第28回
賃上げは必要だが、他の魅力も重要
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
賃上げが大きな焦点となってきた。
日本のようなスーパー高齢社会でインフレがいいのかどうかには議論があるものの、海外の状況などを踏まえると、ここで賃上げを何とかしなければ国力の面での先行き不安だ。
ここにきて大企業による賃上げはよく報道もされている。が、問題は国内の企業数、従業員数の大半を占める中小企業の動向だ。中小企業の賃上げが進まなければ、日本の賃上げは進んだことにはならない。
そんな中で今月上旬、興味深い調査結果が公表された。日本商工会議所と東京商工会議所が3月に実施した「最低賃金および中小企業の賃金・雇用に関する調査」だ。
この調査は、都心を中心とする500社弱の中小企業からの回答をまとめたもの。それによれは、「2023年度中に賃上げをする」と答えた企業が58.2%と、6割に迫っている。昨年度より12.4ポイントのアップだ。賃上げ率については「2%以上」との回答が昨年度比23.5ポイント上昇し66.8%となった。
賃上げする理由は、物価上昇への対応が同26.7ポイント上昇し51.1%に。しかし、これが最大の理由ではなかった。トップは「従業員のモチベーションの向上」が77.7%、これに「人材の確保・採用」の58.8%が続いた。
調査では、企業の人手不足状況についても聞いている。その問いには64.3%の企業が「不足している」と答えている。これは同3.6%のアップだ。人手不足を業種別にみると、建設、情報通信、運輸、介護・看護、宿泊飲食の5業種で7割以上を占めた。
ところで、この調査結果をどう考えたらいいのだろうか。
賃上げという面では、こうした動きがより広く深く広がることに期待したい。例えば地方では、まだこうした動きが目立つ状況にはないからだ。
ただ、懸念もある。これは人手不足の時代ではあるが、そうは言ってもまだ人がいる都心の話ではないか、ということだ。
人口減少にともなう人出不足、という観点からこの調査をみると、賃上げ理由のトップとなっている「従業員のモチベーションの向上」は従業員の流出対策にも見える。第2位の「人材の確保・採用」と合わせると、当面の企業にとっての最重要課題は“人手”なのではないか、と推察できる。
人手不足という面では地方は都心に大きく先んじている。地方には人がいない。でも、賃上げは都会ほど顕在化していない可能性がある。この都会と地方の賃金の高低差もまた、地方から都会への人流を促す。
だとすると、地方も東京都心の企業みたいにがんばって賃上げをしても、都会に遅れて追いつくように上がるのでは困りものだ。もちろん賃上げしないよりはいいのだが、高低差がつまらないようでは傾向としては改善しない可能性がある。
ではどうするのか。いい方法はない。
が、仕事は必ずしも賃金で選ぶわけではない。むしろ、近年は賃金以外で仕事を選ぶ傾向が強い。民間の意識調査などでも、そうした結果はたくさん示されている。だとしたら、地方は賃金以外で人材確保に向けて“勝負”できないものかと思うのだ。
経済ジャーナリストAがここ半年ほど過ごしている静岡は、移住したいところランキングで20年以上も第1位になったりしている。半面で、若者を中心とする人口流出が全国に20ある政令指定都市の中で最も深刻だ。ちなみに静岡市の次に深刻なのは浜松。これも静岡県。とにかく、若者を中心に流出してしまうところだ。
移住したいところのナンバーワンにして人口流出も(政令指定都市としては)深刻。その理由を静岡でいろんな人に聞いた。
「理工系の大学が少ないからだ」「若者の好む仕事や職種が少ないからだ」「イオンモールのようなところがないからだ」…
どれも否定するものではないが、どれも納得がいくものでもない。もっと根本的な、本質的な課題があるのでないだろうか。この謎というか、現象を“より深く”紐解くべきだ。その過程で、おそらく賃金以外の地域の魅力や短所が見えてくるのではないかと思う。
経済ジャーナリストA
- 第46回 経済合理性に合致しない社会の声
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- 第44回 東証史上最高値更新も乏しい実感
- 第43回 減少を想定した“縮小戦略”という選択
- 第42回 どうする“伝わらない重要な情報”
- 第41回 デジタル化進み、危険もいっぱい
- 第40回 とにかくなんとかすべきは人手不足
- 第39回 「フィルターバブル」に埋もれたくない
- 第38回 AIのカスタマイズで歪むネット情報
- 第37回 求められる中国依存からの脱却
- 第36回 言行に責任者不在、しかも制御不能のSNS
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- 第33回 これまでとは違う潮流を見つけて伸ばす時!
- 第32回 国や自治体の少子化対策に違和感
- 第31回 人流戻るもグローバル化の変質は加速
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