耕作放棄地が随所にあるので価格次第では生産拡大も可能になる。しかし、化石燃料はそれができない。


そこで、原発の再稼働を進める。日本は長らく電力の30~40%を原子力に依存してきた。福島第一原発の事故以来その多くは稼働していないが、設備容量という意味では世界有数の原発大国である。可能な限り再稼働すれば、原油の輸入は大幅に減らすことができる。貿易収支の改善は、円安を抑える方向に作用する。仮に円安抑制効果が想定より低かったとしても、エネルギーコストの低減は図れる。


もともと原発は、オイルショックの教訓として原油依存からの脱却を目的に進められたので当然そうなるのだが、これまたなかなかハードルが高い。


こうしてみると、円安は是正できないような気もする(円高もだが)。だからといって“そのうちなんとかなる”という考えもよくない。ロシアに対する国際社会の制裁は長引くとみられる。対策は急務だ。このままではじり貧だ。われわれは、円高を容認するのかしないのか。しないならどうするのか。


赤字公債、金利、原発…


日本経済の将来を見据え、スルーしてきた課題についての態度を決め、解決に向けた方策を議論ぐらいはすべき時かもしれない。




経済ジャーナリスト A
 

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