第43回
減少を想定した“縮小戦略”という選択
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
観光庁が1月17日に発表した2023年10~12月の日本での外国人旅行者の消費額は1兆6688億円、この結果、2023年通年では5兆2923億円となり、ともに過去最高を更新した。通年の消費額は新型コロナウイルス禍前の2019年比で9.9%増となっている。同日、日本政府観光局(JNTO)が発表した2023年の訪日観光客数は2506万人6100人で前年比6.5倍、2019年の8割程度まで回復している。円安などの強い追い風もあるが、この分野に限ればかなり順調にコロナ禍から回復したことになる。
しかし、よくもこれだけの観光客を受け入れることができたもんだと思う。
観光産業はコロナ禍で大きな制約や影響を受けた。休廃業に至った事業者も多い。半面で、大都市ではホテルの建設なども進んではいた。ここにきて、こうした投資が身を結んでいるということなのだろうか。
確かに、インバウンドが急回復している、という実感は感じられる。
年末年始を中心に、静岡と東京の間を新幹線でたくさん往復したが、昼間は外国人観光客でいっぱいだった。昨年下期からは、静岡の飲食店やショッピングセンターでも外国人の姿が目立つようになった。
インバウンドが少ないとされる静岡市内でもこんな状況だ。有名な観光地ではさぞかし賑わったことだろう。
ただ、県内のいろいろな統計や観光産業の関係者の声からは、諸手を挙げて喜べない事情もうかがえる。その元凶は、本コラムでもたびたび触れている人手不足にある。
限界的なレベルの人手不足
静岡は東京や大阪、名古屋のような大都市ではないが、地方にしては豊かな部類に入る。静岡県はGDPや人口では国内ベスト10にちょうど入るかどうかのあたりにつけている。減ったとはいえ、人口も360万人程度あり、静岡と浜松という2つの政令指定都市を擁する。大都市圏とは新幹線のほか、新東名と東名という2つの高速道路で結ばれており、交通の便も良い。しかし、人口減少は深刻で、これに伴う人手不足がコロナ禍からの復興の足かせにもなっている。前述の観光産業は、特にこの傾向が強い分野の1つだ。
静岡県は東海地方では最多の観光客が訪れるエリアだ。東部伊豆地方は観光産業が主力ともいえる状況にある。ところが、この伊豆地方こそ過疎が深刻なエリアでもある。
コロナ禍が収束し、大都市圏から多くの観光客が訪れた昨年の夏、伊豆の海水浴場ではライフセーバーの確保に腐心した。県では、この人手不足を補おうと、ドローンを使った水難事故監視の実証実験も始めた。下田市の関係者は「ライフセーバーが確保できなければ海水浴場がオープンできない」という。同様に、バスやタクシーの運転手や旅館の従業員も足りない。
こんな事情から、フル稼働できない旅館やホテルも多かった。観光客に対応できるだけの人手がないのだ。
減少、縮小を見越した戦略も
山は富士、お茶は静岡日本一。
静岡はお茶の生産が日本一だったが、近年は生産量で日本一がたびたび他県に脅かされている。日本一じゃないこともある。この背景にも人手不足がある。茶農家の高齢化と跡継ぎ不足にともなう廃業も多い。困ったことだ。
地方はかように大変だ。年末に埼玉の自宅に戻ると、近隣には次々と高層マンションが建設されていた。静岡には1年しか住んでいないが、この間も埼玉は着々と都市化が進んでいる。人口70万人で政令指定都市となったとなりの自治体、さいたま市は今や134万人だとか。そんな人口増加は埼玉県などの首都圏や福岡市などごく一部に限られる。
静岡では人口減少をどう抑えるか、移住者をどう増やすかに腐心している。移住したいところで全国一に選ばれることも多い静岡だが、それでも人口減少に歯止めがかかっている気はしない。それはそうだ。そもそも国全体が人口減少下にある。
現下の政策は、自治体間の人口の奪い合いにすぎないのだ。
最近は、市や県が熱心に進める活性化策など聞くにつけ、違和感を感じるようになった。当面は人口減少が避けられない。そこを他県から奪った人口で埋め合わせることに心血を注ぐのではなく、人口減少を想定し、織り込んだ上で住民の生活防衛策を考える時期に来ているのではないか。
これは勇気もいる。企業であれば、あらかじめ売り上げが減少する前提での経営戦略を考えるのと同様だからだ。これまでの経済学や経営学ではなかなか解が見つからない。が、そうしたことに挑まないと、矛盾に満ち溢れた社会になりかねない。
経済ジャーナリストA
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- 第43回 減少を想定した“縮小戦略”という選択
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- 第38回 AIのカスタマイズで歪むネット情報
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