第22回
“人手”が事業の先行きを左右する時代
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
景気の先行き不透明感が一層増している
とはいえ、まだ具体的な動きはみえていない。そういう意味では、先行きが良くないというマインドが強まりつつある、という感じだろうか。12月14日に日銀が発表した企業短期経済観測調査、いわゆる“日銀短観”によれば、全国の全産業のDIは6で、9月の前回調査より3ポイント上昇。前回時点の12月の予想より5ポイントも高い結果となった。
DIは、業況について「良い」との回答から「悪い」との回答を引いたもの。単純な統計で、具体的な経営数値には基づかないが、マインドをよく表す。ちなみに来年3月の予想は1で今回よりも5ポイント低い。回答は来春に向け業況悪化に傾いているが、まだプラスであることから、まだ「悪い」を「良い」が上回ってはいる。
ただ、これは全国の全産業の話。製造業と大企業に限ると、DIは9月の8から12月は7に微減。来年3月予想は6とさらに1ポイントの悪化となっているが、全産業よりは若干良い。大企業や製造業は海外で事業を展開しているところも多く、円安にともなう換算差益が得られることも結果に表れているようだ。
これに対し、中小企業や地方ではまた違った“景色”が見える
例えば、わけあって詳しくなってきた静岡の場合は、9月時点の全産業のDIはマイナス5だった。これが12月にはマイナス2に3ポイント改善した。来年3月予想では2とプラスに浮上する。この予想については全国の全産業よりもいい。その大きな要因は、輸送用機械分野の業況改善だ。自動車に代表される輸送用機械はスズキやヤマハ発動機をはじめとして静岡県内に多いが、半導体の供給不足により需要に生産が追いつかない状態が続いてきた。その影響はまだ残るが、この業種のDIを見ると9月がマイナス31、12月がマイナス16、来年3月予想がマイナス3となっており、改善傾向がうかがえる。
これに対し、非製造業は安定した推移になっており、業況判断も製造業より高い。しかし、仕入れ価格の高騰に対して価格転嫁が遅れがちな小売などで苦戦が続くほか、特に宿泊・飲食サービスでは特に厳しい実態が反映されている。
静岡における宿泊・飲食サービスのDIは12月がマイナス50。県による旅行支援などもあり、9月のマイナス63より13ポイント改善したものの、依然として業況はかなり悪いと考える事業者が多い。旅行支援などに加え、NHKの大河ドラマでは静岡が舞台にもなる「どうする家康」が放映されている来年3月の予想でもマイナス50と改善するとは考えていない事業者が多い。この宿泊・飲食サービスの業況判断は、今後の日本全体の課題をよく表している。
日銀の小泉達哉氏・静岡支店長は、この原因について労働力の問題を挙げる。新型コロナウイルス禍で停止していた事業はいよいよ動き出してはいるが、半面でサービスを提供する人材、労働力が十分に集められず、需要拡大に対応できない状態になっているというのだ。
若者の県外流出が全国ワースト1ともいわれる静岡では、全国平均よりも労働力の確保が難しい。これはさまざまな産業分野に共通した課題で、特に中小企業ではより深刻だ。おそらく、経済規模や人口の実数では国内ベスト10にぎりぎりで入る静岡よりもっと深刻な県もありそうだ。そして、これがじきに全国で起きる現象ともいえるだろう。
人の確保が事業運営の制約になる。これは1980年代後半のバブル経済を目前に控えた時期にも叫ばれた。それがいよいよ地方や規模の小さな会社から始まっているのではないか。しかも、資源や物資が不足しがちな国際情勢下、かつ、歴史的な円安もあり、決して景気がいいとはいえない経済状態の中で。
デジタルトランスフォーメーション(DX)や働き方改革は、そういう時代を生き残る術の1つだが、根本的には人が集まらない、人を集められない会社や産業は事業の発展や継続に支障がでる。事態は一過性のものとは考えにくい。事業を運営する上で、かつてないほど“人”が重要な時代に突入しつつある。日銀短観にもそんな時代が影を落とし始めている。
経済ジャーナリストA
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